いらっしゃい、地下二階へ
魔王食堂での、遅い朝食は、終った。
レックとしては、ヒーローショーの最前列と言う気分であった。
そんな気分でなければ、飛び去っていったエビフライたちが、浮かばれない。人間の目には留まらない空中決戦によって、一口えぐれ、一口かじられ、頭が、尻尾が、バリバリと食べられていったのだ。
あたかも、サメの群れの中の肉の塊のように、ワニの群れに放り出された肉の塊のように、エビフライは消えていった。
レックは、食後の余韻もままならぬまま、つぶやいた。
「食後の運動………ッスか?」
「あぁ、新鮮なほうがいいからな………安心しな、試練の門を潜り抜けたなら、朝飯前――いいや、昼飯前ってな?」
食事が、終った。
ならばと、猫マッチョが、案内を買って出てくれたのだ。
今までの猫耳と比べても、たくましさは群を抜いている。さすがは、試練の門を潜り抜ける実力の持ち主だ。
料理人であり、並みの冒険者を上回る魔法の力も、持ち合わせている。逆らえば、料理されちゃう――というマッチョな猫耳なのだ。
そんなお猫さまの含み笑いが、フラグに違いない。レックはそう思いながら、そして、ぞろぞろと、にこやかな笑みの皆様を振り返る。
「………あのぉ~、コハル姉さん――」
「ついてからの、お楽しみね?」
「そうだにゃ~、どんなのがいるか、楽しみだにゃ~」
レックの質問は、エルフちゃんたちに押さえつけられた。かぶせ気味であったのは、とてもフラグな気分である。
レックの驚く様子が、楽しみなのだ。
そして、本当にすぐに答えが分かるらしい。階段を下りて、メインホールから下へ、地下へと下りていく。
洞窟のような空間があり、重厚な扉には、金属のプレートがはめられていた。
『食料エリア』
「………食料庫じゃなくて、食料エリア………って、なんなんッスか?」
エルフちゃんたちは、楽しそうだった。
アーマー・5の皆様も、そして、おっさんたちも、誰もが、レックの疑問に答えなかった。
今となっては、うまく伝えられないのだと、理解できる。
猫マッチョが、微笑んだ。
「ほぉ~、警報ランプが灯っているな………運がいいぞ?」
重厚な、鉄の扉だ。
ダンジョンの入り口に、負けていない。そして、赤い警告ランプが、ピカピカと光っていた。
運がいい――と、猫マッチョが語っていた、モンスターが発生しているという、知らせなのだろう。
つまり、お肉である。
エルフちゃんたちが、レックの肩に手を置いた。
「レック、運がいいんだって?」
「よかったにゃぁ~、しっかり頼むにゃぁ~」
「「「「勇者(笑)さま、よろしくね」」」」
アーマー・5の皆様も、ご一緒だ。
並みの冒険者には、命のピンチと言うモンスターも、姉さん達にとっては、食べがいのあるお肉なのだ。
猫マッチョは、扉を開けた。
「頼んだぜ、勇者(笑)さま」
「………へい」
レックは、すでにあきらめていた。魔王が封印されている、そんなヤバイ場所が、デパートのような雰囲気だった。
外見は、暗雲が立ち込める魔王の城だったのに、中身は、デパートだった。
とても広大なつくりで、部屋の高さは10メートルと言う、ばかげた広さだった。それは、扉の向こうも変わらない、とても広い空間は、そのまま、どこまでも続いているように見える。
遠くで、なにかが動いた。
「………なんだろう、懐かしい気持ちが………」
「レック、ちゃんと感覚を強化するのよ」
「そうだにゃ~、しっかり、狙うにゃ~」
エルフちゃん立ちには、見えたようだ。
いや、お肉がやってくるると、正体を見抜いている。レックは、エルフたちの食欲の対象とは何か、エルフの国での日常を思い出し………
ミンチだと、思い出す。
「………あぁ、やっぱり――」
豚ヘッドが、現れた。
エルフの国では、大量すぎて、乱射でミンチな団体様だった。運良く、状態の良いお肉は丸焼きに、ステーキに、ロースハムになっていく。
モノによっては、兜焼きだった。
マグナムを、取り出した。
「まぁ、オークの一匹や二匹なら………」
出番は、久しぶりだった。
ここは、ダンジョンと同じく、洞窟である。言われなくとも、レーザーは自粛である。それに、相手はオークである。マグナムならば、一撃だ。
5発しか放てないが、水風船で動きを封じれば、問題ない。どんどんとオークが近づいてくる。
レックも、走った。
「魔王の城なのに、なんだろ、モンスターの討伐じゃなくて、食材の確保って、なんなんだろ………」
モンスターを前に、余裕である。
そして、レックには余裕の相手だ。水風船のおかげだ、オーク程度の攻撃は、届くわけがない。
距離はゼロになり、そして、オークたちの運命は尽きた。
「スキル・水風船――ってか」
自分を覆えば、モンスターの攻撃を防ぐバリアである。
レックの風船バリアは、柔軟で、かなり大きく変化できる。しかも、水風船の数は6つまで生み出せる。レックに肉薄したオークは、そのまま左右から、巨大な水風船に挟み込まれた。
オーク程度なら、身動きを封じることが出来るのだ。2匹とも、すでに、動くことはできない。
レックは、構えた。
「今日は、ついてるかい――」
ガンマンを、気取っていた。
いや、有名な刑事さんのセリフだったか、ダンジョンの町では、流行していた。当然ながら、レックも影響を受けたのだ。
そして、放った。
「ぶぎゃぁあああ――」
一撃だった。
オークの額をめがけ、見事な一撃だった。
ずいぶんと、腕が上がったものだと、レックはうぬぼれて――
アーマー・5の姉さん達は、ぶーぶー言っていた。
「うわぁ~………水風船で動きを止めてからって――」
「まぁ、倒したんだし、いいんじゃない?」
「でも、もう少し楽しんでもいいんじゃないの、あたしたちの出番がないのは、仕方ないとしてもさぁ~」
「あかんで、魔王の復活まで、がまんし」
格好をつけたつもりだったが、評価はイマイチだった。
エルフちゃんたちも、ご機嫌斜めだ。
「ウォーター・カッターで首ちょんぱなら、兜焼きだったのに~………レック、ちょっと修行のやり直しする?」
「それより、ビーム・サーベルを使えば早いにゃ~、マグナムもいいけど、兜焼きには、サーベルだにゃ~」
注文の多いエルフであった。
この世界では、オークは食肉である。
並みの冒険者にとっては、そこそこ危険な相手である。遠くから攻撃をして、ズタズタと言うことも、珍しくない。命が大切なのだ、討伐できれば、いいではないか――と
姉さん達には、不評だった。
「じゃぁ、次はサーベルで………」
アイテム・ボックスにオークを収納と同時に、ビーム・サーベルを取り出した。マジカル・ウェポンのサーベルである。
ただし、輝くサーベルの寿命は、20~30秒ほどと、短い。改めて使うには、カートリッジを入れ替えねばならない。実戦では、交換の余裕があるのだろうか、使いどころが難しい武器である。
それに、レックはマジック・アイテムのサーベルも購入している。レックの魔力が続く限り、輝き続けるサーベルと、カートリッジの交換が必要なサーベルと、使用頻度は、どちらが上であろうか。
もしかして、使う機会は最後かもしれないと思いつつ、サーベルを輝かせる。
「なんか、武器ショップのオススメってね………なのに、マジック・アイテムのサーベルのほうが、使い勝手がいいんッスよ」
トコトコ歩きながら、つぶやいた。
姉さん達の耳に届いたのか、レックは期待していない。せっかく購入しても、使いどころがないアイテムが、哀れなだけだ。
水風船に圧迫されているオークまで、あと数歩の距離だ。
「出番、これで終わりかな――」
横に、スラッシュした。
オークは暴れていたが、タイミングを見て、一撃と言うスラッシュをすることに成功した。レックが、それなりに経験をつんだ成果であろう。
ダンジョンでは、バリアの一種である水風船に守られながら、デタラメにサーベルやジャベリンを振り回したレックである。
剣術の経験は、前世を含めてゼロだったが、ダンジョンが修行の場所となったわけだ。
ボトリ――と、オークの頭が地面に落ちた。
「姉さんたち、これでよろしいで――」
鬼が、出た。
恐怖の象徴が、レックの目の前で、笑みを浮かべた。
レックの手から、ぽとり――と、サーベルが落ちた。あまりの恐怖に、思わず、手の力が抜けたためだ。
そういえば、西洋の悪魔のイメージは、耳が横に長かった。そう、レックの目の前にいる、エルフたちのような姿なのだ。
三日月に口元をゆがめて、喜びを表していた。
「やったぁ~、久しぶりの、兜焼きだぁ~っ」
「レック、良くやったにゃ~」
血を滴らせる頭を掲げて、見た目12歳のエルフたちが、喜んでいた。
オークの血肉に汚れるのは、気にしていないようだ。ふだんはファッションを命とするお子様達なのだが、いまは、食欲が優先らしい。
アーマー・5の姉さん達も、同じである。きゃ~、きゃ~――と、レックを褒め称えていた。
「やっぱ、肉は新鮮なのがいいよな。狩ったばかりの肉とかさ~」
「肉汁滴る骨付き肉………目の前で狩った肉は、特にいいよね~」
「あたし、兜焼きは、ちょっと………」
「エビフライは、尾頭付きを食べるくせにな~………まぁ、うちはほほ肉だけでええよ?」
食の好みは、それぞれのようだ。
なお、ほほ肉とは希少な部位であり、しれっと要求しているあたり、マーメイドの姉さんは、分かっている。
猫マッチョは、腕を捲り上げた。
「兜焼きだな、了解だぜ、食いしん坊たちめっ」
キバが、きらりと光っていた。




