いらっしゃい、魔王食堂へ
広大なる空間に、不気味な音が響き渡る。
ぺき、ぱき――と、骨ごと噛み砕く、命を刈り取り、血肉をかじる音だ。レックがおびえても、しかたがない。
エルフちゃんたちが、ぺき、ぱき――と、骨付き肉を食べていた。
「姉さん達………さすがッス」
魔王食堂の光景だった。
漫画肉は、回復アイテムだと思い出す。前世の浪人生が、夢の光景だ、いつか食べたいと思っていた――と、騒いでいた。しかし、すでに目にした光景である。
エルフの国では、日常だった。あの時は、オークが大量に発生、パーティーの日々であった。
ダンジョンでは、昆虫系統が多かったように思う。魔王が封印されている神殿においては、なぜか、オーク肉が提供されていた。
流通が、しっかりしているのだろう。贅沢にも、転移ゲートを使っている予感がある、ここは、重要施設なのだから。
猫耳さんが、現れた。
「おぅ、ボウズはマネするなよ。エルフたちは特別だ………いや、ケンタウロスにドワーフにエンジェルにマーメイドが、特別――」
「ドワーフの姉さんは、骨を残してるッスよ?」
渋い声の、マッチョ猫だった。
エルフの国では、ミケばあちゃんという猫耳の食堂のオバチャンがおり、ダンジョンの町では、バーテンダーという服装の猫おじ様たちがいた。
魔王食堂では、マッチョ猫だった。
「久々に、食堂って感じがするな。いつもは、せいぜい5人だからな………しかも、同じ面子ときたもんだ」
めったに客が来ないからと、客と共に、席についていた。
確かに、ダンジョンの町のような観光地ではないのだ。そもそも、試練の門をくぐらなければ、ここに来ることも出来ない。
魔王を封印している神殿であるため、当然である。
久々の客のため、マッチョ猫さんは嬉しそうだが………
「あの~………余計なお世話かもしれないッスけど、食料、余裕とか大丈夫ッスか?おれっち、アイテム・ボックスの容量あるんで、多少は――」
レックとしては、すこし不安だ。
人間とは異なる胃袋らしい姉さん達の食べっぷりは、めったに客の来ない食堂では、負担ではなかろうか。
パーティーのように、大皿に骨付き肉が山積みで、他にもフルーツにパンか何かが山盛りのテーブルは、アーマー・5の戦場だった。
出された料理は、20人前か、30人前に見えるが、たちまち消えていく。
「へっ、ガキが、気を使うなんて10年早いってもんだ――通信魔法があるからな、転移ゲートとアイテム袋で、長くても半日で食料倉庫は満タンになるってな?」
がはは――と、猫マッチョは笑った。
安心して食え――と、いい笑顔であった。
「へへ、それは失礼を――」
レックの前には、ハンバーガーセットがある。
ふと、先日の岩ドラゴンの内臓スープを思い出し、フォークの手が鈍るが、わずかな時間である。
なんと、目玉焼きもセットのデミグラスハンバーグであり、フライドポテトや、小鉢にはポテトサラダに、ナポリタンスパゲッティーもある。
エビフライの皿もあるなど、品揃えは恐ろしいほどだ。
ハンバーガーセットと言うか、お子様ランチである。ダンジョンの町でも、レックの定番と言うメニューだった。
前世のファミレスが、ちょっと懐かしい。贅沢気分は、懐かしさと共に、ついつい、注文してしまうのだ。
ぬ――と、ツインテールたちが、現れた。
「レック、本当にそれだけでいいの?ちゃんとお肉も食べないと――」
「そうだにゃぁ~、骨は、体にいいんだにゃぁ~――」
ぺき、ぱき――と、骨ごと、骨付き肉をかじるエルフちゃんたちが、両サイドから現れた。
目当ては、エビフライだとわかっている。逆らうレックではない、フォークの決闘での勝率は、ゼロなのだ。
ならば、あらかじめ存在しないものとあきらめたほうが、心にはやさしいのだ。
レックの目の前では、フォークが、決闘を始めた。
「ちょっと、それ、私がねらってたの」
「ふっ、勝負の世界は、非常なんだにゃ~」
骨付き肉を片手に、フォークによるフェンシングとは、さすがはエルフである。もはや、ツッコミは不要なのである。
目の前での決闘のため、レックは見物を決め込むしかないわけで………
「ところで、何で食堂――っていうか、デパートなんですか」
レックは、斜め前のおっさんに問いかけた。
テクノ師団の隊長殿で、レックには転生者の先輩でもある。感覚も近しいということで、デパートと言う単語を知っている数少ない相手と言うことで、ツッコミを入れたのだ。
なぜか、デパートだった。
「建築家のこだわりってやつさ。食堂とか色々あるのも、何十年も見張りが必要ってことで、どの神殿にもある施設なんだぜ?」
おっさんは、のんびりとコーヒーをすすった。
エルフたちの妨害がないため、おっさんの食事は、すでに終っている。遊び盛りの子供の相手など、疲れると言わんばかりだ。
魔女っ子マッチョが、代わりに答えてくれた。
「神殿って、人も住む場所ですからね?色々、試してみたって所らしいわよ?」
デザートは、フルーツパフェのマッチョである。
前世は90年代の女子中学生と言う、見た目はマッチョなおじ様だ。本名はドッドと言うが、アリスちゃんと言う魂の名前?でお呼びしなければならぬのだ。
魔女っ子の衣装で、上品に食事をしていた。
「封印の神殿って、中身がデパートって………」
試練の扉を潜り抜けると、デパートの入り口だった。
お客様でにぎわう店内――というほどではないが、冷たい墓場のような建物を覚悟していると、プレートが並んでいたのだ。
『1F:メインホール』
『2F:食堂』
10メートルほどの、巨大な入り口から入ってみると、ちぐはぐと言う印象だ。エスカレーターやエレベーターがあっても、おかしくない。
観光地であれば、再現しているかもしれない。予算の関係で不可能だろうが、こだわるつもりなら、可能のはずだ。
エルフの国では、空中の遊歩道が、バイク並の速度で移動させてくれるのだ。
魔力があふれる土地だからこそ、維持できる魔法の装置らしい。そして、ここはエルフの国よりも、魔力があふれている空間である。
エビフライが、空を飛んだ。
「「あぁ~」」
エルフちゃんたちは、見上げた。
フェンシングに夢中で、とらわれのエビフライが脱走したようだ。涙をこぼすように、衣がきらきらと、こぼれている。
翼が、羽ばたいた。
「いただきっ――」
レックの前世は、語る。
とんびに、気をつけろ――と。ハンバーガーを食らっていると、どこからともなく、訪れるのだと。
この世界では、エビフライをめがけて、エンジェル様が突撃するようだ。
エルフちゃんたちが、悲鳴を上げた。
「ちょ、わたしの」
「ボクのだにゃ~」
輝く翼が、レックの目を奪う。
エルフとは、イタズラな小さな妖精と翻訳される。ピーターパンに登場するイタズラのお姉さんのように半透明の昆虫の翼を生じさせ、空中に舞い上がった。
見た目は、フェアリーだ。
そして、さすがは魔王食堂である。試練の門が10メートルサイズと、とても巨大であった。食堂の天井も、とても高く、もちろん広い。200名ほどが食事をしても問題ない広さなのだ。
姉さん達が少々暴れても、問題ない広さなのだ。
空中戦が、始まった。




