たそがれの、ダンジョンの町
戦いは、終わった。
サラダボールを片手に、レックは空を見上げた。
「そうなんだよな、オレの本当の力は、炎のはずなんだよなぁ………」
たそがれていた。
太陽も傾き始め、逢魔が時と言う、黄昏時だ。
ダンジョンにおいては、もぐるだけでモンスターと出会うことが出来る。あふれ出している今は、まだまだ、目の前だ。
フォークを、おもむろにサラダに突き刺す。
特に狙っていなかったが、新鮮なレタスの触感が、フォーク越しに伝わってくる。レックはそのまま、口に入れた。
「うまい………」
みずみずしいシャキシャキが、ありがたい。
ドレッシングは、レモンをベースに、肉汁がきつい空気には救世主だ。シャキシャキとしたレタスと溶け合って、渇いた喉をやさしく通り過ぎていく。
菜食主義でなかったはずだが、ご馳走だった。
お肉はもう、十分なのだ。
岩ドラゴンとの戦いは、クライマックスはミンチの海と言う、思い出しただけで、レタスが救世主の戦いだった。
肉のニオイが、近づいてきた。
「レックってば、まぁた野菜?………肉がせっかくとり放題なのに………ロック・サラマンダーの肉とか、高級品なのよ?」
エルフちゃんが、肉をかじっていた。
見るだけで、おなか一杯だ。コハル姉さんが、骨付き肉をガジガジしながら、やってきた。
黄金色のポニーテールは、夕焼けに近づく太陽を反射して、燃えるように輝いている。美しい光景に、とても生える。
天使のようだ。
12歳と言う見た目と、可愛らしい姿から口にして、誰が文句を言うだろうか。あくまでも、見た目だけである。中身は考えてはいけない。
無心でサラダボールをつついていると、エンジェル様も、現れた。
「どうした、ちゃんとドリル――じゃなくて、トルネードキックできてたのに」
「どうしたん、肉も食べへんと、大きくならんで?」
「そだぞぉ~、オレっちは、絶望的だけど~」
マーメイドさんと、ドワーフちゃんも現れた。
誰もが、岩ドラゴンの串焼きに、岩ドラゴンのハンバーガーにと、たらふく食べている。商品として売り出せないものが、贅沢にも、食べ放題だ。
当然、早い者勝ちだ。
レックは、サラダだ。
「へへ………なんか、見てるだけで、おなか一杯って言うか………」
15歳の食べ盛りは、笑った。
お肉は、ご馳走だ。本来のレックには、ご馳走なのだ。かつては底辺冒険者を自称していた、皿からあふれるお肉など、夢で見ることしか出来なかった。
今のレックは、レタス・万歳だった。
「うぷ――ボスは内からってヤツ………マジ、かんべん――」
内臓のシーンが、脳裏をよぎる。
岩ドラゴンたちの討伐の余韻が、内蔵の中の光景が、レックの食欲を奪っていく。
馬の姉さんに引き据えられた先は、岩ドラゴン兄弟が暴れる現場だった。そして、エンジェルさんとマーメイドさんに乗せられるままに、ドリルキックをしたのだ。
訂正、トルネードキックをしたのだ。
エンジェルとマーメイドの姉さんは、さすがだった。風と水のスクリューで、岩ドラゴンを身動きさせず、一箇所に集めたのだ。
ヒーローアニメのお約束、ボスが動けない状態であった。
トドメの一撃を加える主人公として、レックは熱血のままに調子に乗って、必殺技をたたきつけた。
「ドリルキックだよな、あれ」
「うん、ドリルよね」
「あたしも、そう思う」
「うちも、ドリルキックのほうが、にあうと思うわ」
「ドリルだぜ」
アーマー・5の多数決により、トルネードキック改め、レックの新たなる技は、ドリルキックに決定したようだ。
6つの水球から伸びたビームサーベルが合わさった、まさにドリルと言うトルネードで、キックをしたのだ。
岩ドラゴンの装甲すら、一撃で引き裂く威力である。3匹がまとまっているところに直撃をしても、十分にミンチだった。
ドリルしすぎて、完全に引き裂くトドメまでと力みすぎて、魔力切れになっただけだ。ステータス先生が、懐かしい。MPと言う表示だけでもあれば、残りの魔力を気にして、ポーションを飲むなり、スイッチしたり、引き下がったり………
「名前はいいけど、そのあとが………み、水を、水を――」
ドリルクレーターの底で、ミンチの池が出来上がった。
勝利したレックは、ミンチの池で浮かんでいたのだ。風船バリアのおかげで、直接ミンチにまみれることはなかったが、心理的に、かなりアウトだった。
おっさんが、笑いながらやってきた。
「ミンチまみれなのは、ドリルだもんな、勇者(笑)さまよぉ?」
「もぉ~、ベルちゃんったら、ほどほどにね?」
バウバウ――という鳴き声もセットの、熟年カップルが現れた。おっさんは、すでに飲んでおいでだ。万が一に備えた見物と言う話であったが、むなしいものだ。
あるいは、飲むほどに強くなるのか、ちょっと見てみたい。異世界の先輩であるため、生み出してもおかしくないが………
サラダボールの小鉢は、気付けば空になっていた。お代わりとして、フルーツ盛り合わせか、あるいはシャーベットか迷っていると、気になった。
骨をガジガジしていたポニーテールちゃんが、一人だけなのだ。
プラチナブロンドの輝きが、銀色に輝く金髪のポニーテールちゃんが、ご一緒ではないのだ。
「そういえば、コハル姉さんだけ――って言うか、バリアなくても、いいんッスか?」
ラウネーラちゃんの姿が、見あたらない。
バリアの気配も、すでにない。
岩ドラゴンたちは、レックがミンチまみれになって、討伐が終了している。
大コウモリを代表とする空中のモンスターも、すでに武器ショップの大砲や、エンジェル姉さんと人魚の姉さんで、あらかた討伐がすんでいる。
それでも、あふれ出しの余波は残っているのだ、大丈夫なのかと言う、今更の質問であった。
「あぁ~――ロボ自慢」
骨が指し示す方向では、演説が始まっていた。どうやら、ラウネーラちゃんには熱心なファンがいるようだ。
キャンプファイアーの前で、盛り上がっていた。




