ダンジョンの町と、あふれ出しフラグ
バイクレースは、ジョセフィーヌちゃんの優勝で終った。
もちろん、口の中にはレックが咥えられている。犬の本能として、逃げるレックを、バウバウと追いかけたのだ。
レックは、手を伸ばした。
「た、たばばぁ、ぶぶぶぶ――」
何を言っているのか、誰にも通じないだろう。誰か、助けてくださぇ~――と、レックはお願いしたつもりである。
岩場の皆様は、気にしていないようだ。
「おぉ~、レックよ、食われてしまうとは、情けない」
「情けないんだにゃぁ~」
エルフちゃんたちは、ジョセフィーヌちゃんの背中の上で、はしゃいでいた。
本日は、おそろいのポニーテールだ。コハル姉さんの金色のポニーテールと、ラウネーラちゃんの銀に輝く金色のポニーテールが、岩場で輝いていた。
やわらかなショートポニーのレックは、よだれまみれだ。
ジョセフィーヌちゃんは、バイクの勝負に参加した。レックが逃げたため、本能として追いかけたのだ。
レックもまた、今まで出一番いい走りをしたかもしれない。そのまま優勝してしまうのが、お約束だ。
ケンタウロスたちは、負けたのだが………
「レック、いい走りをしてたが………とんだアクシデントだな」
「最後にさ、ぎゅ~ん――って、空中に飛び上がったじゃん。あのまま空を飛ぶかと思ったんだ、おれ………」
「ぶばばば………ぶぶぶ――」
勝敗など、もはや気にしていない。
空中でキャッチされたレックを見つめて、微笑んでいた。いい走りだったぜ――と言う、すがすがしい笑みだった。
笑みは、ジョセフィーヌちゃんに向けられていた。
負けたぜ――と
2輪バイクも1輪バイクも、ブルドックの4本足ダッシュには、かなわなかったのだ。乗用車サイズのブルドックには、逃げるオモチャなのだ。
テクノ師団のおっさんが、他人事だ。
「おぉ~う、さすがのレックも、ジョセフィーヌには勝てなかったか」
「うふふ、私達の魔力で作ったんですものっ」
年季の入ったバニーガールさんと連れ添い、熟年夫婦に見える。結婚していないのが不思議であるが、そういうものなのだ。
どちらも、転生者である。
そして、バニーガールのクリスティーナ姉さんの前世は、魔法の力でオリジナルのモンスターを生み出す世界だったようだ。愛しのジョセフィーヌちゃんの活躍を、目を細めて見守っていた。
理屈はともかく、感覚で生み出してしまうのが、魔法の不思議である。
尻尾や翼も、そうした感覚的なものだろう。翼を出したままのエンジェル姉さんは、フラッグを退屈そうに振り回していた。
「あぁ~あ、ごぉおおおる………って、言ってみたかったんだけどなぁ~、あたし」
「まぁ、ええやん。さすがにあの状況やと、賭けもチャラやし?」
マーメイド姉さんは、岩場でぴちぴちと、下半身を魚にして座っていた。座るときには、本来の姿のほうが落ち着くのだろうか。どこからか取り出したそろばんをはじいて、商売人を気取っていた。
本気で賭け事で設けるつもりはなかったらしい、からからと笑っていた。
ドワーフちゃんは、真剣な瞳でジョセフィーヌちゃんを見つめていた。
「やっぱ、四本足か………キャタピラより、むしろ………」
ぶつぶつと、真剣に、考えておいでだった。
次の改造で4本足にしようかな――と、つぶやいていた。
前世の浪人生は、六本足がオススメだ――と、ほざいていた。どこで改造をするのか、四天王――という単語が聞こえて、察した。
テクノ師団の、天才の皆様が天の災いをもたらす研究所が、発生源だ。
悪魔的な改造をしてくれるだろう。しゃべる機能も、ついでに付けても不思議はない。レックのスナイパー・ライフルもしゃべるのだ。
田中さん――と言う存在が、今も気がかりだ。
ダンジョンの町に足を踏み入れて、2週間がたつ。突撃した回数は5回であり、それ以外は練習と、このようなおふざけだった。
バニーガールさんが、接近してきた。
「よぉ、連携の練習かい?」
マッチョな、バニーガールだ。
スキンヘッドなのに、マッチョなのに、ウサギ耳がぴょこぴょこと動くのだ。しかも、網タイツのバニースーツである。
ムキムキが、とてもまぶしい。バニーガール軍団の責任者で、ダンジョンの入り口をまとめているおっさんだった。
しかし、ダンジョンは封鎖状態だ。
すでに、どれだけの日数が経過しているのだろうか。内心、ご機嫌が悪いのかもしれないと、レックは焦る。
隊長殿が、代表で挨拶をした。
「よぉ、あふれ出しの兆候でもあったか?」
「なら、喜んで飛び跳ねてくるさ、ちょっと、様子見だ」
やれやれ――と、バニーボーイのスキンヘッドさんは、退屈そうだ。
あふれ出し――という単語に、レックは緊張だ。
ゲームではないが、この世界のダンジョンには、モンスターがあふれている。大発生の時期では、並みの冒険者にとっては自殺の名所と言うハードモードだ。
そのうえで、ダンジョンからモンスターがあふれ出る、『あふれ出し』まで起こるというのだから、大変だ。
しかも、それを心待ちにしていると言うセリフだった。
「5回も突撃して暴れて、岩場でも暴れて………そろそろ出てくるさ」
「まぁ、エルフレベルがこれだけ暴れてるんだし………近々かな?」
ヤバイ話のようだ。
ゲームでは、一定のエリアから出てこない、便利ルールがある。縄張りのようなものだろうか、例外が、スタンピードである。
大発生であり、ダンジョンでは、あふれ出しだ。
エルフたちが、にっこりだ。
「ひさびさの、出番かな?」
「ふっ、ヒーローの出番だにゃぁ~」
ジョセフィーヌちゃんの背中で、エルフちゃんたちが、格好をつけていた。ラウネーラちゃんは、猫モードとヒーローモードが合わさっていた。
よだれまみれのレックに、言葉はない。
「もうちょっと修行の時間があればよかったが………まぁ、レックにはレーザーがあるから、いいだろう」
「そうよね、ベルちゃんのときは、大変だったわねェ~、それで――」
「ちょ、クリスティーナ、それ以上は――」
「『我がこぶしよ、待たせたな』――だったかしら?」
熟年カップルは、思い出話に忙しそうだ。
レックは、よだれまみれながら、遠くを見つめた。おっさんの前世がいつの時代の少年か、中年か、それは知らない。
中二を患っていたことは、確かなようだ。




