ダンジョンの町の、お宿にて
開け放たれた窓から、心地よい風が吹いてくる。レックは板敷きの床にどっかりと座って、しばし、浸っていた。
「西部劇かぁ~――」
窓から見える風景は、西部劇風味であった。
お部屋も、土足が基本の板敷きである。ギルド提携のお宿も、バーテンダーがいる酒場がカウンターの、二階が客室だった。
バーテンダーは、もちろん、猫耳のおじ様だ。
常連となりつつあるレストランのマスターも、猫耳のおじ様で、バーテンダースタイルである。本当に、料理と縁のある獣人であった。
スタイルは、西部劇で統一されている。寂れているように見えても清潔なのは、こだわりを感じる。
ハリウッドの人か、日本人で西部劇ファンの転生者がはやらせたに違いない。ガンアクションは、映像の向こうのシューティングゲームだった前世である。実際に手にしたリボルバーは、生きる希望だった。
どちらにも共通して訪れる不安は、弾切れだった。
レックは、足元へと視線を戻した。
「さて、リロードは――おや、在庫が………」
足元には、空のマガジンが並んでいた。
ビームジャベリンを基本としつつ、接近されるまでは数を減らしたいのが人情だ。ハンドガンやサブマシンガンを乱射していた。当然、戦いの途中でマガジンに弾を込める余裕はない、次の戦いの準備と言うことで、レックはアイテム・ボックスから弾薬の詰まった木箱を取り出していた。
何箱も買い込んでいたが、そろそろ在庫が不安だった。
シューティングゲームの爽快感などは、最初の10匹くらいなものだ。お代わり自由というボス部屋では、アイテムがバラバラと浪費されていった。
気付けば、最後の木箱であった。
金と銀のポニーテールちゃんが、レックにのしかかる。
「レック~、そろそろ、ドラムタイプのサブマシンガンにしたら?」
「そうだにゃ~、戦いは数だにゃぁ~」
コハル姉さんとラウネーラちゃんは、本日はおそろいのポニーテールであった。
ダンジョンの町では、もちろん部屋を取っている。もはや、贅沢と考えることもなくなった、レックはギルド提携の宿の、個室にいた。
西部劇風味の、足元は板敷きで、ベッドわきには弾痕のサービスだ。襲撃者がやらかしたという演出だと信じたいレックである。
襲撃者は、見た目は12歳のエルフちゃんたちだ。レックは、小物パワーでお願いをした。
「あぁ、箱に気をつけてくだせぇ~」
弾丸を、マガジンに込める作業中である。箱が倒れ、バラバラと散らばれば、とっても面倒なお掃除大会が待っているのだ。
女子が、部屋にいる。
本来、それだけで緊張し、ドキドキしてしまう15歳の少年がレックである。前世の浪人生を含めて、女性との日々は悲しく、さびしいものである。そんなザコにとって、女子が目の前はドキドキするハードモードのはずだ。
だが、エルフは、女子というカテゴリーに含まれることはない。
なぜなら、エルフなのだ。
しかも、転生者として覚醒し、初めて目にしたエルフは、ケータイを自慢する90年代女子中学生ファッションであった。
ケータイが、鳴っていた。
「あっ、もしもしぃ~――うん、わたし、わたしぃ~」
コハル姉さんは、自慢げにケータイを取り出した。
金髪のポニーテールをなびかせて、腰に手を当てて満足そうである。本当に、ケータイを使うのがお好きなエルフちゃんだ。
見た目12歳であるため、ほほえましい。
この世界でケータイのような通信機を持つ人物は、少ない。前世では誰もが当たり前に持つスマホも、ガラケーも、この世界では当たり前ではないのだ。
自慢したい気持ちも、当然だ。
「うん、今~?――うん、レックのとこ~」
ベッドに、どっかりと座った。
どうやら、長電話になってきた、そのままポテチでもつまみそうだ。
「うん、一階層の大広間――そう、映像送ったでしょ?――うん、うん――」
本日は水色セーラー服に、もちろん、ミニスカートだ。
健康的な太ももがまぶしい、床で弾丸を込めていたレックからは無防備だが、コハル姉さんは気にしない。そしてレックも、気にならない。互いに、異性というカテゴリーではないのだ。
業界ではテンプレも、現実となれば異なる不思議である。
「あんたも知ってるでしょ?準備とか、反省会とかさぁ~――うん、そうそう――えぇ~、ちゃんとしてるってぇ~――てかさぁ、映像は送ったんだしぃ~――」
電話の相手は、誰だろう。コハル姉さんの声からは、まだ読み取れない。例え王様であっても、近所の悪ガキ扱いのエルフちゃんなのだ、そして、一般の皆様がケータイを持っているわけではなく、電話の相手は全て、重鎮と言うことだ。
ギルドマスターか、ハイレベルな冒険者か、フラグでという王様なのか………
いつの間にか、電話が終ったようだ。ぽちっと操作をしたまま、コハル姉さんはケータイを見つめていた。
「あぁ~、まずいかなぁ~?」
その様子を、退屈していた紫猫モードのエルフちゃんが、猫すわりで見上げていた。
「誰からだったのにゃ~?」
尻尾が動くのは、どのような仕組みなのか。
すべて、魔法で解決なのが、この世界らしいところである。SFに見えていて、中身はファンタジー技術と、ファンタジーという素材なのだ。
ケータイをスカートのポケットに入れながら、にやりと微笑んだ。
「えぇ~、知りたいのぉ~?」
自分だけが、秘密を知っている。
そんな、いやらしい微笑である。見た目はかわいい女の子であるために、腹立たしい。自分の可愛らしさを、良くご存知だ。
レックが強引に迫れば、犯罪だ。
気にしない猫ちゃんが、突撃した。
「早く教えるにゃぁ~」
「あっ、こら、ケータイつぶれる」
子供のケンカが、始まった。
いいや、女の子同士のじゃれあいと呼ぶべきだ。レックとしては、聞きたい内容がさらに遠のいてしまっているのだが、苛立つわけもない。
ザコとして生きてきたレックは、忍耐もまた、鍛えられている。
おとなしく、マガジンに弾丸を込める作業に戻った。ハンドガンのマガジンは15発であり、サブマシンガンは30発である。何百発も、チマチマと、会話の片手間にチマチマと、時間のかかる作業であった。
ふと、リボルバーが目に付いた。
「お前の出番は、めっきり減ったな?」
久々に、リボルバーを手にした。
すべての武器が弾切れになったときまで、出番はない。しかし、最初に手にした相棒であれば、愛着があるのだ。
連射で乱射が当たり前になった近頃は、弾切れになっても出番がない。その前にビームジャベリンという如意棒を振り回す、今日この頃なのだ。
空になったサブマシンガンやハンドガンのマガジンを放置して、しばし、自分の世界に浸っていた。
エルフたちがいることを、忘れていた。
「なぁ~に気取ってるのよ、レックの癖に」
「そうだにゃぁ~、似合わないにゃぁ~」
水色セーラー服と、紫のパイロットスーツ猫ちゃんが、ちょっとひどい。
否定できずに、腹立たしい。コハル姉さんやラウネーラちゃんがポーズを決めれば、かわいいのだ。
ザコとしては、なにが言える。
「へへへ、最初の相棒なもんで、へへえ」
リボルバーを手に、紹介していた。
すでに紹介していたと思う、そして、それは転生したきっかけも一緒である。巨大なイノシシモンスターは、気付けばローストの黒コゲだった。
そう、黒コゲだったと、レックは思い出す。
「そういえば、黒こげって………忘れてた」
本当に、忘れていた。
吐き気を催しながら、食欲をそそる黒コゲの香りが、充満していたのだ。
生き延びた。
そして、転生した。
この感動は、どちらが先だったのか。秘められた力により、目の前の巨大モンスターが、黒コゲのローストになったのだ。
マジカル・ウェポンではありえない。衝撃波というか、魔法のビームである。木々に直撃しても、火災が起こらない、安心な攻撃力である。
炎の属性など、ありえない。
「………忘れてた、オレの本当の力は――」
リボルバーを両手で握り締めて、震えていた。
レックの本当の力は、封印されているのだ。転生した主人公にお約束のパワーアップが、それは、真の力と言うイベントなのだ。
そう、フラグだ。
真の力が、今――
「だめだからね」
「落盤だにゃぁ~」
エルフちゃんたちが、へし折ってきた。
真の力が目覚めるのは、今だ――
そんなフラグは、即座にへし折られた。熱水レーザーと言うレーザーでも、すさまじい攻撃力を誇るレックである。
本当の力が炎であれば、どれほどの威力になるのか。それは、ラスボスを前にした主人公にお約束の、覚醒である。
お呼びでは、なかったようだ。ダンジョンでは、事故のもとである。
「ステータス先生、おれっち、寂しいっす」
リボルバーを抱きしめて、涙がこぼれたレックだった。




