お見送りの、ダンゴムシ
ごろごろごろ――と、リアカーを引く音がする。
ただし、音だけである。木目まで再現しておきながら、側面のクリスタルが教えてくれる、ホバー馬車と、同じ仕組みであると。
効果音がセットとは、演出にこだわりを感じる。
ミニ戦車のドワーフちゃんが、振り向いた。
「レック~、だいじょうぶか?」
ランドセルが、似合いそうだ。
いいや、幼稚園児のハンモックのほうが似合うかもしれない。エルフの国では着せ替え人形というレックであったが、その気持ちが、すこし分かる。似合いそうな衣装は、ついつい、着せてみたくなるのだ。
そんなことを考えるほど、レックは追い詰められていた。
「SAN値が、SAN値が………」
広大なドームと言う広間では、ボスがお代わり自由だった。
大型バスが通る程度の通路から、突然、全天候型のドームが出迎える。それほど広大な空間であれば、思えばボス部屋と呼ぶべきだったのだ。
前回は、巨大ムカデが一匹だった。
今回は巨大ナメクジ(触手つき)も、ご一緒だった。
SAN値をピンチにするため、深い海のそこから這い出てきたような混沌であった。討伐に成功したものの、レックはドワーフの姉さんが出したホバー・リアカーの上で、倒れていた。
大人数に対応している、もちろん、皆様もご一緒だ。
マーメイドの姉さんが、朗らかに笑っていた。
「いやぁ~、レックちゃんも、えらい目におおたねぇ~?」
なぜか、下半身をマーメイドにして、座っていた。
いや、マーメイドのお姉さんなのだが、なぜか、関西弁なのだが………
レックは、何とか単独での討伐に成功した。シルバーの<中級>であれば、何とかしてほしいという期待からだった。
レックは、勇者(笑)なのだ。
縛りプレイだったが、何とかできたのだ。それは、喜ぶべきだろう。ボスの皆さんも、レックの巨大ジャベリンの餌食となった。
本日は、ここまで。
ダンジョンの攻略が目的と思っていたレックだが、本当の目的は攻略ではない、大発生と言う災害の抑止である。
そのほかは、ダンジョンの町の冒険者にお任せだ。
だが――
「………なんか、違和感が――」
コロコロと、何かが転がってくる音がした。
ここは、ダンジョンである。だらけていても、レックとて冒険者の端くれでだ、姉さんたちのように余裕をかますほど、経験も実力も、不足しているだけだ。
警戒すれば、いやでも起き上がる程度には、緊張感を持っていた。
目を、じっくりと凝らしてみた。
「………何ッスか、あれ」
魔法によって、視力が強化されている。おかげで、かすかな違和感を目撃して、コロコロと転がる距離でも、見えてくる。
ゴロゴロという地響きのするまえに、正体が、判明した。
「ダンゴムシ………?」
レックの目は、点となった。
転がってくる点が、そのサイズが問題だった。洞窟は、意外と広いのだ。腹ばいで進むしかない場所も、確かにある。
今は、リアカーがとろとろと、ゴーカートサイズのミニ戦車に引っ張られての帰り道だ。広さはそれなりに、自動車が余裕で通れるトンネルである。
道幅ギリギリに見えるのは、何の冗談だろうか。コロコロと、下り坂の後ろから、ダンゴムシが転がってきた。
「このシーン、有名っすよね~………某・考古学の教授の映画の冒頭で………」
サイズが、問題だった。
ボス部屋でないにもかかわらず、コロコロと、ゴロゴロと、ダンゴムシだと分かる鉄球が、転がってきた。
岩石でも鉄球でも、呼び名は何でもいい、ぶつかれば大変だ。
馬の姉さんが、レックの肩を叩いた。
「逃げ場がない洞窟だ、さぁ、勇者(笑)さまは、どうするんだ?」
背の高さは、レックより頭一つ高い。
長身の姉さんだ、姉さんと言うか、姉貴と呼びたい気分だ。格好が悪くてもいい、馬の背中に隠れていたい。
レックに経験をつませるためと言う名目で、遊んでいるとしか思えない。
レックは、だれていた。
「すきる~、水風船」
棒読みだった。
寝ぼけながらゲームをするように、レックは水風船を生み出した。常時展開ができれば楽なのだろうが、それでも、だらけながら発動できるのは、なれてきた証だ。
経験地を稼ぐための、だらけプレイだった。
「………うわぁ~………」
どすん、どすん――と、レックの張り巡らせた水風船にはじかれ、坂道を暴れる鉄球の群れとなった。
ダンゴムシは、一つではなかったのだ。
一つ、二つ、三つ、四つと………数えるのが面倒になってきた。どこかでダンゴムシが湧き出ているに違いない。
ご丁寧に、坂道を転がる場所に違いない。
巨大水風船の前に、コロコロとぶつかっては、山積みとなっていく。ワサワサと、数え切れない足がうごめいて、不気味である。
SAN値が、ぞろぞろとえぐられる戦いだ、麻痺して来た自分が、ちょっと怖い。
レックは、振り向く。
「あのぉ~、装甲ってボスのムカデさんよりあるように見えるッスけど~」
手伝ってほしい。
レックの言葉を、やさしく受け入れてくれれば、分かるはずだ。サイズはオーク程度だが、その厚みは、ボスクラスだ。
並みの冒険者では、ブロンズの<中級>くらいであれば、手も足も出ずに、つぶされるギャグ漫画だ。
残念、レックはシルバー・ランクである。
そっと、肩に手を置かれた。
両方からだ。
「狙い撃ちの練習ね」
「練習タイムだにゃぁ~」
エルフちゃんたちは、いい笑顔だ。
ダンゴムシは、コロコロモードから、噛み付こうとキバをむき出しにしている。弱点をあらわにしていると考えれば、ジャベリンで突き刺してもいい。
マジカル・ウェポンでも良い。
ボス部屋からの帰り道、レックに休みは、許されなかった。




