相棒エーセフよ、出番だ
バイクに乗った、一人旅。
前世浪人生では、とても考えられなかった夢である。しかし、アニメやラノベでの旅立ちシーンや、自由なる時間へのあこがれはあった。
バイクの免許を取りに行こう、そんな気持ちもなかったが………
レックは、バイクのハンドルを手にしていた。
「相棒………待たせたな、出番だ」
マウンテンバイクとか、山岳用バイクだとか、レックには知識が乏しい。前世の浪人生が、その手の知識へ手を出さなかったためだ。
自転車よりやや大きなサイズは、バイクにしては小さいのだろう。この世界で、レックが初めて手にした自由だった。
その名も――
「エーセフ、いくぜっ」
駆け出した。
ダンジョンを前に、なぜ、バイクを出したのか。かなり久々に、乗り回したくなったわけではない。王の都において、不思議な乗り物を見て、感化されたのでもない。
生きるためだ。
レックは、魔法の力を持っている。そして、魔法の力は生き物の力を強化する、モンスターが極端な例であるが、肉体を強化するのだ。
レックもまた、運動能力を強化される。制御には膨大な訓練が必要であるため、狭い土地での移動は、不安だった。
バイクの出番だ。
「うん………やっぱ、覚えてる」
がくがくとゆれながら、中腰でゆらゆらと、山道を進む。山道と言うよりも岩道で、フルフェイスのヘルメットにプロテクターにと、前世ではフル装備が必須だ。
この世界のバイクは、バリア能力を持っている。このまま転げても、ケガひとつ負うことはないであろう。
魔法のおかげで、運動能力が強化されたレックは、安心して無謀な運転をしていた。30度を超える急角度どころか、絶壁と勘違いする60度の急斜面も安心だ。
前世では、絶対にしない無茶である。
「よぉ~、さっすが勇者、なんて運転しやがるっ」
馬の人が、現れた。
バイクの気配に、どこからともなく、現れた。
ケンタウロスと言う種族であり、異世界の前世を持つ転生者の一人でもある。相棒のバイクをロボットに変身させて、共に戦っている。年齢は、見た目の数倍は生きているらしい。
『鹿』Tシャツで、バイクを乗り回していた。
「ひぃいいい、ひゃっほぉ~っ」
ご機嫌だった。
ケンタウロスのおっさんは、相棒のバイクを乗り回して、レックをあっという間に追い抜かしてしまう。この世界でバイクが誕生してから、改造をしまくって、乗り回していたに違いない。
いまや、ロボットだ。
おっさんは、叫んだ。
「いくぜっ、相棒っ」
バイクが、跳んだ。
おっさんも、跳んだ。
変身だ。
「とうっ!」
鹿だった。
がけを簡単に駆け上がり、かけ降りるその姿は、馬と言うよりも鹿である。さすがはベテランの冒険者でもある。
所属はテクノ師団であるが、かなり自由に行動をしている。それは、個人の戦闘能力がばかげているために、有効なのだろう。
レックも、同じだ。
ただ――
「そうだよなぁ~、馬、生えてるもんなぁ~」
馬が、鹿のように崖を駆ける。
レックは、バイクを独走させるつもりはない。バイクの独走はつまり、急勾配に負けて、バイクから振り落とされた場面である。
事故である。
「安全運転………は、ダンジョンではムリだもんなぁ~」
言いながらも、崖の上に到着、そのまま強引なUターンをした。
前世の浪人生は、悲鳴を上げていた。ジェットコースターなど、絶対に乗らないという、自転車も安全運転のビビリであった。
エルフの国の日々のおかげだ、この程度の無謀運転は、平常運転だ。
エルフに、かなり毒されたようだ。
レックは、叫んだ。
「ひゃっはぁああああああっ」
雄たけびだった。
前方では、馬の人がロボットの人と、仲良くかけっこだ。
レックは、せめておっさんたちに追いつけるようにならねばと、すこし焦る。あくまで移動手段であるが、ダンジョンでの移動は、常にピンチのはずだ。モンスターに追いかけられながら、モンスターを蹴散らしながらの運転が理想だ。
レックは、武装した。
「如意棒っ」
アイテム・ボックスから、新たなアイテムを取り出した。マジカル・ウェポンが通常装備だった。
本格的に魔法を扱う今は、マジック・アイテムが主流となる。シルバー以上の冒険者は、むしろこちらがメインである。
片手の運転も、魔法の強化のおかげで安心だ。握力など、ゴリラ並みに違いない、あるいはそれを超える、それこそが、今のレックなのだ。
安定していることに驚きつつ、武器を構える。
「アームドっ!」
如意棒に命じると、槍のように数メートルの長さに伸びる。風の抵抗で、バイクがややバランスを崩したが、慣れねばならない。
まっすぐに構え、ランスの突撃気分だ。
そして――
「ぎゃぁ~、事故ったぁああああ」
天地が、逆さまになった。
なれない岩石地帯の爆走に加え、なれない武器を振り回したためである。伸ばした如意棒が、引っかかったのだ。
練習で良かったと、レックは思った。




