カツ丼と、取調室と、おっさん
湯気が、レックの目の前を横切る。
甘く豊かな風味が、それだけでレックの心をつかんでしまう。黄金に輝く卵の輝きと、その下で待ち構える豚肉の誘惑が、強烈だ。
頑丈な石畳の個室には、これだというメニューだった。
カツ丼だった。
「カツ丼………ッスか?」
レックは、カツ丼を手にしていた。
魔王城を前に、おふざけが過ぎた。そのために、ちょっとお話を――というシーンではない。
謁見は、すでに終わっていた。
謁見した相手も、目の前にいた。
「うむ、日本人とは、大事な話があるときにカツ丼でもてなすという。我もまた、その伝統に倣おうと思うぞ」
王様だった。
王様が偉そうに、カツ丼を手にしていた。
もちろん、この国で一番偉いおっさんである。パイロットスーツに、長いマントのおっさんであっても、偉いのである。
レックは、言いたかった。
「王様、その姿がデフォだったんっすか?」
下っ端パワーが、ちょっとおかしかった。
これが、ちゃんとした服装であれば、下っ端パワーと小物パワーが手を組んで、ひたすらにゴマをすったであろう。
緊張するレックを出迎えたのは、UFOで登場した、パイロットスーツに、ロングマントと言う姿であった。
これで、王冠をかぶっていればギャグである。
もちろん、かぶっておいでだった。
「重苦しい衣装より、よほど動きやすいし………かっこいいではないかっ」
米粒をつけて、目を見開いた。
いろいろ、残念な王様のようだ。
しかし、この国の王様であることは間違いないらしい、後ろに控えている四天王も、うん、うん――と、うなずいていた。
みなさま、この王様にして、この四天王と言う方々だ。
実力は、ホンモノだ。
冒険者でいえばシルバーである。武装もすべてが最上級であり、<中級>から<上級>ほどだという。王国でも最高ランクの実力者は、四天王と名乗るにふさわしい。
言動と姿が、中二であるだけだ。
レックは、中二の感染拡大が、留まることを知らないと知った。自らも感染源かもしれない、派手なだけの魔法を見せ合うと言う、ヒーローショーだった。
魔女っ子レックは、がんばったのだ。
カツ丼を手にして、乾いた笑みを浮かべていた。
「へへへ………たしかに、かっこいい――っすね」
さすがに、とんがり帽子はわきにおいての謁見だった。
しかし、重厚な鎧に忍者コスプレにわけのわからないSF武装という四天王に加え、魔女っ子たちの登場だ。とても奇妙な謁見で、むしろ、コスプレパーティーだ。
みんな実力がハイレベルで、身分もハイレベルなだけだ。
カタカナで『ヒーロー』と書かれたTシャツを着たおっさんが、しみじみと味噌汁をすすっていた。
「取調室なら、やっぱり、カツ丼だよなぁ~」
「本当は、そんなことないって話ですけど………」
「うふっ、いいじゃないの、日本じゃないんだし?」
日本人を前世に持つメンバーは、増えている。
テクノ師団のおっさんと、魔女っ子マッチョに加えて、新たに、水色のツインみつあみの博士の姉さんである。
博士は、昨日に遭遇してから、なぜか謁見にまでご一緒してきた。
そして、取調室にいた。
「魔女っ子VS四天王――ねぇ、コハル。ボクたちも参加したほうがよかったんじゃないのか――にゃぁ?」
「やめなさいよラウネーラ、あんたは、ロボする気でしょ?」
「そうだぜ、俺の相棒とちがって、大惨事だ」
エルフちゃんたちと、『鹿』Tシャツの馬のおっさんもいる。
スーパー・ロボットを自慢したいパイロットスーツのラウネーラちゃんは、本日は白猫ファッションである。
語尾に、にゃぁ――を付ける演出は、誰の仕業か、心当たりが目の前の博士である。
モンスターの大発生で活躍した。そのお礼は『マヨネーズ伯爵』から受けているが、国王からも呼ばれたのだ。
そのために、ここにいる。
ついでとして、さっそくテクノ師団の研究室に呼ばれ、天才たちに巻き込まれたのだ。むしろ、『天災』だった。
ここにいる天才は、コスプレに命を書ける変態でもある。丸いサングラスにカメラをたっぷりと用意した、シャッターチャンスは、逃さないだろう。
レックは濃厚すぎる取調室メンバーを見渡して、そして、現実逃避を始めていた。
「ツナマヨおにぎりに、ハンバーガーに………そして牛丼と、日本の味が当たり前にあって、今度はカツ丼かぁ~………異世界って気分がしないッス」
お味噌汁も、セットだった。
転生した主人公であれば、故郷の味に涙するものだが、この世界では当たり前にある。転生した日本人達が、とってもがんばってくれたおかげだ。
『ミソ将軍』や『しょうゆ仙人』のおかげだ。
そのほかにも『マヨネーズ伯爵』など、近年の偉人達もがんばってくれたおかげで、レックの知る日本の味が、日常だ。
味噌汁をすすっていると、感謝の気持ちがよみがえる。
王様が、レックを見ていた。
「やはり、懐かしいかね………転生者には、慣れ親しんだ料理でもてなす。代々の国王や貴族たちは、色々と趣向を凝らしてきたわけだが」
「なぁ~に、えらそうにしてるのよ、チビのザーサのくせに」
「いや、コハルちゃん、オレ、これでも国王――」
「ふっ、チビのザーサが王様か………みな、なつかしい」
王様のセリフが、台無しだった。
もちろん、すでにパイロットスーツであることから台無しだが、どうやら、エルフちゃんたちは、王様の少年時代からの知り合いらしい。
当然だ、エルフの時間は、人とは異なるのだ。
懐かしんでいた
「ボクのパイロットスーツを着てたおチビさんは、いまや立派な自分のスーツで、UFOにまで乗って………大きくなったものだ」
「へぇ~、パイロットスーツって………そんな昔からあった――」
言いながら、レックは失言を自覚した。
昔懐かしいお話は、聞くに徹すべきだったのだ。王様の少年時代は、おっさんと少年という時間がある。
エルフちゃんたちにとって、すこし昔話だ。
見た目は12歳でも、中身はおばさん――などと思っては、命がピンチだ。
レックが冷や汗をかき始めると、察してくれたのか、『ヒーロー』Tシャツのおっさんが割って入ってきた。
「ところでよ、ザーサリス。昔を懐かしむための会合ではないだろう………」
「うむ、その通りだ。新たな転生者がいるということは、今年はモンスター大発生の時期ということ。そこでだ――」
王様がレックを見た。
本題だと、レックは身構える。
赤紫のミニスカ魔女っ子ファッションでも、レックは登録上、シルバー・ランク<中級>の冒険者である。
地位としては、領主様に直接声をかけられるレベルである。
この場にいるだけで、すでにフラグなのだ。
厄介ごとの始まりだ。
横目で経験者達を見つめると、とってもいい笑顔だった。
パイロットスーツの王様も、いい笑顔だ。
サムズアップをしていた。
「ダンジョン攻略、いかないか?」
とっても、軽かった。




