王都へ向けて
ホバー馬車
レックたちを王都まで運ぶための、馬車の名前だという。だれが命名したのかは不明であるが、レックは言いたかった。
「馬、いらんでしょ、むしろ、素直にホバーしましょうよ、ねぇ」
ちょっと、熱かった。
前世が叫ぶのだ。もう少しがんばろうと、ややSFに発展しているなら、自動運転までいっちゃいましょう――と、熱かった。
これで、馬がペガサスであれば、ファンタジー気分が上がってよろしい。そして、空を飛んでいくのであれば、新鮮でうれしい。
なぜか、ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ――と、馬が昔ながらに引いていたのだ。
御者の人が、朗らかに笑っていた。
「馬の負担が少ないと、好評でしてね」
熱血レックの情熱を、そよ風と受け流していた。
お客には、様々な反応がある。その全てを受け流す、さすがは王様が送り出してきた、ホバー馬車の御者さんだ。
レックは、さすがに当り散らすのは子供過ぎると、熱をすこし抑えた。
馬、いらない。
馬、いらないだろうと、レックはじっとりと、見つめていた。
「せめて、ゴーレムで引いていれば、ロボット馬でもギリギリ――」
そのゴーレムが自動運転であれば、なおよし――だ
それであれば、デザインとして、古きよき馬車スタイルを継承しても良いのではと、レックは思う。
他の乗客たちは、あまり気にしていないようだ。
「ゆれないし、快適っちゃ、快適よね」
「ふっ、ボクのスーパー・ロボットほどじゃないけどね」
エルフたちは、初めて電車に乗ったお子様状態だ。
たいしたことがないと、余裕をぶっているセリフだが、態度はちがった。足をぷらぷらさせて、楽しそうだ。
そう、電車の光景だ。
大人数を運ぶための構造だろう、横長の座席が向かい合い、これでつり革と広告があれば、本当に電車の光景だ。
ヘリのようにガタン、ゴトン―—という合成音声が流されないことを祈った。ヘリはともかく、転生してまで、満員電車は許して欲しいのだ。
「まるで、電車っすね」
「はっ、思い出させるな、勘弁だぜ、ラッシュ地獄はよ」
「そうね、か弱い乙女には、つらい日々だったわぁ~」
日本人を前世に持つ3人は、それぞれに思いをはせた。
約一名、とても印象と言葉がちぐはぐだが、心の中は女子中学生なのだ。ドッドのお頭――という呼び名がふさわしい、魔女っ子マッチョは、ふわふわ笑っていた。
もう一人のマッチョは、『鹿』とかかれたTシャツで腕を組んでいた。
「にしても、遅いなぁ~」
だれも、教えてあげていないようだ。漢字で『鹿』とかかれたTシャツを馬の人が着ているおかしさを。
『馬』+『鹿』は、つまり――
いいや、日本人を前世に持つ人々の他は、おかしいと知らないのだ。ならば、黙っているのが優しさかもしれない。
魔女っ子マッチョが、微笑んだ。
「おじさま、なんなら一緒に引いてあげれば?」
無茶を、かました。
だが、納得できる。2頭立ての馬車は、速さが違うのだ。馬の負担も考えれば、いくら重さがゼロに等しい馬車でも、馬のためだ。
『鹿』Tシャツが馬を引くシーンを創造して、レックは必死に衝動を抑えた。
馬だ、馬だ――と
エルフたちが、食いついた。
「ボク、見てみたいかな?だって、馬だもん」
「そうね、馬さん、ゴー」
見た目は12歳ほどのお子様であるため、辛らつな言葉が、心をえぐる。子供相手に本気に怒りを見せることが出来ない。
豪快なおっさんである馬の人は、すこしだけ、反論した。
「オレは、馬か」
「「馬でしょ?」」
エルフたちは、正直だ。
同じテクノ師団のおっさんも、納得だ。
「ほほぉ、おかしくはないか………人力車って、あったもんな?」
「あぁ~、観光地とかで、やってたッスね」
「ケンタウロスが引っ張る馬車………ありそうで、見ないわね」
日本人を前世に持つ3人は、納得した。
馬は、納得しなかった。
「お前らな、馬をなんだと思ってるんだ」
「「「「「馬」」」」」
全員の、見解だった。
上半身が人間でも、馬が生えていれば、馬だった。
退屈な馬車の旅だ、だらけるのは早く、なんとも退屈だった。
これならば、いっそ――と、レックは口に出しそうになり………
あわてた。
いっそ、モンスターでも出てくれないかな――などと、思うだけでも危険だ。
前世も、ヤバかったな、今のはフラグだったなぁ~――と、心の中の光景で、レックの背中を叩いていた。
エルフちゃんが、ぶちかました。
「モンスターくらい、出てこないかなぁ~」
フラグを、口にした。
レックは、叫びそうになった。コハル姉さん、それは、フラグだ――と
しかし――
数日後、レックは窓から外を見て、うなだれていた。
「なんで、フラグらなかった………」
馬車の旅も、3日目を迎えた。
フラグだと、しばらく周囲を警戒して、どうせポーションで魔力が回復するからと、探知魔法も展開していた。
何も、起こらなかった。
「いやいや、昔ながらの言い方なら、予感だからな?悪い予感ほどよく当たるって言うから、まぁ、フラグって言い方も、分かるがなぁ~」
「ふふ、フラグかぁ~………お姉さんのいた時代には、なかった言葉ね。流行って、どんどん変わっていくんだもの、残酷よねぇ~」
「まぁ、100年も生きてれば、それくらい刺激があったほうがいいけどね」
「へっ、エルフにとっちゃ、100歳なんてガキの年齢だろうがよ」
「100年早い、ベル坊」
「失礼だよ、ベル君」
「そうよ、ベルちゃんったら、何十年たってもお子様ね?」
女子の機嫌を損ねたようだ。
おっさんは一人、つまらなそうに景色を眺めていた。
レックも、車窓から眺めていた。
「異世界の車窓から、レックがお伝えします、間もなく、王都ぉ~、王都ぉ~、終点でぇ~、ございまぁ~す――」
ぼそりと、つぶやいた。
王都は、すぐそこだ。




