第29話《不死の迷宮》を想う
本日二話目です。
◯◯◯
俺は、油断だとか、焦燥だとか、孤独だとか、散々言ってきた。しかしそんなものは迷宮探索において、ただの言い訳に過ぎない。
そんな状態で探索すること自体、やはり俺は楽観的であったのだと言わざるを得ない。
心のどこかに『これまで同様に、次も何とかなるだろう』という考えがあった。それは今にして思えば傲慢どころか、思考の放棄ですらあった。
部屋の奥にいたボスは貧相な単なる一体の屍人であった。
押したら倒れそうなくらい貧弱に見えた。
その予想は正しかった。
俺は一刀のもとに切り伏せた。
こんなものがボスなのかと肩透かしを食らい、帰還すべく真っ二つになって倒れた屍人に背を向けた───その時、
びちゃぴちゃ───
何かが蠢き這いずる音が聞こえた。
振り替えると、胴から分断されたはずの屍人がゆっくりと立ち上がり、再び剣をこちらに向けていた。
嫌な予感がした。
俺はすぐさま飛び掛かり、再び彼の屍人を断ち切った。
嫌な予感は消えなかった。
そして俺の場合、得てして嫌な予感は当たってしまうのだ。屍人が2度の再生を果たし、当然のように立ち上がった。
まさかと思った。
背筋を嫌な汗が伝った。
3度目も立ち上がった。
4度目も立ち上がった。
5度目も立ち上がった。
6度目も、7度目も、8度目も立ち上がった。
背中に嫌な汗が伝った。
事態を打開すべく、再生出来ないように灰になるまで魔法を撃ち込んでみたが、それも無駄だった。
灰は集まり、肉へと復元し、屍人の身体は再生された。それは何度繰り返しても、同じことであった。
さらに、事態はわずかではあるが、しかし確実に悪化の一途を辿った。
屍人は倒れる度に微かではあるが強くなっているように感じられた。
ならこいつら一体どこまで強くなるのか?
そんな疑問が脳裏をよぎった。
77回目。
それまで一刀の元に両断出来た屍人がついに俺の剣を一合ではあるが受けやがった。
100回目。
これでも終わらない。何事もなく立ち上がった屍人を見て、俺はもう認めなければならなかった。
相手は単なる《屍人》ではなかった。
敗れて立ち上がる度に強くなる《廻天屍人》であった。
114回目。
《廻天屍人》が俺と剣を二度以上交わし始めた。
脳裏に浮かぶ嫌なビジョンが消えなかった。
俺はそれを振り払うように《廻天屍人》を何度も切った。
切って切って切りまくった。
そして525回目。
上段鎖骨箇所から《廻天屍人》を切り捨てた。もはや言葉で言うほど楽ではなかった。
彼のモンスターは、激烈なパワーアップの果てに、既に達人級のモンスターへと変貌していた。
肩で息をしながら、切られた脇腹の痛みに耐え、ポーションを呷った。
740回目。
《廻天屍人》を唐竹割りで真ん中から断ち切った。このままではポーションを使いきってしまうという最悪の予感が胸を占めた。
もう立ち上がらないでくれと心から願った。
しかし俺の願いも虚しく、《廻天屍人》は復活を遂げた。
これ以降俺は、致命傷以外でのポーションの使用を節約し、《廻天屍人》と相対することとなった。
800回目。
ついに魔力を温存している場合でないほどに追い詰められた。
窮地を凌ぐために、光魔法を用いて危機を脱したが、以後は《光収束》や《光時雨》という《廻天屍人》の弱点属性である魔法での攻撃を主体に闘うことに切り替えた。
苦渋の選択ではあったが、その作戦は功を奏した。
そして、それは1000回目のことだった。
当然のように起き上がった《廻天屍人》に出力を上げた《光収束》をぶち込んだ。
瞬間、血の気が引いた。
それまで効果的であった遠距離からの光魔法が通じなくなったのだ。
学習されたからか、度重なる光魔法に耐性を得たのか、それとも復活回数による仕様なのかは不明であったが、この時を以て《廻天屍人》に遠距離からの光魔法はほぼ無効となった。
こうして俺は再び戦術の切り替えを余儀なくされた。ここから生き残るには命懸けの検証をする必要があった。
その後、半刻ほど命を懸けて、《廻天屍人》と打ち合いを続け、様々な可能性を試行した。
辛くも、聖剣に光魔法を注ぎ込む《光の剣》は、通常の剣と比べて有効であることが判明───そこからは《光の剣》を用いての攻撃が既定路線となった。
そして1000回目。
《廻天屍人》はついに俺に匹敵する剣術使いとなっていた。
この時点で俺と《廻天屍人》の剣の技量はイーブンであった。
ただし単純な強さという点で言えば、まだ俺に軍配が上がった。相手の弱点属性である《光の剣》を使えることと、訓練実戦問わずにこれまでに鍛え上げた身体能力という点で俺に分があったからだ。
それならば、身体能力でゴリ押していけば、このまま《廻天屍人》を削り切り討伐することが出来るかもしれない───それこそが俺に残された最後の希望であった。
しかし、次の1001回目。
その希望は脆くも崩れさった。
初めは気のせいだと思った。
けれど剣を交わして、悟った。
それまでの単純で微かな肉体強化とは異なり、《廻天屍人》の体格自体が若干大きくなっているように感じられた。
それに比例するように彼のモンスターの剣は重くなっていた。
体格の強化───いったい、どこまで大きくなるのか───
千回にわたる《廻天屍人》の討伐───それは地獄ではなく、地獄への入口であった。
1001回目。
1002回目。
1003回目。
俺の傷は確実に増え続けた。
限界はもうそこまで近づいていた。
一方の《廻天屍人》は、元々俺より低かった背丈は俺を超えた。けれどもそこで止まることなく体格の強化は続いた。
とどまる所を知らない《廻天屍人》の再生強化───いつの間にか、俺が見上げなければ彼の顔が見えないほどの巨体となっていた。
1050回目。
俺の眼前の《廻天屍人》は大きさのみならず、ついにはギリシャ美術の彫刻のようなマッシブな体型となっていた。
彫り深く、美しいまでに強大な筋肉がビクンと蠢いた。
豪ッッ!! 空気が切り裂かれた。
「くッッ!!」
これまでで最高の一撃が俺を襲った。
重さ、速さ、そのどちらもが空前絶後だった。それでも何とか歯を食いしばり、聖剣で弾き返した。
強化され続ける《廻天屍人》───俺は、隙一つ見せることが出来ないという状況下で、肉体のみならず精神的にも確実に疲弊していった。
一瞬の判断ミスが致命傷に繋がる恐怖。
そいつに駆られて判断を狂わさぬように、俺はひたすら冷静であれと、己に言い聞かせた。冷静さを欠けば生きて帰ることは叶わない。
そんな極限状態で、どれくらいの時間打ち合いを続けただろうか。それでも俺は紙一重で《廻天屍人》を切り裂いたのだった。
そして───
今でもはっきりと思い出せる。
運命の1051回目。
徐々に悪化していた潮目がここに来て一気に激流へと様相を変えた。
まずは、平時の頃であれば、腐るほどあって使い切れない───そう思っていたポーションの数がついに残り一つとなったのだ。
それのみならず、ついに最後の切り札たる《超光速戦闘形態》を用いざるを得なくなった。
強化に強化を重ねた《廻天屍人》がその巨体にも関わらず、俺とほぼ同等、いや、俺を超える速度で剣を振るったからだ。
《超光速戦闘形態》───俺の切り札。
何人足りとも寄せ付けない強さを誇る最後の手段。
さすがと言うべきか、この技があれば、いくら強化を重ねた《廻天屍人》といえども容易く退けることが出来た。
しかし、ただ一つ懸念があった。
この技の弱点とも言える、大量の魔力を喰らう異様な燃費の悪さだ。
それこそが、難敵《廻天屍人》を相手取り、ここまでこの技を用いなかった理由であった。
だから───俺は弱点である燃費の悪さを即興で克服する必要に迫られた。
あるのは閃きか死かという単純な二択。
しかし俺は賭けに勝った。
《廻天屍人》と命懸けの剣檄を交わしつつ、焦る思考の中、微かな閃きがあった。剣を交わすある一瞬だけ《超光速戦闘形態》を発動させればいい。
これが効を奏した。
魔力消費を大幅に減らすことに成功し、何とか相手の隙を突いた超加速で《廻天屍人》を次々と切り裂いた。
そして1079回目の討伐を終え、これまで通りに俺は、いつ終わるともしれない《廻天屍人》の再生を待った───はずだった。
俺の失敗は「今回の再生もまったく同じだろう」と決めつけたことだった。
そしてここが運命の分岐点であった。
1080回目。
俺が《廻天屍人》の再生が終わるまでの一時、一息吐いた瞬間だ。背後に気配を感じた。
何故か再生が背後で起こった───それもこれまでの再生と比ぶべくもないほどの瞬間的な再生速度で。
振り向いたときにはもう遅い。
俺は背後から強襲された形になり両腕を切り飛ばされた。
両腕がないと、回復もままならない。
ようやくそこに思い至ったが、後悔すれども万事休す。俺は「嗚呼、みんな」と天を仰いだ。
《廻天屍人》の構えた剣は最短距離で俺の胸を貫いた。
走馬灯もスローモーション現象もない。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』
『続きが読みたい』
『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークやいいね、広告下にあります『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援がなによりのやる気になります。
今回も誤字報告ありがとうございました!