第24話 言の葉を重ねるがごとく
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アシュリーの部屋に集まっていた。
そこにいたのは俺、センセイ、アノンにアシュリー、それからユストゥス氏であった。
このメンバーになぜユストゥス氏が混じっているのかをまずは説明したい。
模擬戦を終え、アシュリーを背負って帰宅した俺を目にするや顔面蒼白となったユストゥス氏。彼はアシュリーがダウンした原因が俺だと聞くと顔を真っ赤にして怒り狂った。
彼の烈火のごとき怒りの前に、俺は彼とアシュリーに数え切れない程の謝罪を重ねることとなった。
その後も、アシュリーの部屋に集まると決まったとき─────
「貴方がお嬢様の近くにいるだなんて、本来なら許されないことですが……状況が状況ですから、仕方ありません。ただし、貴方がお嬢様を害さないかどうか、私が貴方を監視します」
一体俺を何だと思ってるんだ。
「よろしいですね?」
「よろしいです……」
そういうことになったのだった。
○○◯
センセイがベッドの上のアシュリーに微笑みかけた。
「安心せい。封印が解けてすぐさまどうこうなるわけではない」
アシュリーはセンセイに回復を施してもらったという。
未だにベッドの上ではあるが彼女の顔色は目を覚ましたばかりのときと比べて明らかに良くなっていた。
彼女のストロベリーブロンドまでもが先ほどと比べて艶々としているように思われた。
「よう、頑張ったの。主が普段から魔を封じるスキルに心血注いでいたからこそ、封印が解けたと同時に迷宮が姿を現したりするような非常事態にはならんかった」
当たり前です、と言わんばかりになぜかユストゥス氏が胸を張った。
「オーミさん、ありがとう。けど私は師より引き継いだ聖騎士としての使命を全うしてきたに過ぎない」
「それが中々出来ないんじゃがな」
まあよい、とセンセイは一息吐いた。
「オーミ、アナタはどうしてそんなに詳しいんだい? そもそも封印に関しては一部の者にしか知られていないトップシークレットなはずだ」
質問したのはアノンだった。
彼の質問に関しては俺も気になっていたところだ。
「我がどうして封印に関して詳しいか───別に隠してはおらんが、それを今から話したところで詮無きことじゃ」
センセイがアノンのみならず俺とアシュリーにも言い聞かせるように言った。
「そんな話をするより、今の現状とそれを踏まえてこれからどうするかを話し合う方がよほど建設的じゃろう」
確かにその通りなんだけど、なんかはぐらかされてる感があるんだよなぁ。
「なんじゃ、ムコ殿。何か言いたいことありそうな顔しとるけど?」
「ムコ殿?」
反応したのはアシュリーだった。
「ロウくんは結婚してるのか?」
アシュリーは「いや、別に他意はないんだよ」と顔の前で何度もぱたぱたと手を振った。
「そうだよ、ロウ。ワタシもその件については詳しく聞きたかったんだ」
アノンの声には好奇心の色ががっつりと見えた。説明しないことには、話が先へ進まない気がする。
そういうわけで俺は「結婚はしていないが、これからも一緒に生きていきたい人がいる」と説明した。話を聞けて満足したからかやっとこさアノンやアシュリーの追及が鳴りを潜めたのだった。
「ふむ、別に───だね」
よくは聞き取れなかったがアノンが何かを呟いた。アシュリーに至っては、
「その年で驚いたよ。いいね、そんな風にはっきりと言えるだなんて。もし良かったら馴れ初めや、その娘の話をしてくれないか?」
などと目をキラキラさせて俺に話をせがんだ。これ完全に少女マンガ読んでるときの俺の妹と同じだわ。
中学生の妹と並べるのは失礼かもしれないが、その姿はどう見ても恋バナ好き系女子だった。
「また今度な、落ち着いたらなんだって話すから」
アシュリーが「うん。わかった。これが終わってからの楽しみにしておく」と答えた。
そうだ。俺達にはこの件が済めばたっぷりと時間があるのだ。彼女達と恋バナするためにも気合いを入れてこの件に取り組まないといけない。俺は固く決意するのだった。
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ポツポツと話は進み、センセイが顎に手を当て「アシュが最後に封印を施したのが四日前になるのかの?」とさらっと尋ねた。
俺は聞き逃さなかった。
センセイがアシュリーのことを『アシュ』と呼んでいるではないか。会って間もないのに愛称で呼ぶとはセンセイの距離の詰め方がエグい。完全なる陽キャムーブである。
同じ年齢で同じクラスにセンセイがいたとしたら「オタクくぅん! 我も漫画大好きでの。特にワンピィスが好みじゃ!」とか言いそう。
などと脳の半分を妄想に割きつつも、俺はセンセイに尋ねた。野暮であるが構いやしない。
「センセイ、今『アシュ』って」
「なんじゃムコ殿、お嬢ちゃんのことを『アシュ』と呼んだことが気になるのか?」
「いえ、別に気になったってわけじゃあ……」
気になり過ぎてたまである。
改めて言葉にすると自分の浅ましさに恥ずかしさが込み上げてくるぜ。
「我はがんばりやさんが好きじゃからな。ムコ殿もそうじゃろ? 判官贔屓なところあるじゃろ?」
否定は出来ぬ。センセイには俺の全てを読まれているのではないかと業腹であった。
「ぐぬぬ」
「嫌ならやめるがの」
センセイの言葉に対し、
「いや、やめなくていい。オーミさん、私のことはこれからも『アシュ』と呼んで欲しい」
逆にアシュリーから願い出た。
隣でユストゥス氏がハンカチを噛んでいたが俺は見ない振りを決め込んでいた。
「いやこれはちょうど良かったかもしれない。
オーミさんだけでなく、ロウくんも私のことはこれからは『アシュ』と呼んで欲しい。
私達はこれから命を懸けた戦いに身を投じるのだ。なればこそ、背中を預ける相手とは気の置けない関係を築きたいと願っている。互いに愛称で呼べば、より親しくなれるだろう?」
どうだろうか? とアシュリーは俺達へと視線を送った。前髪をいじりながら、どことなく頬を赤くした彼女。
「よろしく、アシュ」
俺は手を差し出して答えた。
「ああ、こちらこそよろしく」
アシュが俺の手を握りしめた。
センセイは何か眩しいものでも見るかのように、目を細め俺達を見回した。
「ほれほれ、それでは話を戻すぞ。
アシュが目を覚ましてから四日。直前の《魔封》スキルは、阿呆共から掛け終わる前に妨害されたから、恐らく四日から五日ほどで封印が綻びるじゃろうとは思うとった」
センセイの視線が俺に向けられた。
先程までの和やかな雰囲気とは一転し、場が急激に張り詰めた様に感じられた。
「ムコ殿も今日見たじゃろ。あの靄の化物を。アレが封印の綻びの始まりじゃ」
靄。
封印の綻びの始まり。
不吉な単語が続く。
「ふむん、そうじゃな。まずは、みんなにも靄の化物のことを説明せねばいかんのう」
「ロウ、キミは何か見たのか?」
センセイの言葉に反応し、アシュリーが俺に尋ねた。
「ああ、今朝センセイといるときに、靄の化物に襲われた。気配が薄く中々に厄介なモンスターだったよ」
「靄の化物……師から伝えられた話と一致している───」
アシュがぼそりと呟いた。
不吉な予感は募る。
「おそらくこれ以降、靄の化物が徐々に数を増してくるはずじゃ。といっても、靄の化物の戦闘力自体はそれほど脅威というわけではないからの。そこは一つ安心しても良い」
アノンやアシュがホッとしたように感じられた。
それもそうだ未知なるモンスターが現れたのだ。冷静でいられる方が驚く。
「我らがすべきことを、これから告げる」
俺を含めた他のメンバーが頷いた。
「封印は本日綻びを見せた。ここから我らが、必ずしないといかんのは、漏れ出た靄の掃討じゃな。それに平行して、残りの二ヶ所の封印を護る聖騎士に連絡を取ること。彼らにもこれから起こることを説明して、対処してもらう必要がある」
アノンがぴょこりと手を挙げた。
「それなら、任せてくれたまえ。アシュが寝ている間に、ワタシがアロガンスとバーチャスには連絡を取った」
「さすが、アノン。やることが早いな」
アシュがアノンを誉めた。そこには確かな信頼とそこに至る年月が感じられた。
けれどどうやってこの短い間に遠方と連絡を取ったのか。とそこで、俺の疑問を読んだアノンが声を上げた。
「ああ、ロウ。どうやって連絡を取ったのか気になるんだろう? アシュリー達聖騎士にはね、万が一封印に何か異常が起きた時のために、とても貴重なアイテムを渡されているのさ」
アシュが「こほん」と咳をしてお喋り大好きアノンの説明をそこで遮った。アシュはそれくらいいいだろ? といった表情をアノンへと向けた。
「私が説明しよう。私達聖騎士に与えられたアイテム───それこそが、この《連絡珠》なんだ。こいつがあれば、何かあったときには、それぞれ魔力登録した相手の《連絡珠》への連絡が可能となる」
それは俺の拳ほどの大きさの宝珠だった。
つるりとした宝珠にはさらに小さな宝石(?)や何らかのアイテムが装飾されており、がっちりと嵌め込むように台座へと置かれていた。
「へぇ! 便利だな! これは俺も欲しい!」
こいつがあれば、街へ出てもセナと連絡が取れるじゃないか。さすが俺。名案名案。
「え、欲しい?」
俺の言葉を真に受けたのか、アシュが眉が八の字にさせた困り顔となった。
「ロウくん、これは貴重な物だから……あげることは……いや、親友であるロウくんが欲しいと言ってるんだ……」
「何を悩んでいるんだねアシュ。普通に考えてあげちゃダメだろう! というかいつの間に親友になったんだい!!」
アノンがアシュの肩を掴みガクガクと揺さぶった。
いつの間にやら俺は、アシュの親友となっていたらしい。
やべーよ! やべーよ!
アシュは、多分これ、現代社会だとダメ男にねだられるままに貢ぐタイプだわ。
誰かアシュを護ってやってくれええええええ!
「アシュごめんな。欲しいってのはジョークなんだ」
「あ、ああ、だと思ったよ! そういうジョークは良くないぞロウくん!」
聖騎士アシュリー───彼女に対する初対面の印象はもう完全に消え失せていた。
彼女の話し方や、俺より少し低いくらいの、女性としては高めの背丈や、戦闘時の印象などから、彼女は男勝りな女性なのではないかと思い込んでいた。
けれど、実際に会話してみるとどうだ。困ったように垂れ下がった目尻も手伝ってか、何となく放って置けないお姉さんの様な印象を抱いてしまっていた。
「そろそろいいかの?」
センセイが呆れたように、話を戻した
あい、申し訳ない。
「封印されし者が封印を解こうとするのは、それはもう理なのじゃ。だから他の二家にはもう一度連絡し、祠周辺の護りを固めるように言うてくれ」
「オーミさん、承知した」
「それから、本格的に迷宮が姿を現すには、封印が破れてからおよそ二週間ほどかかるじゃろう。つまりこれから十日ほどは猶予がある」
「その間、ワタシ達はどのように準備を進めればよい?」
「用意すべきは、何を置いても防衛戦力じゃろうな」
「防衛戦力……」とバカみたいにオウム返しで聞き返したのは俺だった。
「我らが封印迷宮を攻略し終えるまで、靄を討伐し続ける必要がある。特にノーブルの守護地域であるこの辺りを靄の出現も早く、数も多くなると予想できる。ゆえに、靄の脅威を排除し続ける戦力が必要じゃな」
「ああ、その辺りは任せてくれ。ワタシとアシュがボルダフの領主に話を付けにいこう」
「まだ、時間はあるからの。焦らずに、一つずつやりゃええ」
年の功かセンセイが俺達を落ち着かせるように諌めた。なら、俺もここで一つ。
「センセイに賛成。だからよ、そろそろ一息吐いて、ここいらで昼ごはんにしよう」
深刻な話であったので、俺を含めてここにいるメンバーは昼ごはんを食べ損ねている。
それじゃあだめだ。腹が減ってはなんとやら、なのだ。
俺のマジックバッグにある調味料達が大活躍してくれそうな予感とともに、俺は調理場へと向かったのであった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
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みなさまの応援が何よりやる気です。
いつもありがとうございます。
前回も誤字報告助かりました!
大量にいただいてほんとにもう……。
一応準備会です。
もう少しで、王様がどう考えてるか、久しぶりに姫様どうしてるか、竜宮院とパーティメンバーの近況なんかをちょいちょい説明します。楽しみにしてくれよな。