第18話 貴方は私のヒーローです
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「こう見えてもね、ワタシにもかわいい時期があったんだ。ワタシが子供の頃はね、全てを救える勇者になりたいと本気で思っていたのさ」
アノンは「ははっ」と自嘲するように笑った。
その笑い方はいつもの人を食ったようなそれとは違っていた。
「それに自慢じゃないがワタシは何をやっても出来ないことはなくてね。神童だなんて持て囃されたもんさ。
勉強、魔法、武道。ワタシが始めればすぐに先生に迫り、追い付き、追い越した。いつも疑問に思ったもんさ、『どうしてその分野の先達たる先生ともあろう者がこの程度なのだろう』ってね」
俺は不器用だから、出来ないことが出来るようになるまでいつだって時間が必要だった。
何事もすいすいとこなしてしまう彼が見てる景色は、俺が見てる景色とは違っていたのかもしれない。
「いくら優秀だといってもね、少し大きくなると、嫌でも勇者になることは無理なのだと理解させられる。ならば、将来は勇者を側で支えられる人になろうと思った。そしてワタシにはそれを成し得るだけの才能も能力もあった」
「なれたじゃねえか。この際、実際に勇者を支えているかどうかは置いといて、俺がこっちの世界であった人物の中でもアノンは指折りに能力のある人物だと思うぞ」
俺を聖騎士山田だと的中させた推理力。
必要な情報を集める能力に、大量の情報を保持する記憶力、そのデータを適宜利用出来る判断力。
俺がすぐさま彼の元へと戻ってくることを見越して移動手段を用意していた点など、未来を見通す能力があると言われても信じてしまうほどであった。
「嬉しいねぇ。『優秀だ』なんだと言われることは数多いけれど、キミに今言われたのがこれまでで一番嬉しいかもしれないよ」
「んな、大袈裟な」
「いや、大袈裟でも何でもないんだけどね……」
アノンは「まあ、いいか」と呟いて、話を続けた。
「ワタシは何でもは出来るけど、それでも上には上がいるわけさ。大きくなるにつれて、ようやく天井は遥か上空にあることに気付く。そしてワタシではそこに辿り着けないことを理解する。
例えばの話だけどワタシに《回復魔法》は使えないし、一流であると自負するワタシの剣でも剣聖には勝てやしない。魔法にしても勇者パーティの魔法使いには及ばないだろう」
「だけどよ、それだけ何でも出来りゃ、別に一番にならなくても構わないだろう?」
「確かにそうかもしれないね」
けど、とアノンは続けた。
「当時のワタシはそうは思わなかった。何でもこなせたワタシだったけど、一番になれないのなら、ワタシの持つ能力の中でも特に、長所を伸ばすべきだと考えた。それがワタシの頭脳であり、情報収集の技術であり、それを運用する判断力だったんだ」
「そうして今のアノンになったわけか」
そう、とアノンは頷いた。
フードに隠れてアノンの表情が見えなかった。
けど彼の視線は間違いなく俺の瞳に向かっていた。
「『大きくなったときに、誰か困ってる人がいたらさ、助けてやってくんなよ。人生ってそんなもんだろ』とキミは言った」
「ああ」と俺は相槌を打った。
「ワタシはね、キミの言葉に本当に心を揺さぶられたんだよ。この気持ちをどう表現すればいいのか……君に私の感じたありのままの気持ちを伝えたくて、伝えたくて、上手く言葉に出来ないことが、もどかしくて堪らないよ」
彼が中空でその手を握り胸元へと抱いた。
「ワタシが今のワタシに近付くにつれ、どうしようもない人間がいることを知った。民を虐げる貴族がいることを知った。弱者の皮を被った悪人がいることを知った。人の心を解さない悪魔の様な人間がいることを知った。人の数だけ悪人はあった」
彼の話を聞いて仕方のないことだと思った。
悲しいけれど、どうしようもない人間ってやつはいるのだ。
「気付いたときには、ワタシはすっかり人を疑い、蔑むようになっててね。ワタシの原点たる、当初の目的をすっかりと忘れていたんだよ。ワタシも始めは、苦難に喘ぐ無辜の民を助けたいと、自分の全てを投げ捨ててでも彼らを助けたいと──そう強く願っていたはずなんだけどね」
「仕方ないさ」
「そうだね。けど、だからこそ、見返りも求めずに、それどころか自分の名前すら告げずに、みんなを助けたキミが、ワタシにはとても眩しかった。キミは図らずも、ワタシのなりたかった勇者の姿を体現していたのさ」
「そんな大層なものじゃない。俺は俺のやりたいようにやっただけだ」
「今だからわかる。職業なんてものは単なるパラメータであり、単なる肩書きに過ぎない。職業が勇者だからと言って、かつてワタシが愛してやまなかった絵本の中の《勇者》──命を賭して、全ての民を守りし英雄というわけではない」
「俺もそう思うよ、アノン」
彼が俺を注視した。
「結局のところ大事なのは、俺達の心だよ」
かつて俺は、彼女と似たようなやりとりをした。
今や彼女は俺の元からいなくなったが、俺の気持ちに変わりはない。
「俺達の胸の内に秘める、誰からの干渉をもはね除ける、俺達が俺達たる所以である心の芯──それこそがもっとも大事なものだと俺は思うんだ」
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「君は私の、英雄だよ、イチロー」
嗚呼と、彼は嗚咽を漏らした。
彼が落ち着くまで俺は待った。
「みっともないところを見せたね」
「んなこたないぜ」
俺だって、泣くことはある。
「聞きたいことがある」
「いいぜ、言えることなら話すよ」
「七つの迷宮を攻略したのはキミかい?」
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「……ああ。仲間と攻略したのは三つ。残り四つは俺が単独で攻略した」
「イチロー、キミは頑張ったね」
セナとセンセイ以外で俺を信じてくれる人がいるとは思わなかった。奇跡なのかもしれなかった。
「出来ることをしただけさ」
少しカッコをつけた。文句言いながら迷宮に潜ることなどざらにあった。
アノンはしばし再び肩を震わせ、嗚呼と溢した。
彼は濡れた声で、
「イチロー、これからワタシがキミの仲間となろう」
と告げた。
「ありがとよ、頼りにしてる」
アノンはベッドから立ち上がり、俺の元へとやってくると、手を差し出した。
「ああ、これからはワタシがキミの友であり、仲間だ」
俺は彼の手を握った。
少しひんやりとしてなめらかな手だった。
「ああ、よろしく」
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時間も遅くなったので「もっとお喋りをしようよ」という、彼の誘いを辞して、部屋へと戻った。
俺はアノンとのやりとりを経て、上質なワインで酩酊したときにも似たふわふわとした浮遊感を覚えていた。
セナやセンセイ以外で俺の正体を知ってもなお、俺の味方であってくれる人がいるとは思わなかった。
アノンはまたいっぱい話をしようと俺にねだった。
俺も、彼の話をたくさん聞きたかった。
今夜はどうも、眠るのに時間がかかりそうだ。
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