第12話 後押し/参戦
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俺が勇者パーティを抜けたばかりに、いわれのない誹謗中傷に晒されている聖騎士がいた。
そして俺が元いたパーティが迷宮踏破に失敗し、彼等はその失敗を取り返そうと、解いてはならない封印を解き放った。
「全てを話してくれた上でアノンには、どう動くつもりなのかと問われたんだ───けれど俺は、その問いに答えられなかった」
俺が話を終えるまで、二人は口を挟まず黙って話を聞いてくれた。
俺が話の一区切りを付けて、コップの水をあおったタイミングでおもむろに、
「イチロー、大丈夫よ」
セナが俺の目を見て言った。
「あなたがどうしたいのか、あなた自身がその答えを見つけるまで、わたしも一緒にあなたと考えましょう」
彼女はその小さな両の手で俺の手を取り、励ますように、そして元気づけるように、強くしっかりと握りしめてくれた。
セナがここにいる───俺はその熱を感じると心から安心してしまうのだ。
彼女はいつだってそうだ。
いつだって俺に寄り添ってくれる。
そしてとことんまでに甘やかしてくれるが、決して怠けさせてはくれないのだ。
セナは『一緒に考えましょう』と言った。
俺がこれからどうするか。
結局のところ俺が──俺自身が決めないといけないのだ。
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「してムコ殿よ」
セナの背後でリラックスして座ってたセンセイがのそりと上体を起こした。
「向こうの言葉にも確かこんなセリフがあったであろう。『人生は選択の連続である』だったかのう」
誰のセリフだかはわからないが、地球にいたころ何度も耳にしたセリフだった。
「陳腐なセリフではあるが、これが案外的を射たもんでの」
センセイは「よっこらせ」と立ち上がった。彼女は俺の背後に来るや膝をついた。
「であるのなら、我も主も、今この瞬間さえも何かを選んで何かを捨てておることになる」
センセイは俺の背中におぶさるように体重を預けた。背中にむんにょりという圧を感じた。
この人は一体何をやっているんだ……。
「ムコ殿よ。多少長く生きた老婆心から言わせてもらうと、万事全ては結局のところ『今やるか』『一生やらないか』の二つに一つなんじゃよ」
センセイは俺の首に腕を回し、俺の顔の前で二つの指を立てた。
「今やるか、一生やらないか」
俺は意識せずにセンセイの言葉を咀嚼するように呟いていた。
「そうじゃ。どちらかを選んで、どちらかを捨てる。この場合であれば、干渉するか、一生関わらずに過ごすか。ムコ殿に取れる選択肢は二つに一つ」
いつも人を食ったような態度のセンセイではあるが、彼女の声には俺に対する確かな愛情を感じた。
「ムコ殿が悩みに悩んだその結果、何を選択したとしても、我もセナも、ムコ殿の選択を喜んで受け入れよう。そして全力でムコ殿の手助けをしよう」
センセイはそう言って、ぎゅっと俺を抱き締めた。
「だから、若人らしくたっぷり悩むがいい」
ほら、とセンセイが正面のセナを指差した。
「うん。イチロー、センセイの言う通り。わたしもイチローのやりたいことを手伝うわ」
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さっきまで俺の後ろにいたセンセイは、今では俺の対面で、セナを膝の上に乗せて座っていた。背丈の差があるからか、ちょうどセンセイの胸元にくるセナの頭頂部に「あがあが」と顎を乗せて遊んでいる始末である。
何をしているのだか。さっきまではカッコ良かったのに……。
「もしかしてイチローはその聖騎士の現状に責任を感じてるのではない?」
セナが俺に問うた。
「確かに俺は責任を感じている。だって俺がいなければ、彼女達が不当に扱われることはなかった」
「その事に関しても、本当ならこれはイチローが責任を感じる必要はない。だからイチローが今回の件に不干渉を選んでもそれは当たり前のことだと思うの」
けど、とセナは続けた。
「わたしやセンセイがそう言ったところで、イチローの気持ちが軽くなることはない───そうでしょう?」
彼女の言う通りだ。これから先もずっと、俺は彼の聖騎士の身に起きたことを思い出しては胸が苦しくなるのだろう。
「けど、それはどうしてかしら?」
「それは───」
「それは?」
これは俺の自惚れかもしれない。
「俺ならば彼女の現状を何とか出来るかもしんねぇからだ」
口に出すと胸の内に何かがすとんと落ちた。
「そう」
セナは俺の答えに微かに笑みを浮かべた。
「イチロー、あなたは彼女に感じなくとも良い罪悪感を抱いている。そして、その罪悪感は、あなたが動くことでしか晴らすことは出来ない───それならあなたはどうすればいい?」
「俺がどうすればいいか?」
「そうよ」
セナは一つ頷いた。
「結局のところ答えはあなたの心の内にあるのよ」
答えは俺の心の内に───
そうだ、答えはそこにあった。
俺は単に目を逸らしていただけだ。
彼女達にはそれがわかっていたからこそ、俺に『俺自身の気持ち』を尋ね、俺自身が理解しかねていた俺自身の気持ちを考え直す契機をくれた。だけど───
「けど、俺は怖いんだ」
「怖い?」
「そうだ。俺はアイツらに会うのがどうしようもなく怖いんだ」
今回俺が、この件に首を突っ込むことで、アイツらに会う可能性がある。アイツらにどう思われているか、アイツらが今どのように過ごしているか、俺はそれを知るのが怖いのだ。
「大丈夫、イチロー、何も怖れることはないわ」
セナが立ち上がった。
かと思うと、俺を右側から抱き締めた。
「おっ」と声を発したセンセイも、セナに一つ遅れてセナの逆方向───俺の左側に腰を下ろした。
「わたし達がいるわ」
その通りじゃ、とセンセイが頷いた。
「不明の輩共が何を言おうと、そんなもん気にせんでよい」
「イチロー、わたしはあなたがここにいる最後のときまで、あなたの側にいる。だから───」
セナが俺を抱き締める力が痛いくらいに強くなった。
「───それを忘れないで」
ここまで励まされたのに尻尾を巻いて逃げるたとして、それがセナに相応しい人間とは言えるだろうか?
「すまねぇ、カッコ悪いところを見せた」
ここまで背中を押してもらったのだ。
ならばこそ俺は、恐怖心を抱えたままでも、前へと進まなければならない。
「セナ、センセイ。ありがとう」
「なーに、大したことはしとりゃせん」
「大丈夫。イチローが自分で決めて踏み出したのよ」
セナは俺の腕を解放し、俺の頭をゆっくりと撫でた。
「大丈夫よ、イチロー。きっと全てが上手くいくわ」
そうなれば良い。
そのためにも俺は自分の出来ることに全力を尽くさねばならない。
「おっし! やると決めたんだからハンパなことはしねぇ! 俺は今日中に聖騎士の──聖騎士アシュリーの元へと向かう」
「そうじゃムコ殿。その意気じゃよ」
「うん、イチロー。張り切ってやりましょう。ところでイチロー、」
ん?
「その聖騎士の人ってどこに住んでるの?」
セナから問われて時が止まった。
「……どこに住んでるんだろう?」
「なんじゃムコ殿、そんなことも知らんで『聖騎士アシュリーの元に向かう!(ドヤ顔)』とか言っとったのか」
センセイのあまりな物言いに、セナが「ふふっ」と吹き出した。だから恥ずかしさを誤魔化すように声を張った。
「俺、どうしよう!」
誰かに聞きたいが、誰に聞けば……
───ロウ! この件に関して君が動くのならワタシに一報くれたまえ! そのときは君の力になろう!
まさか……だと思う。
けれど、もしかしてアノンはこうなることを見越して俺にそのセリフを投げ掛けたのか?
「とりあえず、今日行ったばかりだけど、アノンのとこに行ってみようか」
俺は彼女達に提案し、
「だけどよ。その前に、何だか腹減ったな」
食を制するものこそが戦を制するのだ。
「今からごはんを用意をするから少し待ってておくれよ」
セナが「やった」と拳を握り、センセイが「今ならいくらでも食べられるわ」と俺の肩を叩いた。
今から俺は彼女達が驚くほどたくさんの料理でテーブルを埋め尽くしてやるのだ。
俺はそう決心したのだった。
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