第10話 聖騎士 vs 聖女&剣聖&魔法使い③
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スキルの五重掛けによる彼女の護りは、今この時点で世界最強の防御力を誇った。
しかし、アシュリーは剣聖の猛攻と魔法使いの強力な魔法をいなしつつも、聖女の動きのなさに言い知れぬ不安を抱いた。
不安は恐怖に由来する───であるのなら、私は彼女達に恐怖しているのか。
アシュリーは目まぐるしく動く戦況の中で自問自答した。
「確かに私はお前達に恐怖を感じているのかもしれないな」
小さく呟かれたその台詞は誰の耳にも届くことはなかったが、それを口にしたからこそ、
「───けれど構わない。私の恐怖心ごと叩き潰してみせる」
アシュリーは極限の状況で己を完全に律したのだった。
《愚者は時計を見ない》のスキル効果が切れるまで、残り五分の出来事であった。
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アシュリーは目論みを確実に果たすために、時間制限のおよそ残り二分ギリギリまで持ちこたえて溜める必要があった。そしてその時は近かった。
「《七つの逆巻き貫く水槍》」
アンジェリカの力ある声が響いた。
正式名称は《Aqua Seven Spiral Spears to Sting》──魔法使いアンジェリカの持つ切り札の一つだった。
七本のぐにゃりと捻れた水槍が宙空に浮かんだ。
ドゥルルルルルルルル───モーター音にも似た轟音と共に高速回転し───その全てが一斉にミサイルのように発射された。
凶悪な七つの水槍を───アシュリーは盾の一振りでこともなく天井へと弾き飛ばし───その盾の勢いにさらに遠心力を加え───水槍の発射に紛れて飛び込んできた剣聖───彼女へと加速した盾を思い切り叩きつけた───遥か後方へとぶっとんだ剣聖の背後から───「《蛇の鎖》」───間髪入れずに魔法使いの次なる魔法が射出された───魔力が多分に込められた金属の鎖は、ジャリジャリジャリリリリという耳障りな音を立てて、まるで蛇のごとく蠢き、アシュリーへと襲いかかった───しかし彼女の極度に強化された肉眼は高速の鎖を捉え───即座にそいつを掴みとると、術者であり鎖の片方の端を手にしている魔法使いを───一気呵成に引っ張り上げそのまま盾で殴り飛ばした。
「ふう」
目の回るような攻防に、アシュリーは一息吐いた。
未だに薄氷の上を歩く状況は変わらずとも、手応えはあった。魔法使いは横たわったままだ。
この期に及んで舐めた戦いをしていた魔法使いアンジェリカ達に腹立たしさがないと言えば嘘であった。けれどそれならそれ、手を抜いてる内に倒してしまえばいい。
起き上がった剣聖エリスが一呼吸置かずに、すかさず飛び掛かってきた。彼女の連撃を盾で防ぎつつ、その動線へと誘導した。
ほんの数分であったが、アシュリーにとっては長く苦しい時間であった。
アシュリーが目当てのポイントへと剣聖を誘導し終えたその時、ちょうど《愚者は時計を見ない》のスキル効果時間が残り二分となった瞬間だった。
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聖騎士であるアシュリーの装備はどちらも《伝説級》である破邪の剣と聖盾であった。
けれど三人との戦いに剣が用いられることはほとんどなかった。
彼女はこの戦闘でのほとんどのリソースを守備に割いたのだった。
それは彼女の持てる中で最も強力とされているスキルの性質ゆえであった。
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剣聖を目的のポイントに誘い込んだ。
それはアシュリーが無理筋から導き出したたった一つのチェックメイトだった。
一度倒れたとは思えないような勢いで、聖鎧の隙間を切り裂こうと刃を振り上げたエリス───とその直線上にいる聖女ミカに向かい、
「《灰は灰に》!!」
スキルを発動し破邪の剣を裂帛の気合いと共に振り下ろした。
アシュリーの最強最大の一撃は光と共に剣聖と聖女を飲み込んだ。
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アシュリーはもうすっからかんだった。
《愚者は時計を見ない》の効果もあと一分もすれば消える。
アシュリーの持つ最強最大のスキル《灰は灰に》───一撃で英雄クラス複数人を倒し得るこのスキルの性能は『戦闘開始時点から発動までの間に受けた相手の攻撃の倍の威力の一撃を放てる』というものであった。
英雄クラス三人が相手というまさに悪夢のような戦いだった。勇者から手心を加えろという指示が出ていると魔法使いが口にしていた。それがなければスキルの発動前に負けていたかもしれなかった。もしも彼女達に油断がなかったらと考えると、ゾッとした。
「は、は、もう動けない」
身体は鉛のように重く、これからしなければいけないことを考えてアシュリーはうんざりとした。
三人の装備を剥いで、縛り上げて無効化し、救援の狼煙を上げて屋敷にでも連れ帰る。
戦闘が終わっても、まだまだ手間がかかることは明らかだった。
ああ、状況が落ち着いたら、お風呂に入ってゆっくりしたい。
地球からやってきた山田であれば、「それはフラグだ」と騒いだかもしれない。
けれど、時既に遅し。
爆炎が晴れたその隙間から、豪奢なシスター服が姿を現した。
「私の結界を破壊し、《聖域の衣》による守りを貫き、私に直接ダメージを与える一撃を放つだなんて、さすがは聖騎士アシュリー・ノーブルですね」
多少傷が見えるものの、聖女は全くの健在だった。
聖女がシスター服をパンパンと手で払った。
「さすがは大物喰らいのアシュリー」
それはアシュリーが聖騎士になる前の二つ名であった。
逸話と二つ名を知られているということは、スキルの詳細は分からずともある程度の予測はされていた、ということか。
「負けて、たまるか」
アシュリーはそう口にすることしか出来なかった。
平時より重い盾を、もう持ち上げられそうになかった。
「《回復魔法》」
聖女が告げると、横たわった剣聖と魔法使いがケガ一つない状態で目を覚ましてゆっくりとではあるが起き上がった。
「は、は」
聖女を甘く見ていた。
彼女の張った結界があまりにも強固だった。どれほどの魔力量をつぎ込めばあそこまで強固なものになるのか。
ようやくのことで聖女の結界を破壊しても、次は彼女が常に身に纏っている《聖域の衣》による自動結界を貫かねばならない。
問題は結界と装備だけではない。
あれだけの攻撃を受けて完全に行動不能となった二人が一瞬にして全快し、目を覚ますなどと聞いて、誰が信じようか。
恐怖。絶望。悔恨。諦念。
アシュリーの内にその全てがない交ぜになって渦巻いた。
「けれど、私は」
彼女はそれを認めなかった。
彼女を最後に突き動かしたのは、脳裡に浮かぶ人々の笑顔だった。
ただでさえボロボロの身体だ。
連続で使用すれば、恐らくは生きて帰れない。
けれど───
「《全強化+》」
アシュリーは自らの身体から筋肉の断裂する音を聞いた。
「またですか? もう結果は見えているでしょう?」
聖女ミカが声を掛けた。
構わずに、アシュリーは続けた。
「《守護神》」
アシュリーの心臓が異常なほどの速度で早鐘を打った。
「アンジェ! エリスさん! 彼女を止めなさい!」
血反吐を吐きながらも、命を削りながらスキルを重ねる聖騎士の姿に聖女ミカは今の己の根源を揺るがしかねない正体不明の恐怖を覚えた。
立ち上がったエリスはアシュリーから相当数の距離があった。それを察した魔法使いアンジェリカが「《解》!」と軽く印を切った。
天井に突き刺さった水槍が解除され、ざばあと大量の水がアシュリーへと降り注ぎ彼女を押し潰した。
けれどそれすら耐え切り、アシュリーは続けた。
「《我が身は盾である》」
アシュリーは自分が戻れない領域に足を踏み入れつつあることを悟った。
アンジェリカは魔力を注いで簡易型詠唱を試みた。
「《苦痛を讃えよ》」
度を超えた苦痛に脳が焼き付くような感覚を覚えた。
ここまででアシュリーは一日に二度目の四重スキルへと到達した。虚ろな目のまま、さらに最後の強化スキルを用いようとした今まさにその時───
「《紫電》」
アシュリーの最後の強化スキルの使用より早く、アンジェリカの魔法が発動した。
先ほど、解除された《水槍》は大質量の水の塊となりアシュリーを押し潰さんと降り注いだ───さらに水にはアンジェリカの魔力を多分に含まれており、《紫電》の攻撃先のマーカーとして働いた。スパークが目では追えない速度でアシュリーへと一直線で襲い掛かった。
「があああああぁぁぁ───」
放電現象。
バヂヂヂヂヂヂという音と目を開けられないほどの光が迸った。
やがて三人が目を開けると、それでも聖騎士は盾を支えに、全身から煙を吹き出しながらも両足で確かに地を踏みしめていた。
「ヒッ」
その姿に恐怖から息を飲んだのは魔法使いアンジェリカだった。
「負ける、わけには、いかないんだ」
血を吐く様にこぼれ落ちたその台詞と、その様子を見た剣聖は魔法使いに数度首を振った。
「負けるわけには───」
どしゃり。
聖騎士アシュリー・ノーブルは簒奪者達を前に、ついに崩れ落ちた。
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「それでロウ」
アノンが俺の名を呼んだ。
「ワタシは聖騎士と、勇者パーティの話をした」
迷宮攻略の失敗から、まさかこのような話になっているとは思いもよらなかった。
「キミはこれから一体どのように動くんだろうね」
俺なら一体どのように動くか?
そんなこと俺の方こそ知りたかった。
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