第1話 朗報はセンセイの帰還
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味噌汁を三椀によそい、大皿にはこれでもかと野菜を盛り付け、その上に焼いた卵と腸詰めをたんまりと乗っけた。
ちょうど炊き上がるだろうご飯をほぐして、茶碗へとこれまたどどんとドカ盛りでよそった。
堅焼きのパンだったら、水入れてちょい蒸してやるだけで調理が終わるのに、二人は声を揃えて反対した。
私達はパンよりご飯が好き。たまにならパンでも良いけどメインは米だと宣われたのだった。
電気釜なぞないので通常の釜でご飯を炊くが、火を簡単にコントロール出来る魔道具があるので、特に苦労することもなく仕上がった。焦げすぎないように気を付けないといけないのが面倒と言えば面倒だったりはするが。
けれど、面倒くさいだけあってその味は格別である。
日本でいるときは婆ちゃんが土鍋でご飯を炊いたりしてくれていたので、俺は火で炊いた米が旨いことを知っていた。
課外授業なんかで飯盒で米を炊いたことはあるやつにはご飯の本当の旨さってやつをわかってもらえると思う。
などと調理の合間に脳内でモノローグを垂れ流していると、二人が箸とスプーンを握り締め『速くするんだ!』のポーズを取った。
「あと卵が焼けたら出来上がりだからちょっと待って」
飢えた獣二匹を宥めすかしながら、やっぱりこの二人は長年を共にした師弟関係だけあって似てるわと、再度納得させられたのだった。
「ムコ殿! 何をやっておる! まだなのか!」
待ちきれずにヤジを飛ばす彼女。
「あーっ! うっせー! その呼び方やめろって言ったのに!」
ヤジと二人の織り成す『待ちきれないよ!』のポーズの圧力で俺はついつい声を荒げた。
「イチロー、別にイチローがムコ殿でも、私は構わない」
俺が構うんだよォ! とは言葉にせずに、俺はもう既に数ヶ月前となったあの日のことを思い出していた。
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俺がセナに、自分が異世界から来た存在であることと、自分の世界に帰還する手段を有していることを告白したあの日───セナと心が通じあったと感じたあの日のことだ。
もっと詳しく言うと、何だか二人でメチャクチャ良い感じになってお互い見つめ合って、あとは野となったり灰になったりする流れであったあの瞬間のことだ。
「うおおおおおおぉぉい!! 帰ったぞおおおおおおお!!」
などといういかにも頭の悪そうな叫び声と共に、『ズピシャーン!!』とかいう不躾にも程がある扉を開ける音が響いた。
完全なる騒音であった。
わかるのだ。こういうときは大体やっかいごとが降りかかってくるのだ。
俺、やっかいごと検定一級保持者だからさ。
いや、ははは。
などと文書に残したら黒歴史間違いなしの「やれやれ」をしていると───目の前で見つめ合ってたセナは驚愕の面持ちで騒音の方に顔を向けた。
彼女の表情は、今までにないくらいに眼をかっぴらいており、そんな彼女を見て俺は「あ、こいつこんな顔もするんだなぁ。いつもと違う表情を見れて何か儲けた気分だぜ! ヤリィ!」などと指を鳴らした。
控え目に言っても、完全に脳がゲル状に蕩けた状態であった。
「センセイッ!!」
「うむ、セナよ我は戻ったぞ」
目の前にいたセナは俺をそっちのけで、件の騒音の元───セナ曰くセンセイの胸へと飛び込んだ。
うぇんうぇんと嗚咽を漏らすセナに掛ける言葉が見つからなかったが、センセイと抱き締め合う───その姿に俺は、仲睦まじい親子の姿を見た気がして、熱い目頭を押さえたのだった。
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どういう事情で、センセイがセナの元を離れたのかだとか、二人がどういう理由で一緒に生活していたのかとか俺は何も知らない。
センセイが小屋に戻った日から少々日は経っているが、今俺の目の前で彼女がにこやかな顔で腸詰めをパリッと口にしたこの瞬間まで、何一つ二人の事情を聞けてはいない。
けど、それで構わないと思っている。
話したくなれば、話せばいい───俺とセナはそういう関係なのだ。
何も突き放しているわけじゃない。
俺は信じているのだ。
彼女が俺を信じてくれているのと同じように。
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それにしても、センセイのは目の毒だった。
彼女の黒髪は、日本でいうところの緑の黒髪というやつだろう。腰まで届く、長く艶やかで美しい黒髪のことを日本ではこのように表現した。彼女にぴったりな言い回しだと思った。
ただ、黒髪に焦点を当てると「清楚」だとか、「楚々とした」だとか、とにかく上品そうな固定観念を与えてしまうかもしれない。
けれど、それは半分は正解で半分は間違いだ。
どう見ても高級品(魔術的なバフが掛かってもいると思う)であろう少し薄目の紫の着物───を気崩して着ているからだろう───その豊満な胸の谷間が、何というかほら、俺に向かって『こんにちは^^』してるのだ。
「なんじゃムコ殿、我の胸がそんなに気になるのか?」
俺の視線に気付いたのかセンセイがにやにやとしながら、俺に尋ねた。セナの表情から温度が二度くらい失われた。
そもそもそんなことを質問されて『はい! 胸が気になります!』などと言える猛者は少ない。
「いえ、キレイな着物だなぁって」
「キレイなのは我の着物だけか?」
俺はこの手の質問は苦手だ。
『はい! 着物だけキレイです!』などと答えようものなら完全に肉体に興味を持たない着物フェチのサイコパスに成り下がってしまう。
だからと言って『いいえ、センセイもキレイです』などと言えば、横で俺をじーっと見つめるセナに何を思われるか分かったものではない。
俺の反応を見たセンセイはやがて「くっふっふ」と笑い「すまなんだ、ムコ殿。少々からかいすぎてしまったかのう」と軽く頭を下げた。
さらには「ウブなムコ殿とセナが可愛らしくてな。どうしても己をとめられんかったよ」と全然反省の意が見えない釈明が飛び出した。
例えば記者会見の場で今日日そんな釈明したらSNSで炎上待ったなしだぞ! と心の中で憤るも、大人な俺は、
「別に気にしてないですよ。それよか二人とも早く食べ終えてくれませんかねぇ」と応えた。
それはともかくとして、食べる速度が尋常じゃない二人はあればあるだけ料理を全部平らげてしまう。
俺は溜め息を吐いた。
朝ご飯が終わった直後であるが、昼ご飯と夜ご飯の作り置きをせねばならなかった。
ご飯を終えてご飯を作るとか、全く意味がわからないけれど、こればかりは仕方がなかった。
ご飯の作り置きが出来次第、俺には街へと降りる予定だったのだ。
街に繰り出すのは、食材探しや、探索者登録なんかがメインの目的であった。
案内人をやってるミランやギルドで何らかの情報が聞ければ御の字くらいのノリでもあった。
だから俺は『あの話』を聞いたとき心底驚くこととなった。
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