第6話 勇者の撤退と聖女の噂⑥(撤退)
◇◇◇
聖剣を抜いた瞬間、頭に強烈なノイズが走った。
───本当は危ねぇから着いてきて欲しくねぇんだわ。
───まあ、師匠だからな俺は。絶対とは言わねぇが護ってやるよ、絶対に。
───んー、それでもヤバかったらこれを使って脱出しろ。
───え、踏破したら「あーん」して欲しい? いっつもやってるじゃねぇか!!
───添い寝して欲しい? いやしてるよね!? 毎日!!
毎日毎日縺薙l縺九i繧ゅ★縺」縺ィ荳?邱偵↓縺?※縺上□縺輔>
再びノイズが走り、こめかみに鋭い痛みを感じた。
言い表すことの出来ない胸の苦しさに慌てて聖剣を鞘に戻すと、鼻の下に生暖かな感触を感じた。
手の甲を当てるとどうやら鼻から出血していたようだった。
戦闘の邪魔にならないようにバトルドレスの内側に、ポーチ型のマジックバッグを入れていた。
その中から誰かから貰ったアイテムを取り出した。
◇◇◇
「みなさん! 勇者様の周りに集まってください!」
剣聖エリスは声を張り上げた。
「一度しか言いません! 聞いてください!」
エリスが勇者である自分にお伺い一つ立てることなくパーティの方針を勝手に定めようとしたことを、リューグーインは察知した。
「おまえッッッ!」
リューグーインが鬼の形相でエリスを睨んだ。
「おまえなッッッ!」「何を勝手に」「勝手によおッッッ!」「俺の」「勇者であるッッッ」「俺のッッッ」「意見を!!」「おまえが!」「おまえが!!」「おまえがッッッ!」「おまえはいったい!!」「なにざまだ!!」
怒りに震えて声にならぬ声を上げ続けるリューグーインを見て、イライザは背筋を震わせた。
イライザは剣技や魔力などの戦力ではない───人間の持つ底知れぬ黒い何かを見た気がした。
剣聖が「勇者様、帰ったら謝ります」と呟き、
「今からッッッ! この迷宮から撤退しますッッッ!!」
彼女は必死に最後まで、皆を護った。
「なにをッッ!!」「がっでなッッ!」「ごとをッッッ!!」と喚く勇者に悲しい目を向けて、
「これがあればこのボスフロアからダンジョンの外に脱出出来ます!! みなさん三つカウントします!! それでは!!」
倒れたアンジェに当たりそうになった蛇腹剣を弾き返した。
「三!!」
勇者を中心に張られた結界に弾かれた槍を綺麗に受け流した。
「二!!」
ついで自分に向けて放たれた槍を下方から剣をしならせ打ち上げた。
「一!!」
さらに自らに向けられた蛇腹剣と二連続の投擲を───
「いきます!!」
その瞬間に《アルカナの救世主達》は《時の迷宮》からの脱出を果たした──それと同時に、迷宮攻略の失敗と相成った。
◇◇◇
経験豊富なイライザからしても、あれは死地であった。
《時の迷宮》に足を踏み入れること自体が、命を投げ捨てることに等しいとすら感じた。
何がどうなって、剣聖が希少な帰還のアイテムを持つに至ったのかわからないが、娘を含めた私達《アルカナの救世主達》は誰一人欠けることなく帰還を果たした。
だから彼女は柄にもなく、今回の帰還を奇跡だと思った。
そして剣聖であるエリスには感謝しかなかった。
ダンジョンの外に出た後、リーダー同士でどのような話をしたかは覚えていない。
ただ勇者パーティ、《さまよう珠簾》、《翼ある双蛇》の誰もが疲れ果てており、口数が少なかったことは覚えていた。
結局「どうして僕達が君らの負担を負わなきゃならないんだい?」との勇者の意見の元、彼のパーティのみが合同パーティから離れ先に帰還することになった。
残された《翼ある双蛇》と《さまよう珠簾》は、メンバーの中でも比較的傷の少ない娘が意識のない仲間を背負い、疲れ果てた身体に鞭を打ち、ようやくギルドのある街へと帰還を果たした。
ギルドに失敗の報を伝え、街にある《アトラス支部》へと戻り、未だに意識のない娘達の看病を続けた。
娘達の状態がようやく落ち着き、自分専用の安楽椅子に座りうとうととしていた時だった。
「おかあさん」
顔を上げると目が覚めたジェシカだった。
「あたし達帰れたのね、あたし達良かったよぉ、あたし達良かったねぇ」
彼女の娘は言葉にならぬ言葉を漏らした。
イライザは泣き崩れる我が娘を抱きしめ、年甲斐もなく流れる涙をとめる術を知らなかった。
◇◇◇
その後のこと。
迷宮から撤退した勇者。
撤退を勝手に決めた剣聖。
《さまよう珠簾》を擁する大手クラン《愛をこめて花束を》。
《翼ある双蛇》を擁するクラン《アトラス》。
───そして国。
彼らが一体どのような話し合いをし、どのような落とし処を見つけたのか、イライザは知ろうとしなかった。
いずれまた、己も含めた娘達が関わるような予感がした。
イライザは、ふと、勇者の醜悪な顔と、聖女の他者に対して感情を感じさせない表情を思い出した。
彼女以外にも、彼らの表情を見たパーティメンバーはいた。
人の口には戸を立てられない。
彼らを見て、パーティメンバーがどのように感じたのかは恐らく───近い内に流れる市井での噂によってそれは明らかになるだろう。
イライザはそこまで想像してかぶりを振った。
自分が何かを考え巡らさずとも、事態は動き出し、それらは勝手にイライザの耳に入るだろう。
だからそれまでは───
「おかあさん! ご飯できたよ!」
娘達ともう少しだけゆっくりしよう。
イライザは暖かな食卓───大事な家族の元へと急いだ。
《了》
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