第9話 三日間②
2024年10月07日にお話を一つ差し込んでおります。https://ncode.syosetu.com/n4816hg/251/
読まなくても構いませんがもし気になった方はどうぞ
◇◇◇
そのふくよかな体形はどう見ても聖職者───否、元聖職者のそれではなかった。その重量は日本で言えば、余裕で三桁を超えるものであり、彼が如何に裕福な生活を送っているかを物語っていた。
そして、その印象は正しい。
現在彼は家族一同を引き連れ、閑静で、暮らしやすいように整備された土地にある別荘に訪れ、日がな怠惰に暮らしていた。日本で言う所の、避暑地にある豪華な別荘で、都会の喧騒を避けてのんびりと過ごすというやつだ。
彼の名をハリソン・ハリスといった。
かつてそれなりに大きな街でクラーテル教上級司祭を務めていた男だ。
当時の彼にあったのは小指の先っぽ程の信仰心と、金集めの才能であった。彼はその才能と、クラーテル教の名を利用し多くの金を集めた。もちろんその手段はよろしくないもので、不誠実な募金を募ったり、クラーテル教の神の名を騙ったりといった、ろくでもないやり方であった。
そうして集めた資金で上の者に取り入り(クラーテル教上層部にも金儲けを第一に考える者はいた)好き放題やっていた彼であったが、残念ながら終わりは訪れた。
勇者を捕縛した際に、教会の内部でも大規模な粛清が行われ、彼も例にもれなく、その地位を剥奪され、今では半ば隠居に近い生活を過ごしていた。
けれど、ハリソンはそれで良かった。
彼の資産の多くは接収されたが、それでも巧妙に隠していた資産の多くは見つかることなく、ほとぼりが冷めた頃に、彼の手元に十分な額が戻った。その資産は、自分を含めた家族全員が、生活水準を落とすことなく十度は生を送れるほどであった。
だがそれでも、彼はこのままじっとしているつもりはなかった。今は雌伏の時だ。手元の資金を元手に、いつか絶対に返り咲いてやる。彼はそう心に誓ったのであった。
ただ、しばらくはゆっくりと骨休めをしてもいいかもしれない……そんな風に考えながらダラダラと過ごしていたのだ。
◇◇◇
名うての商人顔負けの財を誇るハリソンは、その家族も金を湯水のように消費しながら生活を送っていた。
ハリソンにとっては理想的な空間である現在の別荘地であるが、家族にとってはそうでなかったようで、あまりに田舎が過ぎると、妻と二人の子供はその日、朝から馬車を飛ばして、片道三時間を掛けて、近隣の最も大きな街へと繰り出していた。
彼らは高価な衣服や、装飾品を見たり、舞台を楽しんだり、食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、何ら遠慮加減の一欠片の心すら持たずに、思うまま望むままに時を過ごしていた。
そうした一方で、ハリソンは使用人達に命じ、部屋で一人で真っ昼間から酒盛りをしていた。彼の妻は貴族であるが、彼は元々貴族ではなかった。だから彼は、一人になるとこれまでに必死になって身に着けてきた礼儀作法の重りを脱ぎ捨てる。
縮尺の狂った大きな特注グラスになみなみとワインを注ぎ、一気にそれ流し込んだ、かと思えばドラゴンか何かの燻製肉を噛り、ぷふーと酒臭い息を吐いた。口内に肉が残っているにも関わらず、そんなもん知ったことではないとばかりに、粗雑に掴んだ大量のアーモンドをバラバラと口に放り込んだ。
ボリボリと齧りながら、再び注いだワインでそれを喉に流し込み、彼はある種の至福を感じていた。
「旨いか?」
耳元で声が聞こえた。
と同時に、背後に急激に気配が生じた。
腐ってもクラーテル教上級司祭である。アルコールに冒された脳を必死で稼働させ、一息で結界を張った。
「やめよやめよ。危害を加えるつもりはない」
女性の声だった。
脳を蕩かすような、麗しさや、妖艶さがあったが、しかしそれ以上に、そこには隠しきれない神聖さがあり、頭を垂れそうになった己に、ハリソンは困惑した。
「何をっっ!!」
振り向くも、相手の正体がわからない。
ぼやけて滲んで、顔が、姿がはっきりとしない。
魔物や妖怪変化……ではない、ならば精霊? いや、しかし……結論を前に、攻撃するために、結界を押し出し、相手に接触させた───が、パシュと何とも気の抜けるような音と共に、結界が粉微塵に消滅した。
「馬鹿な!!」
金の亡者とは言え、一廉の聖職者であったのだ。その辺の若造とは年季も能力も違う───それなのに、
「ばか、な」
結界の再生を試みるも、結界を張れず、それどころか、己の内にある聖なる力が、不思議なことにうんともすんとも働かなかなくなった。
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