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第7話 贖罪の旅路④

◇◇◇



 レイト司祭はオーミの言葉に答えあぐねているようだった。

 彼の反応は、他人によって苦しみに追いやられた者に共通する反応であった。本当に信じていいのか、また酷い目に合うのではないか。そういった答えの出ない疑問が、今この瞬間でも、彼の頭の中をぐるぐると渦巻いているのだ。

 しかしそれでも、レイト司祭はできる限り誠実に振る舞った。彼は、二人に伝えるべきことを口にするように心掛けた。


「ギルバート様が、お二方に真っ先にレモネの街に来てくださるようにお願いした理由の一つが、このメリッサです」


 レイト司祭は、棺の少女に視線を向けた。


「彼女は、まだ生きております」


 内容に反し、ミカは一息も()けなかった。

 

「しかし───非常に危うい状況にいます」


 彼の表情が厳しさを物語っているからだ。


「リューグーインによって瀕死の状態に追いやられた彼女でしたが、その翌日、偶然レモネを訪れたギルバート様に、ぎりぎりで診ていただくことができました。しかしメリッサは、既に末期とも言える状態でした。枢機卿の地位につき、類稀(たぐいまれ)な治癒魔法を扱い、膨大な量の知識を有するギルバート様でも、彼女の治療は不可能でした。それでも彼は、メリッサの命を諦めませんでした」


 ミカもオーミも、常に飄々とした表情のギルバートの、その心の内に秘められた、燦然と輝く慈悲の心を知っていた。

 かつてそれなりに付き合いのあったミカはもちろん、オーミならなおさらだった。


「ギルバート様は、ミカ様が来られるのをずっと待っていたのです」


 待っていた───心の伴わない形だけの奉仕活動で街の外に赴く以外、彼女はずっとレモネの街にいた。その間、彼らはどんな気持ちで己を見ていたのだろうかと、ミカは考えずにはいられなかった。


「彼は、その内部時間を停める希少アイテム《時を凍らせる棺(アイシィコフィン)》を用いて、メリッサに封印を施しました。『自分では無理でもいつかその時が来れば、己を超える治癒能力の持ち主である彼女が、治してくれるはずです』とギルバート様は仰っていました」


 レイト司祭は透明の棺にそっと手をやった。

 ミカはメリッサの患った病『過剰魔力生産性臓器不全疾患』を知っていた。それも当然だ、ミカは聖女───それも歴代でも比肩する者のいないほどの───なのだから。

 そんな彼女をして、メリッサを救うことは不可能でないかと思えた。見ればわかる。およそではあるが、彼女の身体を構成する細胞のほとんどは、既に異常細胞に置換されている。

 だからミカは、口にすべき言葉が見つからなかった。

 しかし、


「ミカよ」


 棺に視線を向けたままオーミが彼女を呼んだ。

 呼ばれたミカのみならず、レイト司祭がオーミに顔を向けた。


「我と(ぬし)ならこの少女を救えんことはない」


 それは福音だ。

 ただの一言であるが、オーミが口にしたのならそれは厳然たる事実なのだから───


「ただし、簡単なことではないぞ」


 覚えているか? と彼女は続けた。


「かつてムコ殿が、精霊の(たぐい)になりかけたことがあったじゃろ? あのときムコ殿の身体の大部分は、光魔法の粒子に取って代わられ、正常な部分も侵食されようとしておった。だから我らは、ムコ殿の身体から全ての光魔法の粒子を取り除いた」


 光魔法の粒子───光の魔素、光の粒子、光の魔力、呼び方は様々であるが、全て同一のものである───が全身の細胞と混じり合い、人間を卒業しようとしていた山田一郎を救ったのは二人であった。


「メリッサを救う方法は単純明快。ムコ殿の場合と同様に、彼女の生命を脅かす細胞を全て除去してやればよい」


「そんなことが……可能なのですか?」


「可能か否かで答えれば、我は可能と答える。

 あのときのムコ殿の身体は、馴染みのある光の魔力を有しておったから、(ぬし)も比較的簡単にそれらを検知し、除去することができた。今回もあのときと似たようなもんじゃ。細胞が魔力を過剰に生産量しているかどうかを検知して、そうなら除去してやればよい。ただ、(ぬし)もわかっておる通り口にするほどに簡単なことではないがな」


 説明を聞いたミカは、一つも安心しなかった。


「それに、それをやり切ったとしても大きな問題がありますよね?」


 彼女には大きな懸念があった。


「あのときと異なり、今回は光魔法による回復がかないません。メリッサ様は、イチローほどに強くはありません。このようの状態の彼女が、回復なしの異常細胞の除去に耐えられるとは思いません」


 オーミは黙って耳を傾けている。


「また、異常細胞が増える以上の速さで、除去しなくてはならないという問題もあります。それに彼女の身体の回復を考えるなら、魔法に頼らない方法を選ばないといけませんし、その際には《時を凍らせる棺(アイシィコフィン)》から出さないわけにはいかないでしょう。

 だからといって症状がこれだけ進んでしまっているのなら……この《時を凍らせる棺(アイシィコフィン)》を解除した瞬間───」


 ミカはその先は口には出来なかった。

 しかしみなまで言わずともレイト司祭はもちろん、ここにはいないギルバートですらそのように考えているに違いなかった。


「そこは我が何とかしよう」


 オーミが腕を組んだ。

 その様子に尊大さはなく、むしろミカは寄りかかりたくなるほどの頼りがいを感じた。


「魔力に頼らない指向性を持たせた結界を張る」


 オーミが人差し指を立てた。


「言葉通りじゃ。我が魔力を用いずに、『結界内部の少女の成長を妨げることなく、その異常な細胞の増殖だけを抑える結界』を張る。これだけ具体的にいくつもの注文を聞く形になると酷く消耗するじゃろうが、致し方あるまい」


 そうしてオーミは、「結界───そうじゃな……ここでは仮に《イーハトヴの結界》と名付けようか」と続け、くすりと笑みをこぼすと、まるで何かを組み替えて組み立てるように立てた人差し指を振り、ミカとレイト司祭へと説明を始めた。


「メリッサ嬢が回復するためには、棺から出す必要がある。しかし棺から出すと症状が進行してしまう。だから我はそれを抑えるために《イーハトヴの結界》を張る。

 とはいえ、さすがの我もこやつをずっと張り続けることは出来ん、だから我が休む間は棺に戻す」


 オーミがこれからの指針を淡々と述べる。


「それから、そうじゃな。メリッサ嬢を回復させるために、魔力の関与しない薬でも煎じるか」


 彼女がミカの瞳に目を向けた。


「《イーハトヴの結界》は負担が大きい。その間、メリッサの細胞を除去するのはミカ───(ぬし)の仕事じゃ」


 ミカの瞳が不安に揺れた。


「私に、出来るでしょうか?」


「───ミカエラ」


 どうしてか、ミカとレイト司祭は考える前に跪いて手を組んでしまった。

 厳かで、冷徹で、それでいて優しく温かい声音だった。


「───私は、貴女なら必ずやり遂げると信じております」


 オーミの言葉と共に、静謐が場を支配した。

 大聖堂で祈るときにいつも近くに感じていた何かだった。

 そうして、刹那にも、永遠にも似た時が経ち、


「心配いらぬ。(ぬし)がメリッサ嬢を診ている間、我が(ぬし)の側におるから」


 今のは幻か───そう思えるほどのオーミの姿に、二人は揃って動けずにいた。しかし、


「二人共、何をしておる。はよ立ち上がれ」


 静謐を破るように、オーミが二人へと促した。


「これから我らのやらねばならぬことはたくさんあるぞ」


 安堵、緊張、不安、そして神聖さという、入り混じった感情が溢れ出し、レイト司祭は、ようやく己が涙を流していたことに気づいた。

 聖女ミカは、袖で目元を拭い立ち上がると、迷いなくオーミの隣に並んだのだった。







最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』

と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。

みなさまの応援があればこそ続けることができております。

誤字報告毎回本当にありがとうございます!


説明的な話は終わったので次くらいからサクサク今の時系列にいくと思います。

王都でのお話や、『それから』のお話や、レゾンデートルのお話の時系列は、数話以内にまとめます!

贖罪の旅路というタイトルもちょっと暗いので変更します!

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― 新着の感想 ―
彼女の涙が止まり、心安らかな日々が訪れることを切に そしていずれまた笑顔が戻りますように・・・
[良い点] 丁寧なご返答、ありがとうございます。今後を楽しみにしています。
[良い点]  イチローは4人の気持ちをどう解釈して腕輪を渡したのか。また腕輪を肌身離さず身に着けている4人は、何を待っているのか…切ないです。
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