第4話 贖罪の旅路②
今回のお話は作中屈指の酷いお話である
ep.178 第65話 禁忌の英雄④
ep.179 第66話 禁忌の英雄⑤
ep.180 第67話 禁忌の英雄⑥
あたりのお話の登場人物が再登場してます
◇◇◇
二人はヒルベルトに先導されるままレモネの街を歩いた。
「この街にいる間は、お二人に不自由させませんよ〜」
彼の陽気な声とは対象的に、オーミもミカも言葉少なであった。レモネの街を歩くミカにとって、その町並みは慣れ親しんだものであったが、だからこそ、そこらかしこにあの日々の記憶を呼び起こすものがあった。ミカは何とか平静を装っていたが、それはヒルベルトに連れられた宿に入るまでだった。
「この街に滞在する間はこちらの宿にお泊まりください。料金なんかは既に十分に支払っておりますので、食事や寝間着などをはじめとしたサービスが必要なときは遠慮せずに申し付けてください〜」
そこは街で一番の高級宿であり、かつての彼の拠点でもあった。
「ヒルベルト殿」
オーミがミカの身体を後ろから支え、貼り付けた笑顔の商人の名を呼んだ。彼は笑顔を崩さずにオーミへと顔を向けた。
「ギルバート様から、貴女がやんごとなきお方であると聞き及んでおります。ですので私に敬称はいりません……それはそうとどうなさいましたか?」
「せっかくの厚意を無碍にするようで苦しいんじゃが、我らは二人でどこか別の宿に泊まろうと考えておる。それで、断った手前申し訳ないが、料金はしっかりと支払うので、どこかもっと街の中央から離れた質素な宿を紹介してくれんか?」
オーミの要望に、多少なりとも驚いたヒルベルトであったが、それをおくびにも出さずに、答えた。
「えぇ…と、何かご不満でもございましたか? こちらの宿は食事はもちろん各種サービスも一流となっておりますし……それに聖女様にも馴染みのある宿ですし、勝手を知っていると過ごしやすいのではないかと思ったのですが……」
ヒルベルトはしばらくわかりやすく眉を八の字にし、のちにポンと手を叩いた。
「わかりました。でしたらこれから、いくつかの候補を持ってまいりますので、それまでこちらの食堂にてお待ち下さいませ!!」
彼はまるでカートゥーンコミックのキャラクターの様にその場を駆け出した。
◯◯◯
しばらくすると戻ってきたヒルベルトから、いくつかの宿の資料を提示された。オーミは当初言った通りに、街の中央から最も離れた郊外の宿を選んだ。彼女は、料金の面倒を見るというヒルベルトの言葉を丁寧に辞した。
半刻ほどのちに再会するとヒルベルトと約束を交わし、二人は宿の一室で一息吐いた。
「オーミ様…」
「なんじゃ?」
ミカがオーミを呼んだ。
「先程のご配慮、ありがとうございました。私は……もう大丈夫です」
「ミカよ」
「わかっております」
「わかっておらぬ。もう少し肩の力を抜け。まだ始まったばかりじゃぞ」
それこそが難しいのかもしれんがな、とオーミは続け、
「主が誰に何を思われようと、我は絶対に主の味方じゃから、それだけは絶対に忘れるでないぞ」
◇◇◇
身体が寒いと心も寒くなるとはオーミの言葉であった。
彼女は手ずからお茶を入れ、ミカにそれを振る舞った。
こうしたオーミの心遣いもあり、ミカは多少なりとも立ち直りを見せた。しばらくすると、ヒルベルトの再度の訪問があった。彼は二人についてきて欲しいと頭を下げた。
「わかった」
答えたのはオーミであった。
彼女はヒルベルトの瞳に、複雑な色を見た。
それは哀切や懇願や悔恨や怒りといった様々な感情が単色になることなく混じり合った色であった。
長らく人を見てきた彼女にはわかった。
その色は、長い間苦しんできた者特有の色だ。
「こちらです」
ヒルベルトのいつもの陽気な声は鳴りを潜めていた。
彼に連れて行かれた先は、レモネの街の教会であった。
中に入るとすぐに三人に気付いた白髪の司祭が駆けつけてきた。
「はじめまして。私はレイトと申します。ギルバート様より伺っております。聖女ミカ様と───オーミ様ですね?」
オーミは「左様」と答え、ミカは頷いてみせた。
「私達二人は、これからしばらくレモネでお世話になります。どうかよろしくお願いします」
ミカが頭を下げた。
たったそれだけのことにレイト司祭は一瞬ではあるが、目を丸くし、頭を上げるように懇願した。
ミカが彼に従い頭を上げると、オーミが彼に質問を投げ掛けた。
「挨拶も済んだことじゃし、本題と行こうか。
到着初日に急くように我達をここに連れてきたということは、何らかの理由があるんじゃろ?」
レイトは、明確に答えることはせずに、ただ「ついてきてください」とだけ述べた。彼についていくと、教会内部の関係者だけが立ち入れる部屋に通された。さらに、その部屋の中の棚を退かせると、さらに奥の扉が見えた。
「ギルバート様がお二方をお呼びした理由がこの先にございます」
彼が背中を向けたまま二人に告げ、その扉を開いた。
「これは……」
声にしたのはミカ。
部屋にあったのは、棺であった。
透明度の高い水晶のような材質で構成されたそれの中には、一人の少女が横たわっていた。
棺の中で胸元少し下で手を組み、目を閉ざした少女は、肉が削げ落ち、骨と皮しかないのではと見紛うほどの痩身であり、まるで屍人の様であった。
「彼女の名はメリッサ───メリッサ・マキャベリ」
レイト司祭が二人に向き直り、告げた。
その瞬間、ミカはレイト司祭の瞳に、ヒルベルトのそれと同じものを感じ取った。
「彼女はリューグーインによって、死の淵に追いやられた少女です」
目の前に呈された棺の少女は実体を伴って、ミカに己の過ちをはっきりと、そして容赦なく突きつけたのだった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
誤字報告もいつも本当にありがとうございます!




