第3話 贖罪の旅路①
暗い話になります
ご勘弁を
◇◇◇
かつてオーミは、ようやくの思いでセナを見つけ、彼女と生活を共にすることとなった。セナと暮らして以降の彼女は、かなりの長い間、表舞台に上がることはなかった。
しかし、この度、勇者を捕獲する際に、オーミは多くの教会関係者の前に姿を現したことで、またぞろ、かつての様に多くの耳目に晒されてしまった。彼女は仕方ないと切り替え、クラーテルの教皇をはじめとしたクラーテル教会の中でも、彼女が信頼出来ると見定めた数人にだけ、定期的に連絡してくることを許可した。
そういったわけなので、ミカと旅をすると決めた際も、オーミの方から、教皇達に「我とミカはしばらく旅に出る」「聖女ミカが職務へ復帰するにはまだまだ時間がかかる」と伝えたのだった。
◇◇◇
当初二人は、勇者パーティの旅の軌跡を逆に辿ることに決めた。つまり、まずは現在地のボルダフから出発し、《鏡の迷宮》を探索していたときにお世話になったグリンアイズを目的地に、旅を始めようと考えていたのだ。
しかし、教皇から彼女達が旅に出るという報告を受けた元枢機卿ギルバートは、とある理由から話を聞いたその日の内にオーミへと連絡を繋いだ。要件は『旅に出るのならば、どうかレモネから始めてください』という願いであった。
どういうことなのかと尋ねたオーミは、竜宮院が最も長い間寄生していたレモネには、彼の気まぐれで傷つけられた多くの被害者がいることを知らされた。
◇◇◇
そうして旅に出る前日、ボルダフの宿にて。
ミカはオーミと同じ部屋に泊まっていた。
窓の外は暗く、普通の人ならば既に就寝している夜更け。
人の喧騒はなく、ホーウホーウという梟の鳴き声だけが静寂に響いた。
ミカはどうしても眠れなかった。
明日のことを考えるだけで、胸が苦しかった。
正直なところは、レモネの街が怖かった。
彼女達二人はイチロー達の好意に甘え、《鶴翼の導き》を利用させてもらう。だから明日の正午には私はレモネにいる。ミカはその事実が、たまらなく怖かった。
彼女は自分自身を取り戻したが、竜宮院や己が長きに渡ってし続けたことは、彼女の記憶にしっかりと残っている。
かつて、運命の分岐点となった《刃の迷宮》攻略後、山田一郎はパーティを抜けた。なんだかんだと不完全ながらも、山田一郎の存在は竜宮院にとってストッパーの役割を果たしていたのだ。
思い返せば、彼がいなくなったことで竜宮院は全ての自重を捨てたに違いなかった。山田一郎がいなくなって以降、竜宮院の横暴で横柄で我儘な態度には拍車がかかり、周囲を傷つけ、破壊する規模もそれまでの比ではなくなった。
そんな状態の竜宮院が、最も長く時を過ごした街───それこそがレモネという街であった。
自分が知っているだけでも悲惨なのに、自分の知らないところではより確実にもっと酷いことが起きているに違いない。
ミカは想像するだけで、身体が震えた。
それを察知したオーミが「大丈夫か?」と声をかけた。
「大丈夫……です」
ミカは何とか返答したが、オーミは一瞬思案した。彼女は枕を小脇に抱えて、ミカのベッドへと足を運び、そのままミカの隣へと体を横たえた。オーミは何も言わずに、体をミカへと向けると、彼女の抱きしめるようにし、幼子をあやす様に、背中を優しくポンポンと叩いた。
明け方となりようやく嗚咽と震えが止まり、ミカが眠りに落ちたことを確認するまで、オーミは優しくそうし続けた。
◇◇◇
彼女達二人がレモネの街に足を踏み入たとき、二人は住人達のじっとりとした視線を感じた。およそ全ての視線はミカに向けられていた。竜宮院の側にいることが多かったミカは、その姿を『独善的で傲慢な勇者モドキの従者』としてレモネの住人に認識されていたのだ。
負の感情がべっとりとこびりついた視線の一つ一つがまるで刃物のように、ミカの心を切りつけた。
それでも『ここから、贖罪が始まるのです』と、ミカは何とか己を鼓舞し、オーミと共に目的地へと足を運んだ。
数分もしない内に待ち合わせ場所である商会に着くと、店前をうろうろしてる男を見つけた。歳の頃は五十ほどか、肉付きのいい身体の彼は───二人を目にするや否や、人好きのする満面の笑みを浮かべ手を振った。
「こちらですよ〜!!」
穏やかで朗らかな声だった。
彼は二人が自身の下に足早に駆けつけると、
「ギルバート様からお二人の面倒を見るように仰せつかっております〜! って、ああ、申し遅れました! 私、名前をヒルベルトと申します〜! どうかよろしくお願いします〜!」
彼はその大きな身体でペコリと頭を下げた。
そのギャップがどこかコミカルであった。
「我の名はオーミ。こちらこそ、よろしくのう」
「私は……ミカと申します。よろしくお願いします」
オーミが胸をどんと張ったのとは、対称的にミカが頭を下げた。
すると、あわあわと慌てた様子のヒルベルトが、頭を下げたミカにやめるように制した。
「おやめください! おやめください!! 聖女様のような尊きお方が私のような者に、頭を下げられるだなんて……!!」
その表情を見て、ミカは言葉を失った。
困った表情のヒルベルトであったが、細められた彼の瞳の奥には、先程住人達から感じたのと同じ、べったりとした負の感情が見られたのだった。
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