第14話 彼がここにおらずとも良い理由②
今日二話目です。
前話を読んでない方はそちらからお願いします。
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歓楽街と市街地とを結ぶ通りを抜け、寄る辺なく歩いていると、それほど大きくない川に差し掛かった。一般市民の中でも魔法を使えない層にとっての主な水源となっている川だった。
人気は少なく、都合が良かった。
何気なしに、川に架かる橋へと進んだ。
○○○
川の流れは穏やかで、きらきらと陽の光を反射していた。
ぱしゃりと名前のわからない魚が音を立てた。
橋の欄干にもたれて、絶え間なく流れいく水を眺めていた。
考えなくてはいけないことはいくつもあった。
それを為すだけの時間も十分にあった。
竜宮院が捏造したであろう話を、いち子供であるミランが知っていたという事実。
恐らく、この辺境の街の民にとっても竜宮院の話は周知の事実となっているのだろう。
それだけにとどまらずに、このアルカナ王国の最南端の辺境にさえ、話が伝わっていることを考えると、少なくともアルカナ王国内では竜宮院の話は公然の事実とされているに違いなかった。
劇場で見たリューグーインの英雄譚にしてもそうだ。
件の舞台に関する脚本は竜宮院自体が監修しているとも聞いていた。
これは勇者パーティにとって、これからの旅をよりやり易くするための一種のプロバガンダのようなものなのかもしれなかった。
と同時に、全てを知る俺に対するネガキャンに違いなかった。
それにしても─────
きゃっきゃっと子供の楽しそうな声が聞こえた。
山盛りの衣類を大きな桶に積んで、川辺に二人の子供がやってきた。その子供達は、ちょっとした水遊びの末に、親の手伝いだろう洗濯を始めた。
欄干に肘を立て、前のめりに体重を掛けた。
俺の奮闘の事実を知る者は少なくはない。
王様をはじめとするお偉方なんかは、俺のやってきたことを知っているはずだ。竜宮院の悪評に関しても当然知れ渡っていただろう。
しかし、事実はどうだろうか。
全ての真実は紛い物となってしまった。
それに───彼等以上に、俺の側で、俺の隣にいた彼女達だってそうだ。
全てを竜宮院パーティの功績とし、俺を貶めるような卑怯な真似を、許したのか?
俺をパーティメンバーとして蔑ろにするだけに飽きたらず、その後も俺を民衆の悪意の沼に放り込むような真似を、許したのか?
上気した頬で竜宮院に抱き付いたパフィ姫。
パーティメンバーの役割を無視し竜宮院にべったりだったミカとアンジェリカ。
未遂とは言え竜宮院に剣を捧げようとしたエリス。
彼女達ならそれも有り得るのかもしれなかった。
自然と身体が震えるのを感じた。
それが、怒りによるものか、悲しみによるものか俺には分からなかった。あるいはその両方かもしれなかった。
ポケットにそっと手を伸ばした。
中には冷たく硬質なソレがあった。
俺は、何かにすがるように、救いを求めるように、きつくきつくソレを握りしめた。
ソレに触れていると、俺の心の中にある、弱い自分が何かを諦めたように、顔を出した。
───もう十分頑張ったじゃねぇか。
───お前はさ、やるだけのことをやったよ。
───それに、お前のことなんて誰も求めてないぜ。
───お前だって実際に舞台見たろ? あれがみんなにとっての厳然たる事実さ!
───だからよ、もう無理せずに日本に帰っても良いんじゃないか?
名も知らぬ魚が再度ぱしゃりと跳ねた。
○○○
ふと思考から我に帰ると、俺の視線が自分達に向いているのだと思った子供達が「こーんにちはー」とこちらに手を振った。
「おう!頑張れよ!」と声を返し、俺はマジックバッグから取り出した飴玉を彼女達へと放り投げた。
彼女達は「わー、おじさん! ありがとー!」と喜色の声を上げてお礼を述べた。
やがて彼女達は各々の仕事へと戻りばしゃばしゃと音を立てた。
俺の思考なぞ関係なく川は流れ続け、まどふ思考が再び川のように流れ始めた。
自らの世界を切り拓きたいと望んだパフィ姫。
不安に押し潰されそうな俺を抱きしめ俺の側にいてくれたミカ。
傷付く俺を見て涙したアンジェリカ。
俺を師匠と呼んで子犬のように甘えてきたエリス。
結局のところ、どちらが彼女達の本当の姿なのか、俺にはわからなかった。
見捨てるなら見捨てる、信じるなら信じる。
そのどちらも選べずに、いつまでも頭を抱えているのが俺だった。
俺は、こんな自分のことが、大嫌いだった。
○○○
橋の下から「おじさん! じゃーねー!」と声が聞こえた。
彼女達は、元気よく、視界を洗濯物に遮られながらも器用に駆けていった。
ふと肩から掛けたマジックバッグの重さに気が付いた。
街中にいるときから当たり前のように身に付けていたマジックバッグ。
中にはセナが食べたいと言っていた物の材料がこれでもかと仕舞われていた。
───イチロー!
ふと、セナの声が聞こえた、ような気がした。
いつものセナの親愛の情を感じられる、こちらを慮ったような声だった。
彼女の顔を見たかった。
彼女に触れたかった。
気付けばそろそろ日も暮れる時間帯となっていた。
俺はポケットにソレを戻し、橋の上から立ち去った。
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