第20話《ジェミナス・ウィルオウィスプ》
政治的なあれこれは流し読みでも……
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話の内容は《正体不明》へと移る。
あの日パフィ達と別れ、マスカレード侯爵家へとやってきた俺は、屋敷内の気配が───当初予定していた防衛の人員の数を大幅に下回っていることに危機感を抱いた。
そうして足を踏み入れると、直後に屋敷から逃げ出そうとする少女と出くわした。
今思えば、ノルアルドとどこか似た面影の少女であるが、兄妹だというのでそれも当然のことと言えるか。
俺は、件の少女───ウィズを見たときに違和感を覚えた。その屋敷内は既に、命を賭けた鉄火場であった。にも関わらず彼女からは、実践経験も、緊迫感も、戦いの場での心構えも、それらが何一つ見受けられなかった。だというのに、杖だけはどう見てもやべーレア物だ。
怪しげに思い、話し掛けようとした瞬間、杖が光った。
彼女には不似合いな、明らかにやべーレア度の杖であった。
とっさに距離を取り、彼女の攻撃をやり過ごした俺は、すぐさまに実力行使で彼女を黙らせ、杖を取り上げ、拘束したのだった。
彼女へと「フードの人物を知ってるか?」と尋ねると、笑ってしまうくらい簡単にびくぅっとした反応を示した。彼女を脅して宥めすかして情報を聞き出すと、何と「別空間へ飛ばした」と言うではないか……かと言って「俺をそこに飛ばせ」とは言えなかった。ウィズを信用出来ないから。俺までどこかに飛ばされでもしたら、それこそアノンの元へと辿り着けなくなってしまう。
そんなときである、背中をちょんちょんと叩かれた。
誰だよと、振り返ると式符セナだった。
彼女は抱きかかえるようにして持っていた、緋色の刀を『ん』とばかりに俺へと差し出したのだった。
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「とまあ、そんな感じかな」
あの日の出来事をアノンへとかいつまんで説明した。
「ありがとな、セナ」
「どういたしまして、イチロー」
隣のセナがこてんと俺にもたれ掛かった。
やったー! かわいいー!
それを見たアノンが、
「なら、ここは私も改めて一つ。イチロー、助けてくれてありがとう」
「おう、どういたしまして」
すると彼女が、おいしょと立ち上がった。何をするんかいな? と見ていると、彼女は俺を間にしたセナの反対側へと腰を落とし、しなだれるように俺へともたれ掛かったのだった。
「お、おい、なんだよいきなり」
「いいじゃないか、私と君の仲だだだだだぁぁぁぁ───」
俺のどもりに対し、どこか妖艶に微笑んだアノンであったが、それも長くは続かなかった。「調子に乗りすぎ」というセリフと共に、セナの小さな手がアノンのこめかみを挟み込んだからだ。ミシミシィィィ。アノンの頭蓋骨からやべー音がした。さすがのアノンであったが、「───すびばぜんでじだ」と謝罪し、本件は一件落着(?)となったのであった。
閑話休題。
「それはそうと、ノルアルドとウィズはどうなったんだ?」
俺の質問に、未だ隣で座るアノンが、眉間に皺を寄せた。
「ちょっとその辺が、どうにもややこしくて……解決には相応の時間を要することになるだろうね」
彼女の話は聞き、俺は顔を手で覆った。聞いていて頭の痛くなるような話だった。
《正体不明》兄弟───ノルアルドとウィズの二人は確かにライオネル皇国の皇族であった。しかし、ノルアルド本人が言っていたように、確かに彼は王族であるが、彼自身は十二人いる皇子の内、十一番目の皇子という、下から数えた方が遥かに早い程度のものであった。ウィズにしても、女性だ。継承権なんて無いに等しいレベルであった。
だからだろう。要するに彼らは捨て駒であった。
王国上層部が、二人を拘束したとライオネル皇国へと連絡を取った際の彼らとのやりとりはおよそ以下のようになる。
『自分達は関係ない。国の意向ではない。
そもそもの発端は、国宝である四つのレアアイテムが何者かによって奪われたことにある。奪われたそれらは、隣国にあるという情報を聞きつけたウィズとノルアルドの二人は義憤に駆られた結果、勝手にそれらを取り戻す旅に出た。なら、なぜあの場にいたのかだって?
それは、彼ら二人が四つ目の国宝を探していたときに迷い込んだものと思われる。それにそもそも、マスカレード侯爵家では死者は出たのか? ウィズがマスカレード侯爵家にて、別空間へと隔離していた者達は全員無事だったんだろ?』
こんな馬鹿な話はない。それなのに彼らはこう続けた。
『そちらの国で預かってもらっている二人を即座に解放し、彼らの所持していた三つのアイテムの返還を求める』
そこまで話を終えたアノンが溜め息を吐いた。
「そんなものが通るのか?」
「通るわけがないだろう……けど、国ってのは自国の利益のためならめちゃくちゃな意見でも何とか通そうとするからね……」
「あー、なら国宝はなかったって突っぱねて、《正体不明》の二人だけ手ぶらで送りつけてやったら?」
「それも検討されているけれど、二つややこしいことが起こる。一つ目は、返還された二人は即刻処分されるだろうということ。元からみそっかすな上に、任務を失敗したんだ。彼らが生きている意義はないだろうからね」
「そのまま送り返すってのは人道的ではない、ということか」
「そういうこと。そして二つ目は、彼らを返還したあとも、ケチをつけられる可能性があるということだ。捕虜から情報を引き出すためにも、誓約魔法や特殊なスキルを用いる場合があるのだけれど、それが人道的ではないと言われている」
理解が及ばず彼女の話を待った。
「超常の力で無理やりってところがよろしくないという風潮が今の世界情勢にはあったりするんだ。自分達の落ち度で囚われたんだ。それに文句をつけるだなんて私には理解出来ないけど」
「なら、物理的に情報を吐き出させて返還してやれば───」
「呪術、スキル、アイテムといった何か不可思議な力が使われたかを判別する魔導機具なるものがある。それによって、捕虜が何かされたかどうかがわかるというわけだ。彼ら二人の命は吹けば飛ぶほどに軽いからね。こちらが何もせずに返還したとて、ライオネル皇国が『彼ら二人がアルカナ王国にて非人道的扱いを受けた』と大声で騒ぎ、その証拠を揉み消すため兄妹を消すということも考えられるのさ」
聞けば聞くほどに頭の痛くなる話だ。
「ただ、まあ、そうだね。落とし所がどうなるかは、私の管轄外だから……最終的な判断は、マディソン殿達に任せて、それに向けて頑張ってもらうしかないという所かな」
本当に嫌な話だ。
「それから近々、国の判断で、問題の発端となったストレングス公爵家でも多くの者の粛清が始まるだろうね」
嫌な話だ……しかし俺が悩んでも仕方のない話でもある。
俺に出来ることはやった。あとは彼らの仕事だ。
「そうそう。それからイチロー言い忘れていたことがある。《暗闇の猟犬》のメンバーが君のことを───」
と、そこでちょちょいと肩を叩かれた。
セナである。
「イチロー、そろそろおやつの時間よ」
彼女のいつも通りのセリフにポカンとしてしまった。
それで何だか気が抜けたのか俺も、腹が減ってきた。
「わたしは甘味を所望する」
いつもと変わらないセナ。
そんな彼女の態度を見て、アノンがどこか悔しそうに眉を潜めた。何の表情? まあいい。
「ちょっと待ってろよ。ふわふわのフレンチトーストでも焼いちゃるからな」
俺は二人に笑顔を向けて、パタパタと動き出した。
これぞ日常。ビバ日常。
◇◇◇
☆半透明の少女の精霊☆
式符セナのこと。圧倒的な戦闘力で超一流戦士を鎧袖一触の子供扱いしたことで、生き延びた彼らの口からその凄まじい実力と神秘的な容姿がとなって広がり、半分都市伝説的な存在となる。
近隣諸国には『アルカナ王国には王族を守る半透明の少女の精霊がいる。ヤベー』との噂が広がる。
信じるも信じないもアナタ次第です!!
なお後に噂を耳にしたセナは、恥辱と怒りからか、暴れ回って、小屋周辺の魔物を殲滅した模様。
☆《ジェミナス・ウィルオウィスプ》☆
暗殺者集団《暗闇の猟犬》のメンバーの作り出した絶対なる暗闇下で、光と闇を自由自在に制御し、圧倒的な戦闘力を示した青年は彼らに強烈なトラウマを与えた。
彼らは一様に、暗闇の中で二つの瞳がゆらゆらと光る様を、「あれは人間じゃない。正真正銘の化け物───《双子の光精霊》だ」と話し、恐怖に全身を震えさせた。
この後に、彼らの話を聞いた者達が、暗殺者からこれほどまで恐れられる《双子の光精霊》とはいかなるものなのかと、恐怖心や憧憬や興味を抱くことになる。そして彼らの多くが、話半分の怪談話のノリで、酒場や友人などに「ここだけの話なんだが、《双子の光精霊》って知ってるか?」と話をするのだった。
結果、それを発端として、アルカナ王国だけでなく、近隣諸国にも『アルカナ王国には、《双子の光精霊》というヤベー化け物がいる』という噂が流れることになるのだった。
後にこの話を聞いたイチローは憤死することになる。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
今章はこれにて終わりです。
国同士のごちゃごちゃしてましたね。
書いててもしんどかったです……勉強になりました。




