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第12話 《匿名》vs《正体不明》②

◇◇◇



 アノンと呼ばれる人物は、実際のところ『アノン』などという名ではない。


 ある日彗星のごとく現れ、瞬く間に情報屋としての現在の地位を築き上げたその人物は、姿形すがたかたちを徹底的に隠し、名を名乗らないことから、誰が言い出したか《匿名(アノン)》と呼ばれるようになっていたのだ。


 ()の者は、数多くの組織の情報を網羅し、手玉にとってきた。だから必然、名うての追跡者達から正体を探られ、その命を狙われてきた。しかし、()の者はその全てから逃げおおせ、それどころか影すら踏ませなかった。


 真実の名さえも不明である謎多きアノンであるが、()の者が本気になれば、それがどのような人物であれ、その真実の姿形(すがたかたち)を見ることあたわず───それがたとえ、新造最難関迷宮をクリアした猛者(イチロー)であろうと、超級とされる暗殺者であろうと、アノンの姿形を把握するどころか、()の人物を視野に入れることすら敵わない。


 ()の者は、己の姿を、影を、気配を───そして、存在そのものを、消し去るのだ。




◇◇◇




 極限まで高められた気配操作系スキルと、貪欲に集められたアイテム───中でもアノンのフードである《草如のフード(ライカグラス)》は十全に使いこなすことで、装備者の気配を路端(ろばた)の雑草レベルへと変化させる。


「このっ! しつっこいっ!」


 一秒たりともやむことのない銃撃に《正体不明(アンノウン)》のウィズが焦れた声を上げ、やたらめったらと杖を振り回した。


「ウィズ……落ち着け……大丈夫だ。俺達が負けるわけがない」


「兄さんは良いよね!! 絶対に死なないって保証されてるんだからさっ!!」


 アノンは観察する。

 ウィズ───彼、いや、歩き方、立ち居振る舞いからすると彼女だろうか───はショートヘアーに魔術師特有のローブ姿の出で立ちの少女であった。何より目を奪うのはその杖であった。杖の上部にいくつもの宝玉が埋め込まれたそれは、一目で《神話級(ミィス)》とわかるほどであり、最大の脅威であろうことを予想させた。


「あああっっ!! もうっ!! ウザいなぁ!」


 カカカカンッ!! カカンッ!! カカカカカカカンッ!!

 魔銃から際限なく放たれた特殊弾が彼ら二人に着弾し、何らかの力によって弾かれる音だけが延々と響き渡った。


「……」


 喚き散らし、杖を振り回すウィズとは異なり、彼女から『兄さん』と呼ばれる人物───ノルアルドは攻撃を防ぎながらも淡々と思考を巡らせていた。しかしそれはアノンも同じ。絶対に《正体不明(アンノウン)》の二人の近距離には足を踏み入れない。必ずある程度の距離───ウィズの杖による何らかの作用が届かない距離───を保ちながらも、ひたすらに銃撃を続けた。


「ったく……いつまで続くんだこれ。無駄だってのによ……」


 呟いたのはノルアルドであった。彼の思惑は全て誤りである。アノンの銃撃はアノンの魔力が切れるか大量に用意された銃弾が尽きるまで、いつまでも続く。

 アノンによって極限まで改造された魔銃───永遠に続く銃撃によって相手に深紅のドレスを着せてやるという意味を込めて、ドレッサーと名付けられた───その内部は、アノンのマジックバッグの一つと繋げられており、銃弾が放たれる度に、中にある銃弾がオートで装填される仕組みとなっていた。


「ウィズ……仕方ない。こっちから動くぞ」


 ノルアルドの問いに、しっちゃかめっちゃかと杖を振り回していたウィズが、一旦動きを止めた。呼吸を整えると、


「兄さん、どうすればいい?」


 と答えたのだった。戦闘の流れが変わる───アノンはそれを察知し、させるかとばかりに煙玉を放り投げた。自身の視界も遮る行為であったが、アノンには確認すべきことがあった。ウィズによって杖が振るわれると、空間が揺らめいたように感じたのだ。なら、その効果作用範囲を正確に図るには───


「くそっ!! ウィズ!! 風魔法で煙を吹き飛ばしてしまえ!」


「わかったよ兄さん!!」


 了承し、詠唱を始めるウィズ───しかし、既にアノンは目的を達成している。煙によって、はっきりと空間が切り取られるのを目にした。作用範囲はウィズの前方180度、彼女の杖およそ三本分か。ならその距離を保ちつつ、相手に何が効果的か探っていくとしよう。アノンは思考と共に、既に十分に魔力が蓄えられた魔石を取り出して、さらに限界以上の魔力を注ぎ込むと、二人へと投げつけた。


「兄さん、いくよ! 《ウインド・ブラ───」


 ウィズがちょうど詠唱を終える数コンマ前に、アノンの投げつけた魔石がカカッと発光した。大爆発が暗殺者《正体不明》の二人を飲み込んだ。





◇◇◇





 アノンの使用する改造魔銃───ドレッサーはそもそも実弾は必要でなく、魔力を込めることで、魔力の塊を弾として放つことが可能であった。にも関わらず、アノンはわざわざ莫大な費用をかけて大量の実弾を用意し、用いている。

 その理由は、ドレッサーにこそ()の人物の思想とパーソナリティが反映されているからであった。





◇◇◇





「ウィズっ───!! 無事か!?」


正体不明(アンノウン)》の兄ノルアルドが声を上げた。


「無事は無事だけど───あーん! 腹立つぅ〜!!」


 妹ウィズが甲高い声を上げて喚いた。

 それもこれも全てをアノンは見ている。


 この程度なら《正体不明(アンノウン)》などといった御大層な名前がつくはずがない───何かがあるに違いない。


 とはいえ状況はあまり良くない。相手のその何かを引き出す以前の問題だ。魔石爆発も、ドレッサーによる銃弾も大した効果を与えられていないのだから。これまで放たれた大量の銃弾には、それぞれ《火》《水》《風》《土》《光》《闇》の計六種の属性のものがあった。しかし、特に大きな反応の変化は示さず。


「けど───」


正体不明(アンノウン)》───兄に銃弾が当たったときと妹に銃弾が当たったとき、銃弾が弾かれる音が異なっているように思われた。そして今、無傷な兄が妹へと心配の声を掛けたのを見た。

 アノンは仮説を立て、思考を続ける。

 妹が攻撃を弾いたのは恐らく結界によるもの。

 兄の方は───

 先に狙うなら妹か?


「ウィズ、仕方ない、俺達の襲撃はここで終りだ」


「けど、兄さん───」


「問題ない。多くの実力者は消せたし、ターゲットは王族に比べて優先度が低い。それよりもウィズ、問題はこいつだ。少し戦っただけでわかる。この厄介な奴を残せば、絶対にどこかで面倒なことになる。だから俺達はここでこいつを消さなきゃあならない」


 ウィズがこくりと頷いた。


「わかったよ、兄さん。どうすればいい?」


アレ(・・)をやれ───俺とお前とアイツ諸共な」


「うん、わかった。一分ほど時間をちょうだいね」


 全部丸聞こえだ。

 馬鹿なのか。舐めてるのか。

 舐めてるんだろうな。

 ああ、ああ、それでも構わない。

 けど、そろそろ五月蝿(うるさ)いから───


「黙れ」


 アノンが密やかにしていた高速詠唱が終わる───その前に、ぽぽぽいと複数の魔石を放り投げた。


「───」


 それを認識した瞬間、ノルアルドが息を飲んだのがわかった。

 たった一つであれだけの爆発だ。それが複数───

 爆発を止めるには時間が足りない。

 ノルアルドの思考はそこで止まった。


 ボボボォンボォォォーーン! ボンボンボォォン!


 屋敷の一部を消し去るほどの爆発が生じたからだ。

 ノルアルドは、ウィズへと覆い被さっていた。

 アノンは状況を確認した。上にいるノルアルドは無傷。それなら下にいるウィズも当然無傷だろう。


 いいよ。別に構わない。これで終わるわけがない。


 爆発によって生じた煙の中、彼は妹へと『大丈夫か』とは聞かなかった。代わりに何かを告げていた。アノンは───


「《連鎖式(チェイン)フレア》」


 九つの(ほのお)が倒れ込んだ殺し屋二人を等間隔に囲むと───さらなる爆音と共に連鎖爆発を起こした。


 賢者アンジェリカのオリジナル───その劣化版だった。

 決め手に欠けると感じたアノンが仕掛けたトドメの一撃ともいうべき大技であった。




本日コミカライズ版をマンガBANG!にて更新しております。今回は山田の再生回です。エリスさんとのやりとりで心の力を回復しております。それからリューグーインさんやミカやアンジェリカも出るよ!


よろしければ一読をお願いします!

感想は活動報告にてしております。

どうかそちらもよろしくね!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 アノンの戦い方、掃討戦に向いてますね。残弾ほぼ無限は強すぎる。 しかし相手方、(おそらく)妹のほうは杖で魔法強化のまんまオフェンス、兄のほうは不死身とかいう特性…
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