第8話 聖騎士 vs 《暗闇の猟犬》③
◇◇◇
落ち着け。
落ち着け。
落ち着け。
落ち着け。
《ナンバー・ドメイン・ツー》は予定外のことが立て続けに発生し、動揺して立ち止まった。
彼らの命綱の一つである《光集性魔力暗視スコープ》の反応が急に失せたかと思えば、機能を停止したのだ
それだけでなく、仲間の居場所を把握することを可能とするアイテム───《フレンドリ・アンファイア》の反応に異常が生じた。
真っ先に反応の消失した《ナンバー・ドメイン・フォー》に続いて、《ナンバー・ドメイン・ファイブ》、《ナンバー・ドメイン・スリー》の反応が立て続けにかき消えた。
このような経験は初めてであった。
彼は己の心拍数が急激に上がるのを感じた。
だからこそ必死に平静を保つ様に己に言い聞かせた。
「一体何が起きた……」
自分達はこの国を拠点に活動していた暗殺者集団《暗闇の猟犬》であり、この国を拠点とした活動は今回の大仕事を最後にやめる。そして隣国ライオネル皇国のとあるやんごとない貴族と、専属契約を結ぶことが決まっているのだ。
しかし今回の襲撃は簡単なものではない。
だからこそ莫大な金銭が発生し、アルカナで恐らく特級犯罪者として捜索される自分達を手引きするという条件を飲んでくれたのだ。
にも関わらず、自分より下のナンバーズにその認識は薄い。
暗所での暗殺という完全なシステムを構築した今、今回の件に関しても、彼らはただ決められた手順に則って、殺しをすればいいと考えてる。
常に想定外の事態を、頭の片隅に置いておけと口酸っぱく言ってきたけれど、彼らがそれを心から受け止めてくれていたとは言い難い。成功し続けることは、心身を腐らせるのか、それとも───
「なっ!」
そして今、自分の現在地より三十秒ほど離れた場所にいた《ナンバー・ドメイン・シックス》の反応が消え失せた。
『一体全体どうして───』
思考は散り散りとなり、未だに纏まらず。
『誰が、どのようにして、』
つまるところ、本人は認めずとも、成功が心身を腐らせる云々は《ナンバー・ドメイン・ツー》本人にも当てはまっていた。しかし、たとえ腐っていても、下位ナンバー達とは異なり、彼にはいくつもの修羅場を潜り抜けた経験があった。
相手の気配からすると、
「十秒前───」
接敵目前。
最悪自分は、ここで消えても構わない。
恐らく《ナンバー・ドメイン・ワン》なら今頃、最重要暗殺対象を探し出し───
「フッッ!!」
踏み込みと同時にダガーを相手に突き刺した。
コンタクト直後───最速最短の一手ではあったが、手応えはなかった。ままならぬ状況に、暗闇とはこれほどまでに恐ろしいものなのか、と《ドメイン・ナンバー・ツー》は臍を噛んだ。
暗闇を解除すべく得意の光魔法を何度となく行使するも、全て不発、だというのに───彼の視線の先では───ビー玉サイズの二つの光が微かに揺れ、しかし確かな存在感を示していた。ゆらゆらと、ゆらゆらと。
「ばけ……もの」
長年の経験と本能が告げた。
あれは相手にしてはいけない。
あれを敵にしては駄目だ。
彼は背を向けて一目散に駆け出した───が足がもつれて躓いた。
だから彼がその攻撃を避けることが出来たのは偶然であった。
自身が元いた場所を『ビュゴ』という風斬り音が聞こえた。
転げなければアレが当たっていた───?
「落ち着け。落ち着け。落ち着け───」
《ナンバー・ドメイン・ツー》は必死に頭を働かせた。
そして彼は寸での所で何かを取り出した。
「これなら」
彼の用いたアイテムは《暗闇の猟犬》でも限られたメンバーのみ所持することを許された一品であった。彼はそれ───姿や気配を消すアイテムである《霞雲消し》を用いた。
「───」
浮かび上がった二つの光玉が、ぼそりぼそりと何かを呟いている。このまま何とか乗り切れるか……。
彼の用いたアイテムは、姿と気配を絶つ希少アイテムだ。暗闇下でこちらは相手を認識出来ないが、相手は何らかの手段で認識しているのではないか?それならば姿と気配を消せば何とかなるのではないか?
効果は抜群だ。
どうやらその考えは正しかった様だ。
このままここでやり過ごす。
息を潜めろ。音を立てるな。背景と同化しろ。
《ナンバー・ドメイン・ツー》は必死に己に言い聞かせた。
その甲斐あってか、光玉の怪物がその場に佇み、辺りを見渡した。大丈夫。逃げ切れる。このような危機はこれまで何度も───
「気配が消えた。けど足音がなかった」
化物が呟いた言葉を認識してしまった。
そいつの言う通りだった。
「動いたときの足音や物音も消せるのか? それともその場から───」
やめてくれ! やめてくれぇぇぇぇ!
「そこにいるんだろ?」
化物の言葉に動揺した《ナンバー・ドメイン・ツー》は、これまで経験したことのない恐怖に負け───「ヒッ!」と息を呑んでしまった。
「ああ、やっぱりそこにいたか───」
化物が確信の言葉を呟いた。するとそいつを中心におびただしい数の光が、前後左右上下360度放たれた。《ナンバー・ドメイン・ツー》は指一本の抵抗すら出来ずに、神々しいまでの光に飲み込まれ、意識を消失させた。
◇◇◇
《暗闇の猟犬》に所属し《トータル・ナンバーズ》を率いるは《ナンバー・ドメイン・ワン》という男であった。
彼以下のナンバーズは遊撃的に立ち回り、彼こそが暗殺対象を葬り去る本命と役割が決められていた。
普段出張ることのない彼が、出張るのだ。この件は絶対に成功させなければならない案件であった。
彼には弛緩も油断もなかった。
普段から危機を想定していた彼は、暗闇でほぼ通常通りに行動することが可能だ。
実際に《光集性魔力暗視スコープ》の機能が停止しても、《暗黒強制》が制御不能となっても、彼は動揺はすれど、すぐさま心理状態を立て直し、任務の実行に動いた。
王都での準備期間から、王城のある程度の構造、間取りは掴めていた。王の滞在時間の最も長い玉座の間や、彼の個人スペースにはないだろうとも予想できた。けれど避難に時間は掛けられないということから逆算し、さらに王城の構造と合わせて考えることで、確信はないけれども、恐らくそこだろう───という目星もついていた。
彼は玉座の間から最も近い、第二ゲストルームに足を踏み入れた。そして、彼の経験則から、クローゼットや、ベッドなどを何らかの規則に従って動かしてみせた。
すると───ズズンと音が響いた。
「ハンッ」
彼は嘲るように鼻をならし、そこに敷かれたカーペットを乱雑にめくり上げた。そこには地下に続く階段があった。
彼に抜かりはない。
城内を化物が闊歩しようが構わない。
《フレンドリ・アンファイア》の味方の反応が消えても構わない。
己のなすことはただ一つ。
発動するのに大量の魔力を用いる《霞雲消し》を用い、足音を殺し、歩を進めた。
先に進むにつれて、十を超える数の気配を感じた。
それは暗殺対象である王族のみならず、この国の重鎮たる宰相や上級貴族のもので───
「ハアッッッ!!」
裂帛の気合と共に斬り掛かってきた者がいた。
彼は王立騎士団団長ラグナ・グラディウスであった。
《ナンバー・ドメイン・ワン》はその名を知っていた。
業物のダガーで彼の剣撃を弾くと、『やれやれ。厄介な相手が出てきた』と内心で溜め息を吐いた。
さらにはその後ろには、彼以外にも騎士団の有力者と、多くのヒーラーが揃っている。
これだけの相手を前にするだなんて『暗殺者って何だよ』と彼は独りごちた。
しかし、それでも、慣れ親しんだ暗闇というアドバンテージがある限り俺は───
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本編はイチローが達人級と闘うお話ですね。
達人級暗殺者視点ですが、完全にイチローボスキャラみたいに……




