第7話 聖騎士 vs 《暗闇の猟犬》②
◇◇◇
人間にとって外界を知ることは必要不可欠である。
何をするにも外界から情報を得て、行動する。
情報は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感に超感覚を加えた六感から得られるものであり、中でも視覚に占められる情報量は他と比べ物にならないくらい多い。
だから人間は視界を失うと、外界の情報のほとんどを失う。
するとどうなるか?
人は視界を失うと平常心を失うのだ。
それはどのような人間だろうが同様だ。
たった一人で大軍を相手に一騎当千を果たす歴戦の猛者であれ、威風堂々たる振る舞いで政敵を震わせる民の心を掴む政治屋であれ、視界を失われた瞬間、一様に恐れ戦き、慌てふためく。
その男───《ナンバー・ドメイン・フォー》は王城に侵入せし暗殺者の一人であった。
彼は、人が狼狽え絶望していく様を見るのが何よりも好物であった。それも、その対象が英傑であればあるほど、優秀であればあるほど、資産家であればあるほど、美しければ美しいほど良かった。
元々社会の最底辺の孤児であった己が、そのように秀でた人物達の表情を恐怖と苦痛でぐっちゃぐちゃに歪ませ、生殺与奪の権を握るのだ。彼は考えただけで脳を焼く様に強烈な快楽を得た。
仕事をこなす度に、彼は毎回、暗殺対象から何らかの記念品を持ち出す。それは被害者のアクセサリーなどの装飾品だったり、例えば小指などの身体の一部だったり様々ではあったが、彼はこれまで集めてきた記念品をを何よりの宝物にしているのだった。彼はいつも眠りに就く前に、これまでに集めてきた記念品をを眺め、その暗殺対象の泣き顔を思い出し興奮すると共に「よし! 次も頑張って殺そう!」と明日への活力を得るのだった。
また《ナンバー・ドメイン・フォー》というのは、正式には名ではなくコードネームであったが、《暗闇の猟犬》に所属する、闇の世界の住人たる彼にとって、まさしくそれこそが己を最も適切に示す名であると考えていた。
彼は何より、己に天職を与えてくれた《暗闇の猟犬》に彼は感謝していた。
人を一方的に嬲り殺して食う飯は何よりも美味い。
人を絶望の淵に追いやって食う飯は最高だ。
名と生き甲斐だけでなく、最高に幸福な生き方を教えてくれた《暗闇の猟犬》という組織は、彼にとって何よりも大切な唯一無二であった。
そんなわけで、今日も《ナンバー・ドメイン・フォー》は仕事をこなす。趣味と性癖と仕事の三つが合致した最高の天職を。
そもそも失敗するわけがないのだ。
それが例えどれだけ優れた王侯貴族の住処であろうとも、《暗闇の猟犬》に失敗はない。
その根拠はいくつもある。
まずは《暗闇の猟犬》に所属する者にのみ伝えられる強制的に暗闇を作り出す光魔法───《暗黒強制》の存在だ。
この特殊な光魔法の前では、いくら光を起こそうとしても無駄だ。この魔法が働いている間は、どのような手段で光を起こそうとも、光の粒子は物理的な意味で、強制的に速やかに拡散されるのだ。
また当然ながら光魔法により光を発生させることも不可能だ。件の光魔法は、光の魔力を帯びた魔力粒子に反応し、オートで制御を奪い拡散させる。
優位性が保証されている点はまだまだある。
この魔法を厄介な魔法たらしめるとある事実だ。
《暗黒強制》の正体が、光魔法であるという事実だ。その正体がバレない限り、対処されることは万が一にもない。
今まさに、王城に侵入し、獲物を探している最中である《ナンバー・ドメイン・フォー》は絶対の暗闇の中、自身の絶対の優位性を再認識しほくそ笑んだ。
暗闇の状況になった時点で完全なる詰みだ。自分達は常日頃から、気配を読むことを訓練に課している。それに視力と聴覚を強化する《暗闇の猟犬》特有の魔法だってある。
それに胡座をかかず、暗闇の中でも視界を確保するアイテムである《光集性魔力暗視スコープ》だって装備している。
向こうはこちらが見えずに、こちらは向こうの動きを手に取るようにわかる。絶対的優位性だ。
また万が一危険に陥ったとしても、仲間が助けに来る。
彼ら───《暗闇の猟犬》の一員にはお互いの場所がわかるアイテム───《フレンドリ・アンファイア》が支給されていた。
探知可能範囲は狭いというデメリットはあるが、製造は秘匿されそれなりに量産が可能というメリットがあるため、彼らにとって非常事態に備えて重宝されていた。
そうだ。
備えに備えたのだ。
企みに企んだのだ。
最強の布陣だ。
負けるわけがない。
ここから先、あるのはただ一方的な虐殺だ。
今回はそれが許されているのだ。
暗殺対象は、城内の人間全てだ。
だと言うのに───
「どうして誰もいないんだ」
不可思議な状況に《ナンバー・ドメイン・フォー》が呟いた。
先程から、既に数分歩き続けたが、城内に気配が感じられない。
非常事態にどこかに隠れているのか?
「めんどくせーなぁ」
たまにこのような場合がある。
標的に一瞬で届く距離で《暗黒強制》を用いないと、暗殺対象達が隠れてしまうのだ。
それでも気配が読める自分達にとって───
「手間掛けんなよぉ。出てこいよぉ。ほらぁ。出てこいよぉ。怖くないからさぁ」
煽るように、小馬鹿にしたように、嬲るように、《ナンバー・ドメイン・フォー》は笑いを噛み殺しながら声を上げた。
「怖くないよぉ。気持ちいいところに連れてってやるからよぉ、ほらぁ、おいでよぉ」
と、そこで《ナンバー・ドメイン・フォー》は城内侵入後、初めて相手の気配を感じた。
「柔らかーい肉にズブリと刺してよぉ。気持ちいーい天国に連れてってやるからよぉ」
歩を進めるにつれ、気配は濃厚なものとなった。
ああ、中肉中背。男だな。
そしてついに───
「とんでもねー奴だな。黙って捕まっとけよ。そうすれば痛くはしないから」
現れた気配の主が告げた。
《光集性魔力暗視スコープ》をオンにする。
予想通りに中肉中背。
特に目を瞠ることのない凡庸そうな相手だ。
その癖に何を馬鹿なことを言っているのだ。
───黙って捕まっとけよ。そうすれば痛くはしないから
「キッキキキキキキキッキッキッッ!!」
《ナンバー・ドメイン・フォー》の笑い方であった。
「さっきの猫撫で声もキモかったけど、笑い方は一層キメーな」
死ぬ運命にある哀れな羽虫が俺を嘲った?
その事実に《ナンバー・ドメイン・フォー》は急激な怒りに見舞われた。許さない。絶対に許さない。
「こうか……ああ、ちょっと違う? じゃあこうか」
急な恐怖で気が触れたのか、それとも元々頭が足りない奴なのか何やらブツブツと呟いている。
《ナンバー・ドメイン・フォー》は獲物であるダガーを取り出し逆手に握り締めた。眼の前の男がいくら頭が足りなかろうが、獲物は獲物、首筋にこいつを突き刺せば、肉の感触が楽しめるだろう。
その感触を想像し、《ナンバー・ドメイン・フォー》は足を踏み出した───瞬間、
「なーる」
男が指を鳴らした。
すると、自分達が発生させたはずの暗闇───それを超える暗黒が生まれた。自分達の作り出した暗闇には、人には認識出来ないはずの微かな光の粒子───これによって《光集性魔力暗視スコープ》が視界を確保していた───が存在していた。そのはずが、彼が指を鳴らすと微かに残された光の粒子が完全に消失したのだ。
「な、なんで」
さらに彼が指輪を掲げ「起動」と呟くと、
「な、な、なんでだーー!!」
《ナンバー・ドメイン・フォー》の目元にかけられた、《光集性魔力暗視スコープ》が機能停止した。うんともすんとも言わない完全なる機能停止だった。
「種も仕掛けも完全にわかった」
眼前にいるはずの男がぼそりと告げた。
圧倒的な優位性が消えた。
こんなことは初めてだった。
楽勝な仕事のはずだった。
こんなはずじゃなかった。
どうして……どうして……
一体何が起きている。
光が存在しないはずの世界のはずなのに───二つの光がぼわぁと浮かび上がった。
光はゆらゆらと、ゆらゆらと動いた。
「何だ……それは───」
生まれて初めて感じる類の恐怖に声が上手く出せない。
《ナンバー・ドメイン・フォー》はもはや恐慌をきたす寸前であった。
完全なる暗黒下に浮かび上がる二つの光。
ゆらゆらと揺れるその光が───場違いにも、どこか幻想的なもののように思えた。
その刹那、光は軌跡を描き圧倒的な高速───否───光速に達し、
「あ」
避ける間もない。
《ナンバー・ドメイン・フォー》はまるでダンプカーに撥ねられるが如き衝撃をその身に受け、弾き跳ばされ壁に激突した。
そのままでは死を免れない衝撃に、彼の意識は完全に消失した。
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