第3話 スパーク
アノン回です
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四箇所同時襲撃───俺達の周囲を沈黙が支配した。
しかしやがて───
「けどよ、お前やマディソン宰相が出張ってるんだ。何もせずに手をこまねいていた、なんてことはないんだろ?」
よくよく考えてみたらわかる。
アノン達なら、何かしらの対策を立てていても何ら不思議ではない。
俺の問い掛けにアノンが大きく息を吐いた。
「もちろん───と言いたいところだけど、正直な所、今回に限っては上手くいってるとは言い難い。
四複数箇所を同時に襲撃が行われることもその一因だけど、暗殺者として予想されている者達の中に、極めて厄介な人物が混じっていることが、事態をややこしくしている」
「そいつは一体?」
「雇われた暗殺者のほとんどはこの国の者だ。けれど、二人ほどライオネル皇国の者がいるそうだ。問題はその二人だね。
彼らはこの二年ほどの間で急激に名を馳せた暗殺者で、素性や彼らの能力は完全に不明。けれど、これまでに彼らによって暗殺された者の中には、少なくない数の実力者が含まれていることから、彼らの能力は非常に高いと考えられる」
「その二人の具体的な話───彼らがどのくらいの実力者で、具体的な能力が何なのかってことは判明してるのか?」
「二人の暗殺者───では不便だから、彼らを仮に《正体不明》とでも呼ぼうか。彼らがどの程度の実力者なのかってことだけど、彼らによって暗殺された者の中にSランク探索者相当の者もいたという話だ」
「おお、もう……」
かなりの……いや、やべー遣い手じゃないのさ。
「今の所、彼らに狙われて生き延びた者はいない───だから、具体的な能力については……ある程度、推察するしかない」
フィクションに登場する凄腕殺し屋にありがちなエピソードではあるが、自分がそれと対峙する可能性があるとなると、全く怖くないと言えば嘘になる。そもそも、俺からすれば、人を簡単に殺せるという精神性が理解出来ない。
「まず、暗殺の現場には戦闘跡がほとんど見られず、被害者の遺体は一様に損傷の酷い、嬲り殺されたであろう状態で見つかっている。
そのことからいくつかのことが推測出来る。
一つ目はそもそも《正体不明》は暗殺の対象者を一息に殺さずに痛ぶるような、サディスト野郎である、ということ。それから───」
そうだ。アノンは全てを見通す。
「戦闘が行われたか否かを考えた場合、戦闘が行われていないのであれば、《正体不明》は『一撃で相手の行動を不能にする能力』を持っていると考えられる。生き死に関わらず行動不能にした相手を無闇やたらと傷付けたのであれば、ある程度は状況に矛盾しないね。ただその一撃を、物音も立てずに強者に近付いて、食らわせることが可能なのか……という疑問は残るけど、まあ、こちらはまだ真っ当な暗殺者だと言える」
アノンが何らかの含みを持たせた。
「じゃあ、《正体不明》と被害者の間に戦闘が行われていた場合を考えてみようか。その場合、これまでの二年間、《正体不明》は戦闘があったのに全く周囲に気付かれることなく、その上で相手を嬲り殺してみせた───ということになる。これはもう不可解過ぎる状況だ」
確かにその通りだ。
物音を立てずに戦うなんてのは不可能に近い。
人が動けば、音を出すのは避けられない。
「嬲り殺すには時間が必要だ。にも関わらず、極々短時間で成し遂げないといけないはずの暗殺の場で、彼らはわざわざ時間を掛けて対象を痛めつけて殺した。
だから彼らには、長時間周りにバレないままでいられる能力があると推察出来る。
周りにバレない能力と聞いて、イチローならどんな能力を想像する?」
「防音……? それか、気配遮断か?」
アノンは「ふむ」と呟いた。
「その可能性はワタシも考えた。けれど、防音だけだとね、あまりにも弱過ぎる。音を遮った所で、誰かに見られる可能性はゼロじゃない……」
それに、と彼は続けた。
「本人もしくは、対象の気配を遮断する能力にしても、Sランク相当の実力者との戦闘で、一瞬で暗殺するという手段を選ばずに戦闘しているのに、周囲の人間が誰も気付かなかった、とは中々考え難い」
「なら───」
やはり、《正体不明》は戦闘を行わずに、一撃で対象者を葬り去ってきたと考えることが自然か?
「いや、この状況を可能にする方法はある。
被害者のいた現場には、戦闘跡が残されていなかった。
なら、戦闘が起こらなかったと考えるのが、自然の流れ、だけれど───それ以外の可能性として、もう一つ考えられることがある」
俺にはわからなかった。
「《正体不明》は、暗殺対象者と己とを、別の場所に転移させた──それも、下手に逃げられないような閉鎖空間にね。そこで戦闘を行い、対象者を始末し、しかるべき後に、彼らを現場に戻した。
こう考えたなら、現場に戦闘跡が残っていなかったことも、被害者を痛めつける時間があったことも、周囲の誰にもバレなかったことも矛盾なく説明出来る」
だからね、とアノンが続けた。
「恐らく、《正体不明》の能力は『たとえどんな強敵だろうが、気付かれることなく近付き一撃で絶命させる』ものか『相手をどこかへ瞬間移動させて飛ばす』ものかのどちらかだろう」
結局、わかるのはこの程度さ───とアノンが自嘲した。
俺は首を振った。
「さすがだよ、アノン。俺ならそうはいかない」
俺だけだったなら、当たって砕けろの精神で、全力で突撃する未来しか見えない。実際にこれまで、そうやって生きてきたし。
「それでよ、俺はそいつをやっつけたらいいのか?」
俺の問いにアノンが一瞬身を乗り出し、それを自重するようにその場に留まった。
「申し訳ない、イチロー。
この期に及んで、キミに己の口で『手を貸してくれ』と言えなかったワタシを許して欲しい」
そして、改めて───
「イチロー、手を貸して欲しい」
彼が、どこか不安気な雰囲気を滲ませ、俺へと告げた。
それに対する俺の答えは、
「当たり前だろ。俺に任せろ」
アノンからのお願いを断るわけがないだろう。
ただいまコミカライズ最新話が更新されました。
活動報告にてその辺のお話をしております。
よろしければ一読を……!!
次くらいからお話が動きます。




