第2話 アノンの相談
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アノンの指定通りに、郊外の彼の隠れ家へと向かった。
目的地近くに足を踏み入れたとき、何らかの能力的干渉が解けたのを感じた。微細な感覚であったため、一般人どころか、そこそこ魔法が出来るという人ならば、何も感じられないだろう。
彼の隠れ家には、隠蔽などの術式が掛けられているのだ。
ようやく彼の隠れ家に着くと、入口の戸が独りでに開いた。
俺は、勝手知ったるとばかりに、「おじゃましまーす」と一応声を掛けつつ足を踏み入れたのだった。
「入るぞー」
隠れ家は小さく、入ってもうそこが客間兼リビングである。
そこに備えられた椅子に、フードがあっても分かるほどに懊悩したアノンが座っていた。
「む、イチローか……申し訳ない。出迎えようと思ってたんだけど……どうも気付けなかったみたいだ」
「いや、いいさ。気にすんなし」
何か大きな問題が起きて、彼がその対処に追われている。
それはもう間違いないだろう。
乱雑した机には《連絡の宝珠》と複数のリストが置いてあった。リストには、誰かの名前がいくつも記されており、またその内の多くが横線で消されていた。
つい先頃までリストを確認しては誰かと連絡を取って、を繰り返し、何らかの段取りを組んでいたのだろう。
アノンは俺に自分の対面に座るように指示すると、席を立った。
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椅子に座り、テーブルに置かれた資料をぼーっと眺めていると、アノンはテキパキとお茶と、お茶請けのクッキーを準備し、資料を横に寄せるとテーブルに並べた。
「本当はキミを呼ぶつもりはなかったんだ」
彼は俺の対面に腰を下ろすと、両手の指を組んだ。
恐らくは無意識なのだろうが、かつていた日本では、指を組む仕草は、悩んだり精神的に揺れている場合にする仕草とも言われていた。
「ようやくキミも穏やかな生活を送れるようになったんだ。それを邪魔したくはなかった……」
ここに至っても彼はまだ言いあぐねているようだった。
だから、これは仕方のないことだ。
「そんなことは気にしなくて構わない。アノン、一体何があったんだ?」
俺は自ら彼へと尋ねた。
すると彼は大きく溜め息を吐くと、覚悟を決めたように口を開いた。
「とある反王派閥過激派貴族による、反乱が起こりそうなんだ」
アノンの声は、暗い。
「アルカナ王家は、リューグーインの一件で、多くの貴族の求心力を失い、完全には回復し切れていない。
あのときの傷もある程度は収束し、被害の大きかったものには補償をするなどして、一応は、王家に対し声の大きかった輩の口を閉ざすことに成功したかに見える。けれど、パフィ姫が未だに、自身のシンパを完全に取り込めていないことからもわかるように、完全に元通りというわけにはいかなかった」
パフィは、信頼を取り戻すためにも、頑張るのだと小さな肩を震わせて言っていた。
「つまり、反王家派からすると、今が絶好のチャンスなんだよ。
今回の反乱は極力秘密裏に───名目上だけでも誰がやったかなんてわからない状況を作るだろうし、たとえ王殺しという禁忌を成功させ、それが表に出たとしても、王家を排除した際の理由なんて、いくらでもつけられるだろう。
それこそ『パフィ姫が色恋を優先し、国政を蔑ろにした。国民のことなど何も考えていない』だとか『王家は勇者の兇状を知っていたが見て見ぬ振りをしていた。彼らは信用ならない。今後も同様のことが起き、国に災いが降り掛からないと誰が言えよう』だとかね」
「それは───!!」
思わず声を荒げた俺をアノンは手で静止した。
「ストップだイチロー、彼女達の事情はわかっている……。
けれど問題は、相手に漬け込まれる状況を作ってしまったという事実だ」
彼女は姫という立場にも関わらず、必要とあらば、表に立って自らの足で、国民の声を聞くために、街へと、村へと足を運ぶ───自ずとそのときの姿が目に浮かんだ。
「犯行の中心人物は、王都より南方の領地を納めるストレングス公爵家当主───彼は現アルカナ国王の甥に当たる」
「甥?」
「そう。さらに言うと現当主───ジュリアンは王弟の二番目の息子だったりする」
もはや『長男は?』とは聞かなかった。
「この流れだと、もう今さらだろうが、元当主の王弟はリューグーインによるいざこざが終わり、およそ一月が経った頃に、遠征中に盗賊に襲われて死亡した。そのときに同行していた長男も亡くなった。護衛にはAランク探索者相当の能力の持ち主を複数人揃えていたけど彼らも全滅だった。
その翌日、彼の第一婦人も自らの命を絶った」
「それって……」
「ああ、間違いないだろうね。複数人のAランク相当の護衛が全滅したということは、相当高位の暗殺者を雇ったとみて間違いない。実際にあの時期のストレングス家には不自然な金の動きがあった」
「その金で暗殺者を雇ったってことか?」
「そうなるね」
「なら、今回は犯行の前にその暗殺者を抑えることが出来たら───」
「彼らはもうこの世にいない」
「えっ」
「ワタシ達も何も手をこまねいていたわけじゃない。マディソン宰相達があらゆる情報網を駆使し、彼らを見つけるべく奔走した。暗殺者の尻尾を掴んだときにはもう遅かったけどね」
「口封じに殺された……ということか? いや、それなら」
能力から鑑みて、国内でも有数の暗殺者であるはずだ。
それを口封じ……ということは───
「今回のストレングス家の金が、アルカナ王国南西部にあるライオネル皇国に流れていることもわかっている。それにジュリアンの母である第二夫人は、ライオネル皇国出身だ」
「きな臭すぎて鼻を摘みたくなるな」
「今回の件、100%ライオネル皇国が関与しているだろうね。恐らくライオネル皇国にしても、駄目で元々、ジュリアンが成功すれば儲けものくらいに考えているに違いない。別に王座を簒奪出来なくても、アルカナ王国の政局を長い間揺るがすことが出来れば、アルカナに対して、政治もやりやすくなるだろうし、これから先もっともっと色々な手を打てるだろうしね」
「なら、俺は何をすればいい?」
ここまで話を聞いたのだ。もはや、これまで散々助けてくれたアノンに背を向けて帰るなどといったことは俺には出来ない。
「───明日の夕刻頃に、王国内で四箇所同時に襲撃がある」
アノンの語った話は唐突なものだ。
俺達二人と、世界とが切り離されたような感覚に陥った。
彼は構わずに話を続けた。
「一箇所目は、王都に存在する王派閥最大旗手であるワイズマン公爵家」
俺ですら聞いたことのある、賢君として名高い人物だ。
「二箇所目は、国内中部に位置し、中立派閥最大貴族であるマスカレード侯爵家」
アノンの声がより一層低くなった。
「三箇所目は、ここボルダフにて外敵や隠れ山の怪物達から民を守る要として存在するボルダフ辺境伯家」
ここ?!
驚いた俺に、さらに追い打ちを掛けるようにアノンは告げた。
「───そして、最後にアルカナの国王と彼の血縁者が住まうアルカナ王城」
本日コミカライズ版3話の更新をしております。
プルミーさんが登場します!みんな見てね!
詳しくは活動報告でも触れてます!
ジェミナス・ウィルオウィスプ②について
政局が不安定になってる間に外敵からちょっかい掛けられるみたいな話ですね
トカゲの尻尾切りは出来ますし、成功すれば儲けもの駄目なら駄目で知らん顔すればいいという




