第1話 芸は身を助く
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今日も今日とて平和であった。
センセイはミカと共に旅に出て、数回顔を見せに帰ってきたことはあれども、いつも翌日には出立したし、本格的に山に戻ってくるには、まだまだ時間がかかりそうであった。
エリスやオルフェにしても、独力で小屋まで来るのにもう少し時間が必要だろう。
そんなこんなで小屋には俺とセナの二人しかおらず、俺達は思い思いに過ごしていた。
セナはちょこんと座り行儀良く読書をしつつ、何やら紙にしたためていた。俺はと言うと、ちょっとした芸の練習に勤しんでいた。
芸は身を助くとも言うし、宴会やしーんとなった場面でこれぞという芸があれば、ばーんとお披露目して、どーんと受けて、冷え切った空気をホカホカにしてくれること間違いなしであった。
「みてみてー」
この芸も形になって来たな! んほぉ~! たまんねぇ〜! ということで、俺はセナに見てもらうべく彼女に声を掛けた。
セナは本とペンを置くと、居住まいを正し、俺の方へ向き直った。
「俺さ、一発芸とかで使える技の練習してんだよな」
光魔法によって十指全てに光を灯した俺は、その場ですくっと立ち上がった。
「オタ芸ー」
腕をぐるぐると振り、ある種独特の踊りと共に、片手につき五本の光の線を走らせてみせた。紛うことなきオタ芸である。
しかし、俺の会心の一発芸にも関わらず、セナが置いてけぼりを食らったようにぽかんとしていた。
アカン! 空気ヒエッヒエだわ!
けど俺はめげない。咳払いをして気を取り直す。
「続きまして、ロボットアニメで、ロボットが起動するときー」
直立した俺は、光魔法によって両の目だけを一〜二秒ほど光らせ、基地から滑走しながら飛び出す直前かのように構え「イチロー、いっきまーす」と叫びながら膝を軽く曲げてみた。
「イチロー、技術の無駄遣い……」
「おぅふ……」
悲しいかなまさにその通りであった。
杖のような触媒もなし、詠唱もなしで、五指や目だけというピンポイント箇所に巧みに光を発生させたのだ。
《遍く生を厭う者》戦を経た直後辺りから、魔法の技術が数段階上がった俺は、定型の魔法だけでなく、光そのものをそれなりに自由に扱えるようになったのだ。
正直なところ、超絶技工だと言っても過言ではない。
なのに───
「あかんかぁ……受けると思ったんだけどなぁ」
悲しいなぁ。
がっくし肩を落とした俺の側に来たセナがポンポンと俺の肩を叩いた。
「大丈夫。一発芸に必要なのはタイミング。受ける受けないはそれほど重要ではない。大事なのは滑っても滑ったことを笑いに変えてくれる面子や観客がその場にいるかどうか」
「何のアドバイス!?」
ガチのアドバイスに驚愕していると、部屋の端に鎮座している《連絡の宝珠》が音を発した。
すぐさまそれを起動させると、
『もし、』
美しくも、しずしずとした大人の女性の声が聴こえた。
『我じゃ。そこに二人共おるんじゃろ?』
「センセイですか! 久しぶりです!」
俺の隣には既にセナがいる。
セナはセンセイ大好きっ子だからね。
『うむ。久しぶりだの』
「今日はまたどうして連絡を?」
『いやなに、ムコ殿とセナの声が聴きたくてな……』
その言い方はどこか憂いを感じさせるものであった。
ほんの一瞬『センセイ……何かあったんですか』と考えたもののピンときた。よくよく思い返すと声にはイタズラ猫成分が含まれていた。
「なぁに、言ってんですか。本題を言ってください」
『そんな言い方されたら淋しいのう。ムコ殿はいつからそんな蓮っ葉な男子になってしもうたんか……』
まあ、いい、とセンセイは続けた。
『しばらく留守にしておったが、一度そちらに帰ろうと思う』
センセイっ! とセナが喜色の声を上げた。
『一週間ほどで、そちらに戻る予定じゃから、そのつもりで頼む。セナともたっくさん話せるのを楽しみにしておる』
頼まれてしまった。
頼まれてしまったら仕方ない。
「任せてください。センセイの好物作って待ってますよ」
「センセイ、待ってる」
『うむ、よきよき。それとじゃがのムコ殿』
「何です?」
『もてなしてくれるときは必ずアップルパイも作っとくれ』
センセイは『頼んだぞ!』『絶対じゃぞ!』『絶対じゃからな』と何度も念を押すと通信を切ったのだった。
そのマイペースさは、さすがセンセイとも言うべきであった。
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それからあっという間に時が過ぎ、センセイが帰省する前日となった。
そろそろ仕込みでもしようかという矢先、アノンから連絡がきた。彼は「話をするにも宝珠では何なので会えない?」と言った。
俺はアノンに頼まれたら断れない。すぐさま了承し、セナに了解を得ると、急いで街へと降りたのであった。
本日よりAmazia様の漫画アプリ『マンガBANG!』にてコミカライズが開始いたしました。
活動報告にてその辺のお話をさせていただいております。
よろしければ一読お願いします。




