第6話 ブレイクスルー・トライアル②
◇◇◇
覚悟を決めた表情の二人が息ぴったりに剣を構えて、《黒曜蛇》へと駆け出した。
「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
再び、打ち切りマンガの最終回的なやけくそ感漂う叫びが辺りに響いた。南無。
「シャァァァァーーーーーー!!」
蛇の怪物から耳をつんざくような奇声が発された。
黒曜石にも似た硬質で巨大な身体がハチャメチャに、それも手を付けられないほどの速度で暴れ回った。その巨体が触れる側から地が抉られ、巨大な岩が子供の遊具のようにボンボンガラガラと砕かれた。
前回二人は速度と硬度を兼ね備えた彼のモンスターの前に敗走したが、今回は違う。
二人はあれから文字通り地獄を経験してきたのだ。
たたっと地を蹴り先陣を切ったのはエリス。ついでオルフェリアが駆けた。彼女達は入れ替わり立ち替わり、《黒曜蛇》の死角へと入り込んだ。視覚だけではなく、熱や触覚で物体の存在を感知する《黒曜蛇》は常にどちらかが死角へと回り込む彼女達の動きを無視することが出来ず、本来の暴力の権化たる這いずりや叩きつけを十全に行えずにいた。
それでもなお、その巨体と圧倒的なパワー、身体のサイズに見合わない爆発的な速度は健在であり、彼女達二人も、蛇の怪物の攻撃を受けるだけでギリギリであった。
だがしかし、彼女達はやみくもに攻撃を受け続けているだけではない。二人は、蛇の怪物を一撃でくだす勝機を伺っているのだ。 彼女達の脳裏に、たったの半月であったが、つい先頃まで行われていた厳しい修行の記憶が蘇った。
◇◇◇
セナが召喚した式符セナと共に、小屋の裏手の土を捏ねて、大量の拳大の泥団子をせこせこと作っていた。五分十分の作業であったが、泥団子の数は百や二百ではきかないほどであった。
何してるんだろ? とその光景をじぃっと眺めていたオルフェリアであったが、答えはすぐに明らかになった。
「オルフェ、こっちにおいで」
オルフェリアがセナの呼び掛けに従った。
セナは彼女のまぶたをぺたぺたと触れ、何らかの力を流し込んだ。オルフェリアは未知の感覚にぴくんと震えた。
「強者と言われる人間ほど、魔力を身体に巡らせるのが得意。
巡らせた魔力は肉体を活性化させ、爆発的な力を生む。
恐らくこういった魔力の流れはあまり認知されていないのでしょう。だから正式な名称はわからない。センセイは適当に《闘気》や《魔力流》だなんて呼んでいたわ。
ただしそれは認知されてないだけで、多くの者は無意識レベルで行なっている。それはあなたも例外ではない」
「わたしもやってるの?」
オルフェリアの問い掛けに、セナが頷いた。
「それってさ、《身体強化魔法》とは違うの?」
「似て非なるもの。《身体強化魔法》は一度《魔法》として放出したものを再び身体に作用させるから効率も良くないし、何より自由度が低い」
「自由度?」
「そう。説明する前に、まずはこれを斬ってみなさい」
セナが手づから作った泥団子をキャッチボールより少し速いくらいの速度でオルフェリアへと放った。
オルフェリアは瞬時に双剣を抜くと、一閃二閃と斬り裂いてみせ───ギィン───硬質な音と共に彼女の双剣が弾かれた。
「これ硬いんだけど何?」
手が痺れたのか、渋い顔のオルフェリアがぶんぶんと手を振った。
「わたしが力を込めて作った泥団子。材料は裏手の土とアダマンタイト」
アダマンタイト!?
にわかには信じられない現実にオルフェリアは表情をひくひくとさせた。
これまでも何度もありえない光景を見せられてきた。
今更といえば今更よね、うん、そう。そうに違いない───オルフェリアは自身を無理矢理そう納得させた。
「じゃあ次はこれを斬ってみなさい」
セナが泥団子を、まるでオルフェリアにトスバッティングの訓練をさせるかのように軽く放った。
「これなら───」
オルフェリアは何とか一閃二閃と四分割にしてみせた。
「今あなたが実践した通り。あなたはこの泥団子を斬れるけれど、泥団子が速く動くと斬れない」
そもそも泥団子じゃないでしょと思えど、オルフェリアは口をつぐみ、セナの言葉に耳を傾けた。
「オルフェの《見》の力は目を見張るものがある。
恐らくあなたは無意識に、相手のどこが弱点か、どの線を斬ればその物体を絶ち斬れるかを見ているのでしょう」
それはあなたの才能───とセナが告げた。
「体内の魔力の流れを自在に操ることが出来れば、《身体強化魔法》の様な通り一辺倒の強化ではなく、己の身体を自由自在に強化することが可能となる。
そうすることであなたは、類い稀な膂力を獲得するだけでなく、瞳を強化し今以上の《見》の力を手に入れることが出来るでしょう」
セナによって具体的な方向性を示された。
オルフェリアは成長への道が明確になったことを実感し思わず身震いした。
「これからあなたはもっともっと強くなれる。だからこれからするのはそのための訓練」
「姉御、よろしくお願いします」
オルフェリアが頭を下げた。
体内の気の流れを自在に操る訓練は山田一郎も通った道であった。イチローは彼女達のやりとりを遠目で眺め「頑張れ」と独りごちた。
◇◇◇
それからオルフェリアは、セナの放る泥団子をひたすらに斬ることを強いられた。
初めはトスバッティングの様なゆっくりな泥団子から始まり、徐々にセナが球を放る速度が上がった。そしてしまいにはチャップマンも裸足で逃げ出すような速度で泥団子は放られた。
もちろん斬りそこないもある───というか斬れないことの方が多かった。だからこそ、百発百中で斬れるようにするのがこの訓練の趣旨であった。
そんなわけで、彼女は朝の早くから何度も、どれだけ疲労が溜まろうが泥団子(仮)を叩っ斬る訓練が続けることとなった。動けなくなればポーションを飲んだり、セナに処置を施して(意味深)もらったりしながら、オルフェリアは何度もダウンしながらも歯を食いしばって訓練を続けた。一言で言えば地獄であったが、最終的に彼女は、何とかそれをこなした……その代償に心を擦り減らして。
そして、もう一人の弟子であるエリスもまた、イチローと共に激しい訓練を積むことになった。しかしそれは彼女が長い間、願ってやまないものだった。
だから彼女は一言も弱音を吐かずに、それどころかイチローが「ちょっと休もう」と提案する度に、「ししょーー! まだやれます! やりましょうよーー!」と腕を引っ張り、訓練の続きをねだるほどであった。イチローに対し、セナとセンセイに次ぐ距離感におり、メンタルも肉体も回復したエリスはまさに絶好調であった。
イチローは彼女の様子に一安心し、胸を撫で下ろした。
「わかった。大丈夫そうだし、もっと良い感じの訓練をやってこうか!」
彼は笑顔(意味深)でそう言ったのだった。
◇◇◇
長らく硬直状態とも言える戦闘状況に焦れた蛇の怪物が、二人に対し猛烈な勢いで突進を繰り出した。
エリスとオルフェリアは一瞬で互いの意図を察した。二人は共に下がらず、それどころかエリスは蛇の突進に対し、正面から向かい合う形で最速で駆けた。
両者衝突するかと思われた瞬間、速度を全く落とさないままエリスが紙一重で半身分を避けて───ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ───その巨体にグラムを刃を立てて走った。
しかしそれはアダマンタイトの硬度を超える《黒曜蛇》の外皮を完全に捌くことあたわず、削りとるに留まった───けれど、それで良かった。
蛇の怪物の行動は既にエリスの手の内にあった。
見る者が見ればわかった。
蛇の外装を削る彼女の動きは滑らかで───蛇の巨体とその速度の全てを水の様な柔らかな動きで絡め取り、把握し、殺すことなく利用し───エリスは裂帛の気合いと共に、
「はぁッッ!!」
《黒曜蛇》の巨体をかち上げた。
それはあまりにも自然で滑らかな動きであった。
蛇の巨体は、己の速度とその巨体によってもたらされるエネルギーによって遥か上空へと打ち上げられた。
「オルフェ!!」
エリスの合図の呼び掛け。
「わかってるわよ!! ここで決めなきゃ女が廃るってなもんでしょ!!」
打ち上げられた蛇の巨体が重力に従い落下を始めた。
それに合わせて、オルフェリアが二刀を構えた。
そして───
「《二重爪》」
蛇の巨体が地面と激突すれすれで、オルフェリアの技によって両断された───それでも蛇の生命は消えずのたうちまわり───勢いに乗るオルフェリアの速度が上昇した───それに構わずに下半分を切断された蛇がその大きな顎を極限まで広げ彼女を飲み込まんと───
「《顎》」
しかし、それは叶わなかった。
「ガァァァァァァァァッッ!!」
オルフェリアが吠え、龍の顎を模した剣撃にて迎え撃ったからだ。
顎対顎。
その軍配は───
「シャリリリリリリリリリリリリリィィィーーー!」
《黒曜蛇》が相対するオルフェリアを完全に飲み込み、勝利の奇声を上げた───かと思われたその瞬間、蛇の巨体が、ほんの一瞬振動し、そして───
「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
オルフェリアの雄叫びが辺りに響いた。
それと同時に蛇の怪物の頭部から、尾のあった部位にかけて一定のペースで、縦方向にバリバリとその巨体が裂け出した。
常人なら『勝負あり』と気を抜いたであろう、しかしオルフェリアに油断はない。
再び全力で駆けたオルフェリアは、蛇の頭部右後方から飛び込むと、
「◇」
会心の必殺技を放った。
ボボッ───縦に裂かれた蛇の頭部がさらに菱形にくり抜かれた。
断末魔の叫びはない───完全なるトドメであった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
誤字報告毎回本当にありがとうございます!
 




