第5話 ブレイクスルー・トライアル①
◇◇◇
ぴょーいとイチローの胸へと飛び込んだセナを、彼は危なげなくキャッチした。そして、二人は一頻りハグしあった。
その後、イチローは「んじゃ、ちょっと待っててくれな」と告げ、その場を離れた。彼は持ってきた荷物を漁ったり、何やらとバタバタと動き、再び外へと出ていった。
それからおよそ十分後、手早く湯浴みを終えた彼が二人の前へと現れた。
「二人ともお待たせ。オルフェ、何か悩んでるみたいだな。野暮じゃなければ俺にも聞かせてくれよ」
彼はどかりと腰を落とすとオルフェリアの目を見て言ったのだった。
◇◇◇
一度話したことで、自身の中で悩んでいたことが無意識に整理されたからか、二度目の心情吐露は、先程セナに話したときよりも言葉がスムーズに口をついて出た。
「なるほどなぁ……めちゃくちゃ共感出来る悩みだわそれ」
イチローの言葉にオルフェリアが尋ねた。
「あなたでも敵を倒せなかったり、目標に到達出来ないとかで、何だか分からないけれど胸がもやもやすることってあるの?」
「あるある。むしろあり過ぎて困るまである」
だってよ、良く考えてくれと彼は続けた。
「俺の家族を見てくれ。まずは───セナ」
イチローがさっと手をやって紹介すると、セナが両手を上げて「ふんす」と鼻息を荒げた。コロンビア───とでも言いそうなポーズであったが、表情はそのままでどこかシュールな姿となっていた。そして彼女がこんなポーズをするのはイチローが教えたからに違いなかった。
「セナは俺から見ても強過ぎて底が見えない。たまに組手したり、俺だけ武器ありで模擬戦したりするけど全っ然敵わない」
「全っ然……?」
「そう、全っ然。本当にやべーわ。この間なんか組手中に、セナが急に四人に増えてよ、あっという間に制圧されてフルボッコにされた」
急に四人に増える?
オルフェリアの頭に疑問符が浮かんだ。
けれどそうとしか言い様のない事象が起こったのだから、イチローにしてもどうしようもなかった。
「まあ、セナのことはこのくらいにして、次は二人目───センセイ」
オルフェリアはかつて、彼がセンセイと呼ぶ人物───オーミと共に隠れ山に登ったことがあった。あのときは、六合目辺りまでモンスター一匹現れず、もはやただの登山状態であった。それ以降にしても、襲い掛かってくるモンスターは稀であったものの、その稀な命知らずのモンスターですら、彼女がしっしっと手を払い「早ういね」だの「疾く散れ」と呟くと、走って逃げたのだ。
どれくらいの技量になれば、その域に立てるのか……。
「知っての通り、センセイもやべーんだこれが。例えばだけど、この前訓練中、『かかってこい』って言うからかかっていったら酷い目にあった。詠唱もなしに指をちょちょいっと動かすだけで、地面に大穴が空いた。何とか避けたのに避けた先に二つ目の大穴が空いて落下した」
無詠唱に高速発動。それに加えて、単純に魔法の威力自体も大規模なものであった。それだけでない。イチローはもはやこの場では言いはしないが、オーミはほぼ無制限でそれらの術を行使出来る。
「そんなだから、俺でもまだまだだなって思うんよな」
腕を組んだイチローが、渋い顔で何度も頷いた。
「まあ、まだまだな俺ではあるけどよ、それでもオルフェにもやもやを解消させて、一歩進むためのアドバイスすることは出来る」
彼の言葉に胸を撫で下ろしたオルフェリアは、ほっと胸を撫で下ろした。
「はぁー、良かったー」
オルフェリアの『良かったー』という言葉を聞き、イチローとセナがまるで『計画通り』と言わんばかりにほくそ笑んだことを、当の彼女はついぞ気付くことはなかった。けれど、かつて彼とエリスとの訓練を見ていたのだからこそ、これから己の身に何が起こるかを予想することが出来たはずであった。
◇◇◇
「オルフェに足りてないのはまずはメリハリだな」
イチローが言いながら木刀を振るった。
「さっきも、聞い、た」
息も絶え絶えでオルフェリアがイチローの剣を弾き、後ろへ跳んだ。
「今となってはエリスもちゃんと休むようになったけど、会ったばかりの頃は、エリスもその辺不器用だったよ、なっ?」
イチローがオルフェリアと切り結ぶ最中俊敏に後方に回り込んだエリスが、腰を極限まで落とした死角から───
「惜しい」
絶妙な一撃───を彼が逆手に持ち替え縦に差し挟んだ木刀によって拒んだ。まさに妙技。
「俺が思うに、強くなるには、休むことも必要なんだ」
「ぐっ……」
「それに今のオルフェみたく実践、実践、実践だけじゃ駄目なんだよ。訓練と実践の両輪が揃って、初めて効率よく強くなれるんじゃないかな」
「ししょおおおおぉぉぉぉぉ!!」
エリスが器用にもしゃがみこんだまま、彼の足を払った──のを彼は両足で跳んで避けた───その背後には既に鬼気迫った様子のオルフェリアが、二刀をまるで爪のように構えて待ち構えていた。
「《二重爪》」
彼は空中だ。身動き取れずに回避は不可能───にも関わらず「ほっ!」と後ろを向くことなく、木刀で背面を守った───だけでなく、彼は彼女の攻撃を受けた勢いを利用し、地に手を着けてバネの様に跳ぶことで体勢を整えた。
攻撃を重ねた二人の少女が肩で息をし呼吸を乱しているのとは対照的に、相対するイチローは全くと言って良いほどに呼吸を切らしていなかった。
「バケモノ、ね……」
「全然バケモノなんかじゃねーよ、上には上がいる」
彼は言い終わると同時に、瞬時にオルフェリアの前に現れた。彼が上段から剣を叩きつけ───
「《偽十字───」
両の剣を十字にすることで受け止めたオルフェリアが、
「───剣》」
渾身の刺突を繰り出した。
しかし、彼は半身を反らすことで回避してみせた。
彼が空を見上げる体勢となったが、しかし空と彼との間に再び飛び掛かったエリスがいた。慌てたイチローはカンフー映画よろしくそのままブリッジ───からの両足を浮かせてエリスへと強烈な蹴りを食らわせた。
「ふいーー! 今のは焦った……ちょうど良いところだし休憩にしようか」
数時間にもおよぶイチローとの訓練がようやく一段落着いたのとに安堵し、彼女達は疲労からその場に崩れ落ちたのだった。
◇◇◇
オルフェリアの悩みは、蛇の対処法を教えたからといって消える性質のものではなかった。今回はそれで蛇を退治したからといって、次にまた別の強敵が現れたときに同じ様に悩むのならば、それは悩みが根本的に解決されていないことと同じだ。
イチローとセナの考えは同じだ。
大層なことを言っても、結局は実践一辺倒だった訓練のバランスを見直し、強敵が現れる都度、対策するしかない。
誰だってそうだ。近道なんてない。
それを理解してるにも関わらず悩んでしまうのは、悩む余裕があるからだ。悩む余裕がなくなるまで身体を動かせば、悩みなんて吹っ飛ぶ。イチローも、セナも、実際に経験したからこそわかる。それは脳筋な極論であるが、一つの真理なのだ。
二人はオルフェリアに身をもって実践させようとしたが、ついでとばかりに刺繍に励むエリスを呼び出した。
せっかくの休日に、哀れエリス。
彼女は休日を満喫していただけの、完全に巻き込まれ被害者であった。
そうこうしてエリス達の休日は切り上げられ、隠れ山の小屋にて、特例として四人で生活することとなったのだった。
◇◇◇
半刻ほど休みを取った後、イチローが彼女達の前に戻ってきた。
「次からはセナも加えて二対二でやることにする」
既に疲労困憊であった彼女達は「ゲゲぇぇーー!!」という表情を浮かべた。それを察したイチローが笑顔となった。
「疲れたって? だいじょーぶ! だいじょーぶ! ポーションがあれば何でも出来る! 現に俺はそうやってきた!」
イチローの目がバッキバキになっていた。
その隣に、ふっと空中に現れたらセナがたたっと軽く着地した。
「頑張って。指を動かすのもしんどいほどに疲れたら、胸のもやもやなんてなくなるから」
とんでもないセリフと共に、二人が並び立った。
弟子コンビはどちらともなく、ゴクリと喉を鳴らした。
お互いに顔を見合わせると、互いに頷きあった。
そして───
「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
息ぴったりの二人が剣を構えて、彼らに向かって駆け出した。打ち切りマンガの最終回にも似たやけくそ感漂う叫び声が、何とも哀れみを誘った。しかしそれは言わぬが花だろう。というかそんなことを彼女達が聞いたら泣いてしまう。
それはともかくとして、彼女達の戦いは始まったばかりだ。
彼女達の未来に幸あれ。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
誤字報告毎回本当にありがとうございます!




