第11話 バッドラック・グッドガール②
◇◇◇
ネリーは超絶急いで身支度を整えると、食事もかき込むようにしてすぐに屋敷を出発した。その彼女の行いに行儀が悪いと苦言を呈する人間はいなかった。それどころかメイド達は「ご飯を急いで食べるネリー様、かっこよ」と色めき立つ始末であった。
さて、普段はそれなりに冷静なネリーが、これほどまでに急ぐのには理由があった。彼女はとある劇団のファンであった。その劇団が彼女の地元で公演をすることとなり、公演日がまさに今日であったのだ。
ずっと楽しみにしてたのだ。開演後に劇場に入るなんて以ての他だ。
余すとこなく満喫したいのもあるし、遅れて入るなんて演者達にも失礼だ。
そんなわけで彼女は走った。
このまま何事もなければ問題なく公演に間に合う。
それは彼女が気を抜いたときであった。
彼女の眼の前で、果物をたくさん乗せた籠を持った女性が通行人にぶつかり籠をひっくり返した。彼女の足元に果物が転がった。
「大丈夫ですか?」
放ってはおけなかった。ネリーはすぐさま果物を拾い集めると、女性へとそれを返した。彼女は「ありがとうございます」と感謝を述べる女性に「気にしないで」とだけ答え、目的地に向けて駆け出した。
まだ大丈夫。まだ余裕はある───なんて考えてると、向こうから馬車がきた。にも関わらず注意力のない子供が、それに気付かずに馬車の前に飛び出した。
「きゃあぁぁーー!!」
それを目撃した女性が悲鳴を上げた。
その場にいた全ての者は小さな男の子の無惨な姿を幻視した。
けれどその場で馬車の前に飛び込み、男の子を抱き抱えた者がいた。
ネリーだった。
「ふう」
彼女はホッとして胸をなでおろすと、呆然とした男の子を地に下ろした。男の子はようやく自分が死ぬとこだったことに気付き、目に涙を浮かべ、泣き叫ぼうと───
「泣かないで。大丈夫だから」
彼女が男の子の頭をグリグリと撫でると、不思議なことに涙が引っ込んだ。
「それじゃあね、これからは気をつけるんだよ」
ネリーは泣いて駆け寄った男の子の母親からのお礼を辞すると、再び駆け出した。
「まだ、大丈夫。まだ大丈夫なはず」
などとネリーが独りごちたが、そんなのはもうフラグでしかなかった。
「ポチーーーー!! 待てぇぇーー!」
地球でいうハスキーのような大型の犬が全速力でこちらへとダッシュし、さらにはそれを追う飼い主が見えた。
「あぁーー! もう! なんでこんなぁ!」
ネリーは叫びながらも───すれ違いざまに大型犬をなめらかな動きで抱きかかえると、勢いを殺すことなく、やってきた飼い主へとパス───最短行動を取ったのだった。
やっぱり今日は駄目な日なの?
普段から間の悪い彼女であるが、定期的にとびきりに運の悪い日が訪れる。それはジンクスのようなふわふわとした感覚ではあるが、これが中々に侮ることの出来ない感覚であった。
朝飛び起きてから感じてた感覚はまさに不運の日の感覚であった。彼女は気付かない振りをしてきたけれど、こうして次々と障害が現れると、否が応でも認めざるを得ないのだった。
その後も、宿屋の看板に風船を引っ掛けた子供のために風船を取ってあげたり、眼の前で転げたおばあちゃんを抱き起こしたり、ひったくり犯を捕縛したりとハプニングは起こり続けた。
けれど、その全てをRTAばりの最短行動で解決してきたネリーは何とか、舞台の公演前に間に合ったのだった。
しばしネリーは肩で息をし、呼吸を整えると「よかったぁ、間に合ったぁ」とこぼし、劇場に足を踏み入れようとした───そのとき、三人の少女が見えた。
「見つかった?」
「だめ! ここまでの歩いた場所を見たけどない!」
「私も……見つからなかった」
「もう始まっちゃうよぉ」
「失くしたのは私だから、二人は先に行って」
「三人で行こうって約束してたじゃない!」
「けど、どこにもないし……当日券はもう売り切れてるし……」
ネリーは頭を抱えた。
絶対に見たくないシチュエーションであった。
このわずかなやりとりだけで、彼女達三人がどのような状況に陥ってるのかわかってしまった。
このままだと彼女達三人は、三人揃って劇場前で立ち尽くすことになるだろう。
最悪だ。
最悪だ。
本当に最悪だ。
だってこんなのを見せられたら───
「ねぇ、君達」
ネリーは内心で涙をこぼしたが、それをおくびにも出さずに三人の少女へと笑顔を向けた。
悲しげな三人がネリーへと顔を向けた。
「私ね、今日の舞台を観に来たのだけど、どうしても外せない用事が急に出来ちゃって……良かったらこのチケットを使ってくれない?」
ネリーの申し出に、三人は歓喜の表情を浮かべ何度も感謝を告げると劇場の中に入っていった。彼女らのその姿を見送った。
「あー、楽しみだったんだけどなー」
仕方ないかー、仕方ない、うん、仕方ない。
自分を何とか納得させるべく、心の中で呟いた。
そして彼女はトボトボとその場から歩き出した。
「お嬢ちゃん」
当初は自分が呼ばれているとは思わなかった。
「お嬢ちゃん」
周囲には自分だけだ。
声の方に顔を向けると、そこには先ほどネリーの前で転げ、彼女に抱き起こされたおばあちゃんがいた。
「見てたよ。本当にまあ、貴女のような人がいるんだねぇ」
そう言うと、彼女は眦を下げたのだった。
「貴女はさっきの……?」
「先ほどはありがとうね。急いでたみたいで、礼もロクに出来なかったから困ってたのよ。また会えて良かった」
「別に大したことじゃありません。お気になさらず」
「その"大したことでないこと"を出来る人間ってのはそれほど多くないのよ。それに貴女は今も……でしょう?」
おばあちゃんは、少女達三人へとチケットを譲った一連の場面を見ていた。その上で、彼女へと声を掛けた。
「これはね、お礼……というわけじゃないのだけれど」
彼女はネリーへと一枚の紙を渡した。
そこには───
「これは……チケットじゃないですか……しかも、VIP席!!」
こんなのもらえませんと急いで返した、ネリーであったが、おばあちゃんはそれを受け取らなかった。
「遠慮せずに受け取って。大丈夫よ、私はチケットなんて必要ないから。途中まで一緒に行きましょうか」
行くってどこに?
ネリーの頭に疑問が浮かんだが、おばあちゃんの意志は存外硬く、ネリーの手を引きずんずん先へと進んだ。
彼女は入口でチケットを見せ、おばあちゃんについていった。
「ここでいったんお別れ。また終わった後で話しましょう。
お嬢ちゃんは存分に楽しんでね」
おばあちゃんはネリーをVIPルームまで連れて行くと、自身は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋へと入っていったのだった。
◇◇◇
何だか不思議な気分であったが、決して悪くはなかった。
ずっと楽しみにしていた舞台だし、それはもう感激のし通しであった。普段のキャラからは想像がつかないが、内心ではきゃあきゃあと歓声を上げてもいた。
ネリーは、舞台が終わり席を立つと、こんなこともあるんだなぁとしみじみと感じた。さて、帰ろうとしたとき、あのおばあちゃんが再び彼女の前に現れた。
彼女と話をしていく内に驚愕の事実が判明した。
何とあのおばあちゃんの正体は、劇団の所有者兼プロデューサーであった。ネリーは彼女に再び連れて行かれ、演者達と握手をしたり、サインをもらったり、挙げ句打ち上げに参加したりと夢のような時間を過ごすこととなったのだった。
しかし、それもこれも、このあとのおばあちゃんからの申し出に比べると些細なことだ。
宴もたけなわ。打ち上げが終わる頃に、ネリーはおばあちゃんに外へと連れ出された。そこで彼女はネリーの目を見て言った。
「ネリーちゃん、うちで役者やってみない? 貴女なら、絶対に活躍出来ると思うのよね」
まさかの言葉にネリーは発すべき言葉を見つけられなかった。
不意に、驚きと共に視野が開けた気がした。
そうだ。
ネリーは、封印迷宮を護るという役目から開放されたのだ。
今や彼女は、何にだってなれる。
ここから先の彼女の未来は、彼女自身の選択に委ねられた。
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