第10話 バッドラック・グッドガール①
これまで出番の薄かった彼女のお話です
◇◇◇
聖騎士ネリー・バーチャス。
彼女がどのような女性であるかを人に尋ねると、多くの者は、強く逞しく、かっこよく、まさに王子様を体現したような人物だと答える。
およそ、女性を表すには首を傾げるような表現が並ぶが、これは何も大袈裟な表現ではない。
薄茶のベリーショートに、中性的な甘いマスク。加えてアシュリーにも並ぶほどの身長に、スラリとした均整の取れたその肢体には、誰もがほうと息を飲んでしまうほどだ。
また彼女が王子様などと比喩されるのは、何も身体的な特徴からだけではない。彼女の仕草や口調がどことなく、育ちの良い貴族男子を彷彿とさせるからだった。またそういった外見や振る舞いをする彼女は、困っている人を見ると放ってはおけなかったりする。
例えばこれは先日の話だ。彼女は道端で転んだ女性を見つけるやいなや、「お嬢さん、大丈夫?(イケボ)」と声を掛けて、手を取ったのだった。助けられた女性は、たったそれだけでメロメロである。周囲の視線が自分に向いたことにネリーは頬を赤くしたが、その場の老若男女全ての人間が自身のことを『かっこいい……まるで物語の王子様だわ(トゥンク)』と思っていたとは夢にも思わなかった。
しかし、やはりとも言うべきか、人間は不思議なもので、外見と内面が一致しないということは多々あったりする。
王子様然としたネリー・バーチャスであるが、彼女もまさにこの類の人間であった。
外見、声、仕草、振る舞い───そのいずれもが女性を蕩けさせるほどに見目麗しい彼女は一見すると、悩み事など何もなく、何でも出来そうであるが、実情は全く異なる。
大抵の場合に彼女は、内心で泣き言を漏らし、悩み事に直面するたびに頭を抱えていた。実際の彼女はネガティブ気質な人間と言えるかもしれなかった。
そもそも彼女がネガティブになるには、大きな理由があった。
その理由というのは彼女の図抜けた運の悪さであった。
何故だか分からないけれど、彼女はとにかく不運な女性であった。何が不運かと言えば、そもそもこの国の聖騎士職に就いたことが大きな不運である。それならばアダムやアシュリーも同様ではないかと思われるが、彼女の不運さは聖騎士職ということに目をつぶってもなお、アシュリー達とは一線を画すものであった。
今日はそんな彼女の一日を見ていきたい。
◇◇◇
ネリー・バーチャスもアシュリーと同様に、アルカナ王国から聖騎士として立派な屋敷が与えられており、そこには厳選された使用人達が雇われている。
しかしアシュリーが屋敷でお嬢様扱いされてるのと逆で、ネリーは一部の身近な使用人以外からはさる高貴な王子様の様な扱いを受けていた。厄介なことに彼らには悪感情は全く無く、それどころかネリーへの強烈な思い遣りを感じるほどであった。
そういったわけでネリーは、彼女の屋敷内では、その扱いの種類は別にして、とても大事にされているのであった。
その日は、屋敷の使用人達の思い遣りが裏目に出た。
ネリーががばりとベッドから身を起こすと、すぐさま頭上に置いてある時計を見た───瞬間、血の気が引いた。
完全に遅刻であった。ベッドから飛び降りて、適当に身支度を整えると勢いよく部屋を飛び出した。
遅刻───これが一つ目の不運であった。
ここ最近のメイドや執事達使用人は、ネリーを起こそうとはしない。《封印迷宮》との激戦を終え、お役目から開放された彼女は、これからは幸せに生きて欲しいという彼らの願いによって甘やかされていた。そういった状況で彼らは少しくらい寝過ごしたところで微笑ましく思うくらいで、ネリーを起こすことはないのだ。
そこですかさず二つ目の不運。
ネリーは部屋の前を通り掛かったメイドと衝突した。
倒れ込みネリーに押し倒される形となったメイドは、衝突した相手が主であるネリーだと認識すると「ももももうしわけありません」と謝罪をしたのであった。しかしそこは真摯なネリー。
「大丈夫、私の不注意だから。怪我はない?」
メイドの手を引っ張り起こし、心配の声を掛けた。
「あああ、ありがとうございます!!」
メイドはぐるぐる眼で頬を赤らめ謝罪した。
けれど、ネリーにとってはそれどころではなかった。
「ごめんなさい! 痛かったら診てもらって」
ネリーはそう言うやすぐさま、バタバタと走り出した。
こうして慌ただしくも不運な彼女の一日が始まるのだった。
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