第7話 あるいは不可逆性レゾンデートル①
◇◇◇
《力の迷宮》攻略後、喜んだのも束の間のこと。
迷宮から帰宅すると、街の入口辺りで、パーティメンバーの二人の少女が神妙な顔を浮かべて、何かを確認するかのように、互いに頷き合った。
そして、聖騎士の少年───イチローへと顔を向けると、
「イチロー、明日は休みましょう」
聖女ミカがガシっとイチローの肩を掴んだ。
「何だよやぶから棒に」
「確かに迷宮攻略は大事ですけれど、最近私達も少し根を詰め過ぎている気がしまして……ここらあたりでお休みを取ってもいいのではないかと思います」
「珍しいな、ミカが率先して休もうだなんて」
「あら、私も休みに賛成よ。最低一週間は取りましょう」
アンジェリカがミカに助け船を出した。
イチロー少年も、思うところがあったのか、しばし視線を上に向けると、一つ頷き「わかった! そうしよう!」と同意したのだった。
これまでに聖騎士パーティの彼らは様々な功績を残してきた。
当初はイチローとミカの二人だったパーティは《鏡の迷宮》を攻略し、プルミーたっての願いでアンジェリカを加えることとなった。
三人となったパーティはさらに極短期間で、超高難易度迷宮である《光の迷宮》を攻略すると、破竹の勢いで《力の迷宮》までもを攻略してみせた。
そんな中、ここ数ヶ月の間、聖騎士パーティの中心人物であるイチローは、ほとんど休むことなく訓練するかあるいは、闘い続けていた。
だからミカとアンジェリカは、ただ本人が休みたいという理由から休日を申し出たのではなく、そんなイチロー少年に対する思いやりから、休日を申し出たのだ。
◇◇◇
ミカは《光の迷宮》探索前に加わったアンジェリカとウマがあった。それというのも、そもそも彼女は口下手で、自己主張がそれほど強くなく、長い聖女生活ですっかりと感情表現が苦手な少女となっていた。教会で聖女の仕事をこなすときも、鉄面皮だとか冷淡だとか、陰口を叩かれているのを聞いたのは一度や二度ではない。
そんなミカだからこそ、積極的に友好を図ろうとするアンジェリカとは、相性がばっちりであったのだ。
彼女達が仲良くなるには、それほど時間を要さなかった。
そして、既にこのときには、互いが互いに、イチローには話せない悩みごとなどを話し合えるようになっていた。
この日も、そうだった。
アンジェリカがミカの部屋に訪れ、二人で軽く杯を傾けた。
「イチローは?」
「もう寝てると思います」
「そりゃそうか……疲れてるでしょうし」
「ええ……」
「ここまで本当に、頑張ってきたもんね」
「そう……ですね。頑張ってきましたね」
いつも前線で身体を張って戦う彼を思い、二人はしばし黙り込んだ。
「ねぇ……」
先に声を掛けたのはアンジェリカだった。
「どうしましたか?」
「明日は二人で遊んできなさいよ」
イチローにも当面差し迫った用事がないので、朝一番で捕まえたらアンジェリカの言う通りに、二人でお出掛け、もといデートが出来るはずだった。
「二人でだなんて───」
ミカはその言葉に反応し、顔を真っ赤にさせた。
彼女の脳裏には、あの日の出来事が蘇ったのてあった。
◇◇◇
それは《鏡の迷宮》を踏破したその日の夜のことだ。
彼女はイチロー少年に、約束していた通り、己の心に秘めていた思いの全てを伝えた。
すると彼も、ミカに対し同じ気持ちを抱いていると告げてくれた。彼らは相思相愛であった。
だから二人は思い思いにくちづけを交わした。
イチローだけではく、ミカの鼓動も早鐘を打つかのようにとんでもないスピードとなった。
おいおいただのくちづけだろ? などと言うことなかれ。
恋愛偏差値40の少年と、純粋無垢の象徴と言われた聖女のくちづけだ。ピュアもピュア。そんじょそこらのピュアさではない。
彼女達二人共が恥ずかしさで顔を真っ赤に染め、悶え死ぬところであった。
その翌日。
互いの思いを確認し、キスをしたからといって二人の何かが劇的に変化したわけではなかった。けれど、その日から彼らの頭の片隅には、漠然とした、けれど確信にも似た、これからもずっと一緒に過ごすんだろうという未来予想図が広げられていたのだった。
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