第3話 アシュリーの休日①
◇◇◇
聖騎士アシュリー・ノーブル。
元《封印迷宮》の守護者の一人である。
かつては民の平和を護るためと、《是々の剣》を護り続けた彼女であったが、《封印迷宮》そのものが消滅し、貴族籍をいただいた今の彼女は、毎日毎日書斎にて必死に勉強を続けていた。
「お嬢様、そろそろお休みになられた方が」
「もう少しだけ待ってくれ」
このやりとりももう何度目になるか。
アシュリーの屋敷で働く者は、先代のノーブルの頃から勤めている者も少なくなく、彼らはアシュリーが幼少期からお嬢様と呼んで憚らなかった。辛い役目を背負った彼女を彼らが一丸となり支えていたのであった。
今現在、聖騎士の義務から解き放たれ貴族となった彼女にも、もちろんささやかながらではあるが、小さな領地を運営する役目があった。
けれど、仕方ないとはいえ、アシュリーの領地運営はかねてより彼女に仕えていたユストゥスと、国から彼女の元に遣わされたヨハンという二人の男性によってほぼ全てが行われていた。
悲しいかな彼女の出来る仕事は少なく、いつも歯痒い思いをしているのであった。だからこそ、彼女は一刻も早く、領地運営に携われるようにと根を詰めて無理をしていた。
それを見守る屋敷の者達が、幼少期から見守ってきたアシュリーのことを心配に思うのも仕方のないことであった。
それから数日後のことだ。
相変わらず書斎にて缶詰になっているアシュリーにとうとうユストゥスが告げた。
「お嬢様が休まなければ、屋敷で働く者達が休めません」
彼らの宝であるアシュリーはいつ休むのだと、ユストゥスをはじめとする屋敷の者達はみな心配していた。けれどいくら待てども一息吐く気配すら見えない。痺れを切らしたユストゥス氏が、みんなの代表として強硬手段に出たのであった。
だからもちろん彼のセリフは額面通りのものではない。このように言えば、屋敷の者を家族のように大事に思っているアシュリーなら素直に言うことを聞くだろうと思ってなされたものだった。
アシュリーもそれに気付かぬほど鈍感でもないし、彼らの意見を受け入れないほどに頑なではなかった。
彼女はユストゥスや屋敷の者達一人一人に謝罪と感謝を告げ、一週間の休養を取ることになったのであった。
◇◇◇
アシュリーは幼少期より聖騎士職を受け継ぐべく、厳しい日常を送ってきた。齢十三から聖騎士となるも、激しい鍛錬に加えて、先代より引き継ぎし《是々の剣》を護るという義務があった。さらには聖騎士たる彼女に挨拶に伺った者達を出迎えるという仕事があった。
アシュリーにとって、幼少期から今に至るまで、自由な時間というものはごくごく限られていたのだった。
だから彼女は自分の部屋のベットであぐらをかいて独りごちた
「うーむ。どうやら、私は時間を持て余しているようだ」
彼女はどのように休めばいいかわからないのだった。
枕元に置いてあるクマのぬいぐるみの手を取ると、抱きかかえた。
「ねー、クマンダ。私はどうすればいいのかなー?」
アシュリーは、クマンダの頭部に頬をぴったりとくっつけ、どこか甘えるように尋ねたのだった。
この姿を誰かに見られたら死ぬ! というほどにはアシュリーにとってトップシークレットな姿であった。
「『アシュちゃんには、何かしたいことはないの?』だって?」
んー、とアシュリーは天を仰いだ。
彼女の趣味は、かつて自分を慕ってくれた令嬢達が持って来てくれたドレスを着用し、一人お披露目会をすることであった。
けれども、令嬢達が姿を見せなくなってから久しく、ドレスを見る度に胸に何かが込み上げるので、彼女は首を振った。
「『アシュちゃんはドレスを着ること以外には何が好きなの?』」
ほとんど街に行くことのないアシュリーは読書が好きであった。
彼女は本を読む度に、主人公やヒロインに自分を投影し、物語を追体験していたのであった。
「本が好きなんだけどなー、もう全部読んじゃったし」
アシュリーは忙しさにかまけて新しい本の仕入れを忘れていた。
だからといって、今から本を見繕ってくれとお願いするのも───
「そうだ……良いことを思いついた」
これまで我慢していたのだ。
少しくらいならハメを外しても差し支えあるまい。
彼女は、来るその日に思いを馳せた。
「クマンダ、私は久し振りに街に出ようと思う!」
愛するクマンダに向けて宣言したのであった。




