第2話 パフィ推しの憂鬱
◇◇◇
「此度の件はまさに人災。大変でしたね」と先んじて言われた。
「その節は大変ご迷惑おかけしました」と頭を下げた。
けれど、駄目だった。
「姫様のお気持ちはわからんでもないのですが、私達にも護らねばならないものがあるのです。しばらくは中立で、ことの動向を見守らせていただきます。それは姫様もわかってくださいますよね?」
もうどれだけ、出向いたか。
王族である彼女が直接伺ったけど、今回も成果は一つも得られなかった。対談相手との話し合いは徒労に終わった。そこにはかつてはあったはずの信頼関係はなかった。彼の謝罪を受け取るという言葉も額面通りの物ではなかった。
もう何度目になるか、正気を失っていたあの日々がどれほど罪深いものであったかを再び突きつけられた。相手の貴族家から出て、馬車に乗ると、パフィは顔を両手で覆った。
○○○
パフィ・アウグステラ・フォン・アルカナ。
かつて王国には多くの彼女の支持者がいた。
何かあった際に、それが正しいと彼女が判断した場合、彼女の権力や知恵を貸す代わりに、貴族側もパフィが必要なときに彼女を支持し、支援するという互いにフラットな関係であった。
それはお互いにWin-Winな繋がりと言えたが、人間はそんなに単純なものではなかった。彼女の支持者とされる多くの貴族は表面上ではWin-Winな関係の維持に努めていたものの、彼女の知恵や知識のみならず、王族特有の気品のある振る舞いや、穏やかで心優しい性格や、一見するだけで心奪われるほどの見目麗しさなどに惚れ込んだ、ある種ファンのような存在であった。
要するに、彼女は多くの支持者から熱烈に推されていたのであった。
必ず彼らの期待に答える誠実な彼女と、彼女に惚れ込んだ貴族達───そこには何人たりとも介入出来ない深く固い絆があったのだった。
しかしそれも過去の話。
やはりここでも、人間というのはそんなに単純なものではなかった。
理知的で楚々とした、彼らの偶像たるパフィ姫が、熱病に浮かれたように勇者にぞっこんとなり、以前では考えられないほどの愚かな行動を取り始めた。
彼女からの多方面への金銭的な援助の申し出もその一つだ。
それだけでなく、これまで上手く関係を続けていた貴族からの手助けの要請を無下にしたりと、その変貌ぶりは凄まじいものであった。
それでも、彼らはやきもきしつつも、一刻も早くパフィ姫が正気を取り戻してくれるのを待った。けれど、いくら待とうとも、その片鱗が見えることはついぞなかった。
そうして、ついに彼ら支持者たる貴族の代表者が、意を決して、姫に提言する運びとなった。けれど、結果は最悪。
パフィ姫は、愚にもつかない戯言を放ち彼らの提言を一蹴したのであった。
そういったことが何度か続くと、その話はあっという間に彼らの間に共有され、徐々に彼女の支持者は数を減らした。
可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある。
熱烈な支持者であった貴族達は、彼女の度重なる愚かな振る舞いに対して、彼らの持っていた熱意を反転させたのだ。
もちろん、表立って批判はしないけれど、それでも何度謝罪されようが受け入れるつもりはないという鉄の意思が、彼らの心中にどかりと座していたのだった。
パフィはあの日からもう何度目かになる溜め息を吐いた。完全に癖になっていた。支持してくれていた者一人一人へと頭を下げて回ったものの、どうしても彼らの態度は硬い。
当然だ。自分はそれだけのことをしてしまったのだ。
それに、彼らに誠意をみせるためには、謝罪だけでは足りない。彼らから受け取った金銭を返済し、かつてパフィが無視した彼らの問題に着手する必要があった。
しなければならないことは数え切れないほどにある。
自分は本当にやりきれるのか?
このまま帝国や聖王国の貴族の元に送られるのではないか……。
彼女の胸中に不安が頭をもたげた。
けれど、そのとき、己の腕に嵌められた腕輪が目に入った。
彼から貰った腕輪であった。
見ているだけで、彼から励まされている気がした。
それに───
「あたたかい」
彼女は呟いた。
あの日、砕け散った聖剣の欠片の一つはパフィの胸に残っている。彼女が苦しくなると、いつもその欠片が熱を、勇気を、優しさをくれる。イチローが側にいたときに感じていた、心を包むような暖かさであった。
一頻り、その感覚に浸ると、パフィは明日への気力を得て、自分に出来ることを、一つ一つやるしかないと再確認したのだった。
◇◇◇
その翌日、アルカナ王国で勢力を拡大しているとされた三つの盗賊団が一夜にして完全に壊滅したとされる一報が、国を駆け巡った。
そして、それを為した人物は、パフィ姫お抱えの探索者とも報じられ、早朝にそれを耳にしたパフィは、己の耳を疑った。
けれど、すぐさま、事態を把握した彼女は、己の部屋へと駆け出した。彼女は、腕輪を掻き抱いて堪えきれない涙を流し、声をあげて泣いた。
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