第15話 竜宮院王子と《時の迷宮》
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勇者である竜宮院に《時の迷宮》を踏破させると言ったところで、彼の実力が伴わなければそれはただの空言であった。
別の実力者を同行させるとしても、ただの足手まといを連れて行く意味は、竜宮院に対する罰以外には何もなかった。
もちろん、多くの者が新造最難関迷宮踏破のための探索を大義名分にし、彼を死地に追いやりたいとは思っていた。
それでももう一人の少年の「彼を生かして罪を償わせてくれ」という頼みは、どうしても無下にすることは出来ず、とりあえずは彼の少年と同じく一月という期間の訓練を課し、それを終えた後に、当初予定していた《時の迷宮》へと送ることとなった。
しかしレアスキル《成長率5倍》とは言え、一ヶ月で何とかするにはそれこそ山田一郎が乗り越えた訓練と同等のものをこなす必要があった。多くの者が検討を重ねた結果、勇者竜宮院にも、山田一郎の時とほぼ同様の訓練が課されることとなった。
捕縛されてから竜宮院は大人しくなった。
しかし、それはやはりとも言うべきか、彼のお得意の猫被りであり、反省からなされたものではなかった。
訓練をしっかりと受けたのも、初日だけであった。と言ってもその初日ですら、半分も終えてない状況で彼は気を失い、強力な回復魔法を掛けられても目を覚ますことはなかった。
そう、みなさんは既におわかりだろう。
彼お得意の仮病であった。
残念ながら彼には、演技の才能があった。
つまり目を覚まさない(フリの)彼に、シスター達は、心配し何度も回復魔法を掛け続けていたことになる。
彼は愚かであった。
バレないわけがなかった。
早々にバレた彼は、一週間を待たずに反省の様子なしとされ、厳しいお仕置きを受けることとなった。
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「やめてぇぇぇぇぇぇーーーー!! どうしてぇぇぇーーー!」
その日、王都にあるクラーテル教大聖堂にて勇者竜宮院の悲鳴が響き渡った。彼が訓練を始めてからちょうど一週間が過ぎたときであった。
「誰かぁ、たしゅけて、ひろいころしないれぇぇぇぇーーーーーー!」
彼は助けを求めたが、助ける者は誰もいない。
「【節制の戒め】」
王城で竜宮院を絡め取った光が、再び彼を襲った。
「ひゃめれぇぇぇぇぇぇぇーーーー!」
既に性欲を封じられた彼の一日の楽しみは、その日の食事のみであった。しかしそれも───
「リューグーインくん、君もバカだねぇ。僕はやるといったらやるんだよ。君は本日を以て、最低限度の食事しか出来ない。前も言ったかな? これはもう解除出来ないからね」
あーあーうーうーと咽び泣く竜宮院にギルバートが嗤った。
「節制の世界にようこそ」
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しかしどれだけ罰を課されようが、勉強であれスポーツであれ趣味であれ、これまでに一度たりとも努力したという経験もなく、山田のような根性もない竜宮院には、彼と同等の訓練をこなすことは不可能であった。
それは訓練も残り二週間となった頃であった。
あの一件を切っ掛けに枢機卿を辞し、竜宮院担当の大司祭として王都に残ったギルバートを中心にした複数の教会関係者や、マディソン達は竜宮院の処遇について今一度話し合いすることとなった。
話自体は、ギルバートが円滑に進めたためにすぐに終わった。
結論から言えば、ギルバートが責任を持って、禁忌とされるアイテムを使用するということで話はまとまったのであった。
◇◇◇
翌日から竜宮院の首には黒い首輪が装着された。
首輪はギルバート達によって竜宮院専用にカスタムされたワンオフアイテムであった。
首輪には三つの石が嵌め込まれていた。
それぞれの石は、異なる効果を持っていた。
一つは恐怖心を完全に取り去る効果を持ち、もう一つは疲労を感じなくする効果を持ち、最後の一つは強烈な高揚感をもたらす効果を持つ石であった。
彼は訓練になる度に、ギルバート謹製の黒い首輪を装着されるのだった。
「やめて、それはいやだ、いやだぁぁぁ」
首を振って嫌がる彼を抑え、屈強な男が首輪を装着させると、竜宮院はその都度まるで別人のようになった。
それはもう本当に別人のようであり、誰かが「いけっ! リューグーインッ!」と命じると勇ましい雄叫びと共にモンスターの群れに飛び込むほどの勇敢さであった。
ただ、ギルバート謹製の首輪は効果絶大であったが、恐怖心を取り除き、高揚感をもたらすといった効果が、竜宮院や彼の対応に当たった者に不幸をもたらした。
首輪の効果によって怖いものなしのテンションアゲアゲ状態となった竜宮院は、訓練中に周囲の人間に対し、イケイケに暴言を吐きつけ、その結果さらに一つの戒め───【勤勉の戒め】を追加されたのであった。
そうこうして竜宮院はようやく、当初よりさらに追加された二週間を含む、六週間の訓練を終えた。
そして、最後の締めくくりとして『決して《時の迷宮》の探索から逃げない』という一方的誓約魔法を与えられ、死んだ瞳で城を発った。
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そのあと彼は《時の迷宮》を探索するためにレモネに戻った。
その頃には、城を発ってからある程度の時間を経ていたため、彼は元気を取り戻すと共に、彼本来の傲慢さが顔を出し始めていたことに、教会からのお付きの司祭は頭を抱えた。
また、彼によって起こされた事件は、スキル等の詳細は語られなかったものの、それでも彼の功績の全ては偽りであり、権力のままに全てを自分の都合のいいように捏造し、他者を陥れることで、それらを己の功績であるかのように誇示していたと発表されていた。
竜宮院に対して、そもそも悪印象しかなかった街の住人にとって、それでも我慢していたのは彼が救国の勇者だからであった。
それなのに彼の功績の全ては偽りであると公表されたのだ。
レモネには未だに、彼の愚行によって傷つけられ立ち直れていない人も大勢いた。
真実を知った街の人にとって、竜宮院は、もはや勇者などではなく、敵でしかなかった。
竜宮院が街に着くやいなや、「早く出ていけ!」という罵声を浴びると共に、彼の頭部に向けて、石が投げつけられることも当然の出来事であった。
◇◇◇
竜宮院はレモネ近郊の小さい町───というより村に住むことになった。村を拠点にしつつ、《時の迷宮》を探索しようというわけであった。といっても竜宮院だけが、教会から派遣された司祭と共に村で過ごし、竜宮院と組む予定のメンバーはレモネを拠点にすることとなった。「どうして僕だけ! 君達もこの村に住むべきだ!! 仲間だろ!!」などと不平を漏らしひと悶着を起こした彼であったが、大本の原因は己の過去の所業であった。
国から集められたパーティメンバーであったが、レモネでの竜宮院の話を聞くにつれ、彼に対し大きな悪感情を持つことになった。
そんなこんなで戦う以前に、もはやパーティは崩壊寸前であったが、彼らも国から集められるだけのことはあり、何とか気持ちを堪え、何とか竜宮院と共に頑張ろうと決めたのだった。
しかし、その決意も最初の探索で終わることとなった。
切っ掛けは、やっぱり竜宮院であった
六週間の訓練を終え少しは出来るようになった竜宮院が、実力差も分からずにSランクで固められたパーティメンバーを扱き下ろし、バカにし、彼らから何度も何度も諭すように言われた連携を、自分の実力を過大評価し、無視したのだ。
それを咎められた彼は「もしかしてお前らは冷や飯食いの既に終わった冒険者なのか?」「僕はここを踏破して返り咲くんだ」「だからやる気のないやつはここから立ち去れ」と悪態を吐いた。
初探索はパーティメンバーがぐっと堪えることで終わったものの、翌日彼ら全員が「リューグーインは背中を預けるにたる人物ではない」としてパーティを辞した。
◇◇◇
竜宮院のお付きの司祭からギルバートに報告がなされ、どうしたものかと悩んだ結果、すぐさま竜宮院の住む村へと教会から厳しい表情の男性が一人送り込まれた。
彼の目的は、竜宮院お付きの司祭にとあるアイテムをいくつか渡すためであった。
一つは逃走不可能な迷宮ボスとエンカウントした際に迷宮から脱出出来る宝珠であり、もう一つは、とある発明家によって作られたが、未だに情報統制が敷かれている瞬間移動装置───その小型版であり、最後の一つはどんな敵からも攻撃を仕掛けない限り見つかることのないローブであった。
◇◇◇
翌日から、竜宮院と姿を隠したお付きの司祭の二人での《時の迷宮》探索が始まった。
見張りや《誓約魔法》や【勤勉の戒め】によって彼は完全に退路を絶たれていた。
しかしいざ《時の迷宮》に潜ってみるとどうだろう。
前回と同様に、初めは調子が良かった。
まだ一階層ということもあり、敵の数も少なく、敵の強さ自体も大したことはなかった。
問題は───
「入るぞ」
竜宮院は自惚れていた。
前回失敗したときの自分とは違う。
あれから地獄の訓練(王城にて)を潜り抜けた。
そんな自信と共に、竜宮院は一階層のボス部屋の扉を開けたのだった。
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竜宮院を背負った司祭が命からがら村で発見されたとき、圧倒的な死の恐怖から竜宮院の髪は白髪となり、装備はズタズタに切り裂かれ、その胸から一本、腹から一本の計二本のミスリルの槍が生えていたという。
それから、現在に至るも、彼は未だに一階層をクリア出来てはいない。
だからか全てを放り捨てて、逃げようとした結果、誓約に引っ掛かり、村の外で気絶した竜宮院が何度となく発見されたそうだ。
最近では、彼は夜になり眠りにつく度に、叫び声を上げては目を覚ます。そしてしばし呆然としたかと思えば、やがては「槍が」「剣が」「見えないよぉ」「速くて」「怖いよぉ」「ごめんなさい」「限界突破ァ」「限界、突破ぁぁ」「限界突破限界突破限界、突破ぁぁぁ」「駄目だぁ、助けてぇ」「誰か助けてよぉ」と呟き、しくしくと泣くのだそうな。
何というか……俺からのコメントは控えさせてもらう。
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