第8話 パフィ・アウグステラ・フォン・アルカナ③
先日夕方に更新してますので
まだの方はそちらを先にお願いします
◇◇◇
こそこそと仕事の合間を見ては、パフィは聖騎士の少年の訓練を見に行った。
彼の姿を見る度に、侍女達の言い分は正しかったのだと、何度となく再確認することとなった。再確認……? それでも彼女は自身の高鳴る気持ちがどういったものなのかを、正確に把握出来ずにいた。
図書部屋で彼と過ごすのは一日に二時間程度であった。調べ物がなくても用事があるのだと言い訳し、時間を見計らっては、足繁く図書部屋に通った。
それまで私用で時間を使うことなんてことは、魔法の研究時間くらいだった彼女が、である。
彼と共に過ごす時間が、彼女にとって何物にも代えがたいものとなるまで、それほどの時間を要さなかった。
当初パフィの質問のほとんどは、向こう世界の物や文化や風俗などといった一般的なものであったが、一週間も過ぎると、彼女の質問の内容は、徐々に、聖騎士の少年本人のものへとシフトしていった。
どのような生活をしていたか。どんな食べ物が好きだったか。逆にどんな食べ物が嫌いか。
他愛のない話題であるが、パフィはそれが楽しみで仕方がなかった。
パフィは日毎に、彼のことを知った。
妹がいること。過保護気味な両親がいること。
祖父母を尊敬していること。
お天道様に顔向け出来るように心掛けていること。
この少年がどこまでもお人好しであること。
知れば知るほどに、彼のことが気になって仕方がなかった。
その日パフィは、ねぼけ眼を擦りながらも、必死に机に齧りつく彼を見ていると、慮る気持ちが頭をもたげた。
手を抜こうと思えば、多少は抜けるはずの状況にも関わらず、彼はちっとも手を抜こうとしない。
回復魔法を何度となく受けたとは言え、訓練での疲れも蓄積されているだろうに、彼は一切の弱音を吐かない。
パフィは彼のことを理解し始めていた。
彼が頑張る動機もはっきりとわかっている。
彼が訓練に勉強にと、常に全力で頑張っていたのは、彼がいつも言っていたように家族のためであることは間違いなかった。
けれど、それだけでないことも、彼女にはわかっていた。
彼の心の内には、同じく召喚された勇者と共に元の世界へと帰還してみせるという強い決心があった。
強いなぁと思った。
そして───もっと近付きたいと願った。
◇◇◇
彼女の魔法の研究は専門家達の間でも、一目置かれていた。
現在進行系で進められており特に目を惹く研究が二つあった。
一つは、魔法の発展が不自然なほどに遅延している原因を解明する研究であり、もう、一つは瞬間移動装置の開発であった。
パフィは少年に向こうの世界の物語をねだることが多かった。
その都度、彼はしばし考えると、得意げに様々な話をしてくれた。寓話に、冒険譚に、恋愛物語に、推理物。どれもパフィの好きな話であり、聞いたことのない話ばかりであった。
どの話も、パフィにとっての宝物であったが、それでも、それでも、心の中で、静かに、けれど最も強く輝き続けた話は、鶴が助けてくれた若者に恩返しをする物語であった。
涙を流すほどに、感情移入したパフィは、その話を聞いた日に、互いに「パフィ」「イチロー」と呼び合うことにした。
またその日、彼女はとある決意をしたのだった。
その日からパフィは、自身が取り掛かっていた瞬間移動の魔導具もとい魔導機器を必ず己の手で開発してみせるといっそうの意気込みを見せた。
そして、彼女の決心ととある願いを込めてこの魔導機器のことを《鶴翼の導き》と名付けたのだった。
もし一瞬で遠距離の場所へと跳べる《鶴翼の導き》が完成し、改良が加えられていけば───
「いつかは、イチロー、貴方の世界にも行き来できるようになるかもしれません」
今はまだ、とんだ空想話だと笑われるような話であったが、彼女の決心はダイヤモンドの如き硬さであった。
「たとえ貴方が、向こうの世界に帰ってしまおうとも私は───」
その日から、パフィは夜になりベッドに横になる度に、自分とイチローの二人で、彼の住む向こうの世界に行き、楽しい時間を過ごす姿を夢想し、眠りに落ちた。
あれから時は過ぎ、彼女の抱いた輝かんばかりの願いや想いの全ては、遠い遠い過去のものとなった。そして、あの日彼女が思い描いた夢は、もはや泡沫となり、淡く浮かび、弾けて、消えた。
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