第7話 パフィ・アウグステラ・フォン・アルカナ②
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王族としての才に恵まれたパフィであったが、それ以上に魔法の研究に関する才には類稀なものがあった。
彼女の専門は、その道の賢者とされるアンジェリカとは多少分野が異なっており、魔術理論そのものや、魔法具や魔具などのアイテム開発がメインであった。
基礎研究と応用研究のどちらも一流にこなす彼女は、その分野の研究の世界で、競合とされる者達から、一目置かれる存在であった。
魔法の研究に加えて、アルカナの姫としての公務と、召喚者に関する情報収集や、これからの彼らのための支援の準備など、彼女の生活は多忙を極めた。
そんな状況であったので、聖騎士の少年と顔を合わせたのは彼が召喚された翌日のことであった。
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召喚当初、勇者はどこかの国の美しい貴族の様な見目と言われ、城内で働く多くの女性が彼のファンとなった。
しかし、召喚当日からとある貴族の世話となり、好き放題に過ごす彼に対し、多くの者は幻滅し、それでも彼を肯定し続けたのは、勇者の肩書きに釣られた夢見がちな女性か、勇者を利用しようとした打算的な女性かのどちらかであった。
逆に、聖騎士の少年の見目は、派手でキザな勇者に比べると多少地味で、どこにでもいそうな少年であった。
しかも彼は、訓練をするとなっても、剣どころか木剣すらも握ったことがないという。それに、動物を殺めたことはもちろんなく、生物を傷付ける行為にも慣れていないようであった。彼が人に向けて木剣を振る行為を躊躇うのを見て、多くの者は、本当に彼は信頼に値するのかと懐疑的になった。
彼の訓練風景を思えばその感情もわからなくはない───躊躇っては打ち込まれ、打ち込まれては這いつくばり、這いつくばったかと思えば立ち上がり、叫び声をあげて木剣を構える。
数日を経ても彼は、木剣を振るうようにはなったものの、いつも泥に塗れて、傷だらけであった。
それでも何とか、複数人のシスターによって何度も何度も回復されることで、文字通り、一日の内の大半を訓練に費やした。
凄惨とも言える彼の訓練内容に、シスターや侍女が悲鳴を上げて気を失ったという話を聞いたのも一度や二度ではなかった。
しかし、そんな聖騎士の少年であったが、風向きが変わるのにそれほどの時間はかからなかった。それは何も、彼の技術が上達し、肉体が鍛えられたからではなかった。
ボロ雑巾のように倒れ伏しても、幾度となく立ち上がり、立ち向かう、決して諦めない彼の姿が、多くの者の胸を打ったからだ。
初めの頃は、回復役の中でも彼の回復を自ら申し出て、熱心に介抱したのはシエスタという女性だけであったが、それが一日が過ぎ、二日が過ぎ、時を経るごとに、一人、また一人と彼の回復役を自ら買って出た。そして、五日が経った頃にはおよそ全てのシスターが進んで彼へと回復魔法を施した。
それどころか、訓練場の入口付近には、多くの侍女が見物に現れ、「聖騎士様ー! 頑張ってくださーい!」と声援を飛ばす姿も見られたのだった。
パフィ付きの侍女によると、聖騎士の少年を応援する者は「意志の強そうな瞳が良い」だとか「普段の彼とのギャップが良い」と主張しているらしかった。
気が付けば彼を応援する者の中に、マディソン宰相までもがおり、訓練を見ながら目頭を押さえていたという噂がまことしやかに流れたりもした。けれど、パフィが聖騎士の少年と初めて出会ったのは訓練場ではなかった。
二人が初めて出会ったのは、王城内にある図書部屋であった。
気が触れるような訓練に明け暮れていた彼は、驚いたことに睡眠時間を極限まで削り、図書部屋でこの世界の一般常識や地理などのこれからの探索者生活に必要な知識を学んでいたのだった。
先に話し掛けたのは、パフィからであった。
ただ、彼女も、勇者の件があって以降、同じ召喚者の聖騎士の少年ももしかすると彼と同じ様な人間性かもしれないと身構えていた───というより恐れている部分があった。しかし、それは全くの杞憂であった。
聖騎士の少年は勇者とは全く異なる人物であった。
彼は理知的で理性的であった。
パフィが召喚したことについて謝罪すると「貴方はあの場にいなかった。貴方は関与してないのでしょう?」と返答された。
責められても仕方ない状況だと思っていた。
自分が彼の立場ならどうだったか。
はたして彼の様に振る舞えただろうか?
パフィ姫が彼に興味を持ったのは、何も不思議なことではなかった。
はじめは一言二言の挨拶であったが、時と共に、日数を経るごとに、「何を学んでいるのか」とか「向こうの世界ではどうだったか」などの疑問を投げ掛けると、ぽんぽんと小気味良く返事がなされた。
それに気を良くしたパフィは、奥ゆかしさも忘れ、少年へといくつもの質問を投げ掛けた。
こちらの常識は、向こうでは全く通じない。
竜もいなければ、首刈り兎もいない。
魔法もなければ、剣を所持しただけで逮捕される。
全ての国民は、学習の機会を与えられ、多くの者が同じ教室で、机を並べて学ぶ。
それはまるで物語の世界の様であったが、間違いなく存在する世界であった。そして、この優しくも意志の強い少年はそこで日々を過ごし、生活していたのだ。
世界は限りなく広く、自分のちっぽけな想像力では到底及ばないものは確かに存在するのだ。それをパフィは改めて知り、それと共に少年への気持ちを強いものとしたのだった。
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