表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

287/357

第6話 パフィ・アウグステラ・フォン・アルカナ①

竜宮院の処遇のくだり少しだけ変更しました。

能力は一時的な上昇でした。

永続だといったな、あれは嘘だ









◇◇◇



 彼女───パフィは聡明であった。

 それは何も知能を指しているだけにあらず、彼女のアルカナの姫としての美しくも奥ゆかしい振る舞いとその性格をも指す。


 外見的な素晴らしさに、思いやりや謙虚さなどの美徳を備えた彼女は、国内外の貴族をして称賛以外の評判がなかったほどであった。

 

 聡明な彼女は幼少期より、自身のおかれた立場をはっきりと理解していた。

 彼女の記憶の中の自身は、いつだって注目の的であった。

 誰もが彼女の一挙手一投足に視線を注いだ。彼女の仕草と立ち居振る舞いに息を飲むほどに感動を覚えた者も少なくはなかったが、それとは別に彼女の揚げ足を取ろうとミスを待つ視線も無視出来ないほどにはあった。


 しかしそれらは彼女の王族としての立場と切り離せないものであった。王族とは国の権威であり、象徴であり、たとえ子供でもその軛から逃れることは出来ない。


 パフィは納得し、受け入れてもいた。

 だけど、ほんの少しだけ彼女は疲れていた。


 彼女は、自身を籠の中の鳥と揶揄するほど卑屈ではないけれど、それでもどうしても拭うことの出来ない息苦しさを感じてしまっていた。


 しかし自然と、これまで口にしてきた食事、与えられた素晴らしい教養、寒さや暑さを感じることのない住居、その身に纏った最高級の衣服や装飾などの、決して一般の民が手に入れることのできないそれらが、何に由来するものなのかが思い起こされた。自らの感じる息苦しさは、この国や、歴史、そこに住む民達に失礼極まりないものだと思った。いや、思ってしまったのだった。


 思うだけなら自由なのに。

 考えるだけなら自由なのに。

 真面目で真摯な彼女には、それがわからなかった。


 そして彼女は、決して表には出さないものの、というよりも、本人自身は気付いていないけれど、これから続く長い人生に絶望していた。


 これまで通りに美しくも聡明であるパフィ・アウグステラ・フォン・アルカナを勤め上げ、機を見て、折を見て、もっとも収穫高が大きくなったときに、王家と貴族の結びつきを強靭にするためにどこかの貴族の元に降嫁するか、あるいは国同士の友好の証に他国の王子の元へ嫁ぐか───どうしようもなく変えることの出来ない現実が、彼女の前に圧倒的リアリティを伴い大きく横たわっていたのだった。






 そんなパフィであったが、自分が自分でいられる時間があった。それは読書をしている時間だった。


 探索者の冒険譚が好きだった。自由な彼らが知恵と勇気を武器に、危険に立ち向かう姿にドキドキわくわくしながらページを繰った。また異世界から転移してきた者によって描かれた推理小説なるジャンルも大好きだった。自身の知的好奇心を存分に満たしてくれる知的ゲームとも言える物語には強い充足感を覚えた。

 その他にも彼女は、様々な伝記や、ノンフィクションなどと多種多様な物語を嗜んだ。


 けれど、一番好きなジャンルは市井(しせい)の女性の間で流行っているもの───もっと厳密に言えば恋物語であった。

 

 俗だという輩もいるために、内密でこっそりと信用出来る者を遣いに出すことで、彼女はそれらを手に入れたのだった。


 遣いから新しい本を渡されるた日などは、彼女は早く物語の世界に浸りたくて、一日中そわそわしていた。


 それでも完璧に振る舞った彼女は、父や母などの親族にすら見破られることはなかったけれど、頭の中はまだ見ぬ恋愛話のことでいっぱいであった。


 数々の恋物語の中でも、彼女の一番のお気に入りの本があった。

 何度も何度も読まれてページを繰られたそれは、決して明言されないものの、彼女のバイブルと言って差し支えのない本であった。


 その内容は、彼女自身が赤面してしまうほどに陳腐な、『召喚されし勇者と姫の恋物語』であった。




◇◇◇




 マディソン宰相と共に、召喚反対派であった彼女が召喚の事実を知ったのは全てが終わったあとであった。


 父であるアルカナ王は、マディソン宰相の不在を画策した賛成派閥筆頭の弁の立つ者に、召喚の魔導具を使用出来る期限が迫っていると突き付けられた上で、『彼らの力は素晴らしいモノがあります。国を危険から救うためにも是非了承してください』『ここで貴方が頷かずに被害が拡大し、多くの者が命を落とした場合、取り返しがつきませんよ』などと唆され、召喚することを了承した。


 彼女は、その事実を耳にしたとき、目眩と共に足元から崩れ落ちる感覚を覚えた。詭弁だ。どうしてこの世界の者の力を信じないのだ。どうして、全く関係のない者に危険を冒させるのか。


 父の元におもむくと、彼女はこれまで上げたこともない大声で、彼を責めたのだった。


 しかし、それも全ては手遅れであった。


 全ての事態は動き出し、転がり始めていた。

 召喚されし二人は、勇者と聖騎士という極レアな職業を得て、召喚に居合わせた多くの者は『これで我が国は安泰だ』と息巻いていた。


 それに、彼らが帰るには二十年を待つか、《願いの宝珠》を手に入れるかしかなく、それを何としても手に入れたい彼らは新造最難関迷宮への探索を受け入れていた。


 彼女に出来ることは、彼らを支えることだけであった。




◇◇◇




 あまりにもはしたない感情だと己をたしなめたけれど、召喚されし勇者と、物語の勇者とを比較してしまった。

 何度か目にした勇者は、だらしのない人物であった。

 物語の中の勇者とは、真逆の人間である。


 勇者は、召喚賛成派閥の中でも有力な家の者からの接触を喜んで受け入れていた。そこで彼は大層ちやほやされて持て囃されているという話を耳にした。

 城内での噂ではあったが、勇者の少年は、まるで身持ちを崩した探索者のように、まだ日差しの強い時間から大酒を飲み、与えられた女性との行為に耽っているという。


 けれど、パフィはそれが真実だとも感じていた。

 王城の廊下にて、何度となく、パフィは勇者と遭遇した。

 彼が隣を通ったときに、彼の身体から発せられた臭いと共に、毎回自分へと向けられる性欲の籠もったじとりとした粘り気のある視線に、パフィは部屋に戻ると、強い恐怖心と嫌悪感から、自身の震える身体を掻き抱いたのだった。



 しかし、その恐怖心も次第になくなった。

 切っ掛けは、聖騎士の少年との出会いであった。


 パフィの瞳に映る聖騎士の少年は、どれだけ、倒れても立ち上がる不撓不屈の魂の持ち主であり───彼の瞳はいつだってキラキラと輝いていた。




 

 






 

 





最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』

と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。

みなさまの応援があればこそ続けることができております。

誤字報告毎回本当にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] パフィからしたらイチローこそ本に描かれた勇者であって、恋い焦がれた思い人だったんかな。 聡明だからこそ自分では無い自分の記憶と行いに自分が許せないのだろう。 願いの宝珠の使い方決まって来…
[気になる点] 今の所パフィが聡明っていう設定がしっくりこない。 だって、拉致られ、半ば強制的に死地に行かされ、何度も裏切られたあげく実際に死にもし、自分達が招いた竜宮院(厄災)の処理までやらせた男に…
[良い点] ようやくパフィの回、彼女がどんな考えを持ってたか、どんな葛藤を抱いていたかがわかる。 [一言] 召喚賛成派のしたことは、自国の姫君の品位を地底の底まで沈めた、自分の国を盛り上げるどころか徹…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ