第5話 still in…
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ノックをしたけど反応がなかった。
中には確かにパフィの気配がある。
困った……というより心配になった。
宰相さんに命じられて案内してくれた教育係(?)のおじいちゃんはそう命じられたからか、俺を案内するとすぐにこの場から下がってしまっていた。
はしたない、なんてのは俺からは程遠い言葉なんだぜ、などと嘯きながらノックを繰り返し「パフィ、俺だよ。開けとくれよ」「大丈夫、俺だよ」と、都市伝説の怪異の様な声を掛け続けた。
しかし、うんともすんとも言わない状況に、もしやこれは一秒を争う事態なのではと考え、ドアを破壊して侵入すべきだと結論付けた。南無三……などと心の中で呟いていると、ガチャリという音が聞こえた。
「イチロー、」
先程からそれほどの時間を経てないにも関わらずに、彼女は一気に憔悴したように見えた。
「パフィ……」
どう声を掛けるべきか……。
俺の心を見透かしたように彼女が先に声を発した。
「よろしければ、部屋に入ってください」
恐れ多いとか、行儀がとか、礼をとか、そんな理屈は全て吹っ飛んだ。ここで、パフィと話さなければ、彼女は泡になって消えてしまう───そんな予感があった。
パフィに勧められるがままに席につくと、彼女が頭を下げた。
「イチローには、あまりにも多くのことでご迷惑をお掛けしました。この通りです。申し訳ありませんでした」
親しくなった女性からの謝罪は四回目であった。
何度謝られても、馴れないし、これからも馴れることはないだろう。
「私は、これから、どうするべきでしょうか……」
顔を上げたパフィがぽつりと発した。
「全てを失ってしまいました」
「パフィ、全部悪い夢だったんですよ。だから───」
どこか虚ろな表情の彼女は、俺の言葉を遮った。
「財も、名誉も、信頼も、夢や希望も、」
一つ一つ、再確認するように彼女は呟いた。
「そして───との未来も」
しかし、それも掠れてしまい、もはや声にはなっていなかった。
「イチローは相変わらず、優しいですね。これまで貴方を蔑ろにしてきた私を、貴方は責めやしない。その優しさにホッしてる私は、やはりどこまでもあさましい人間なのでしょう」
「パフィ、そんなことはない。全ては竜宮院のせいだった。だからもう気に病まないでくれ」
「いいえ、あれは勇者様のせいだけでは、ありませんでした。記憶は全て残っております」
「けどそれは竜宮院のスキルで、」
「スキルで正気を失っていた───確かにその通りです。けれど、私は、どうしてもあの日々のことを思い出してしまうのです……」
パフィが頭を抱えるように蹲った。
「私はどうしたらいいのでしょう。ああ、私は本当に醜い女です。だって今でも、全てを忘れられるのなら恥も外聞もなくそうしてしまいたいと思っているのですから」
パフィの瞳からつつと涙が溢れた。
「三日に一度の彼からの連絡だけを生き甲斐にし、生活の全てを彼のために費やし、彼の声を聞くだけで天まで登るようだったあの日々は───悪夢です」
気丈に振る舞っていたパフィはついには堪えきれなくなり「ああ、あああ、ああ」と声にならない声を上げて涙を流した。
「これはもう、どうしようもないことです。失われた過去です。取り戻すことは出来ません。
信じてください………嘘ではありません……本当です……本当なのです……私は、私達のために戦いに赴く貴方を、全力で支えようと思っておりました」
あり得たはずの時間を思う。
俺は、ミカと旅に出る。そこで時折、パフィと連絡を取り、弱音を吐いたり、彼女に励まされたかもしれない。激戦から帰った俺は、よしと意気込んで《連絡の宝珠》越しに、彼女に思いを告げたかもしれないし、ミカにからかわれて悶えたりしたかもしれない。
そして、旅に一段落を付けて王城へ戻った俺の胸へと、彼女は飛び込んだかもしれない。
「それなのに……どうして、どうして私は───」
彼女は、答えの出ない問いを発した。
俺も、彼女も、ここではないどこかを想った。
「私は喜んで、貴方のことを悪し様に罵りました」
泣きながら、どこか笑うようなパフィの表情に胸が痛かった。
「先程だけのことではありません。私は、勇者様と連絡を取ると、必ずといって言いほどに、彼と一緒になって貴方のことを貶しました。そのときの記憶が、記憶がどうしても───」
パフィの慟哭だった。
「私は貴方に───」
放ってはおけずに俺は彼女を抱き締めた。
小さな身体だった。
「消えてしまえるなら消えてしまいたかった。けれど、私はアルカナの姫で、消えることも許されない。他国へこれ以上の醜聞を広げるわけにはいかない。国内にしても、これから、私達のせいで、多くの貴族は罰を受け、教会もパワーバランスが崩れ、恐らくはお父様も引退に追い込まれるでしょう」
彼女が幼子のように俺にしがみついた。
「パフィ、聞いてくれ」
涙で濡れた顔を俺の胸に埋めた。
「もう、取り返しがつかない。貴方のことも、何もかも、」
彼女の震える手が俺の肩をぎゅっと握りしめた。
「パフィ、頼むから聞いてくれ」
どれだけ月並みな言葉だとしても、俺には俺のこの気持ちを、今にも消えてしまいそうな彼女へと、伝える義務があった。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
よくよく読み直して色々と考えたら何だか「あーこいつ何かアレだわー」となったので多分竜宮院の限界突破関修整すると思います……
恐らく一時的なものだった的な感じになります
修整の多い作品だけどお許しください!




