第3話 明日へ③
○○○
ミカが訥々と話し始めた。
「私は、ヤマダ様と最後に会ったあの日以降、色々と考えてしまいどうしても宿から動き出せませんでした。そんな私のもとにオーミ様が訪ねてくださいました」
「オーミ? センセイがミカの所に?」
センセイは気まぐれな猫みたいな性格なので、ちょっと目を離した隙に姿を消したりする。逆に、気が付いたときにはどこから現れたのか、いつのまにか一緒に食卓を囲んでいたりする。
猫の妖怪か何かかな? 本当に何なんだあの人は……と、それは置いといて、ここのところ彼女は頻繁に行き先も告げずにどこかに行っていたが───
「そうですね。その"オーミ様"です」
「それはまたどうして……?」
疑問が口をついたが、よくよく考えればわかった。
センセイは苦しんでいる人がいたら見過ごせない人だ。
「オーミ様は、私の部屋に訪れると『やらんといかんことがある。外に出て手伝ってくれ』と仰られました。それが、私を外に連れ出すための方便であるとはわかってましたが、本当に足繁く来られましたので、私は彼女に付き従うことを決めました」
イタズラ猫のように『ω』みたいな口で『くっふっふ』と笑うセンセイの姿と、そんな彼女に根負けしておずおずとついて歩くミカの姿を想像した。俺はそれだけでどうしてか急に胸がいっぱいになってしまい、上手く言葉が出なかった。
「ついていった先でオーミ様は、ボルダフの教会の方々と一緒に炊き出しをされてたり、今回の戦いで傷を負った方の治療をされてました」
そうだよな。センセイはやっぱりそういう人だよな。
「彼女の眩しい姿に、私も動かなければと思いました。けれど、これまでの記憶が、私を苛みました。かつてヤマダ様から何度言われても動かなかった私は、彼の勝手な都合と思惑で、行って来いと命じられたときにだけ、心を置き去りにしたままの、形だけの奉仕活動をこなしていました。
そんな恥知らずな私が今さら、と思うと怖くなってしまい、どうしても足が竦みました」
けれど、とミカは言葉を続けた。
「オーミ様が、そんな私を見かねて、私の手を引き仰ってくださりました。
『主が悩もうが悩むまいが、多くの者には関係ない話じゃ。極論主がおらんでも世界は回る。けど、だからといって、それが主があそこで困っておる者達を助けてはならん理由にはなりはせんだろ』」
言葉通りの極論だ。
どこか、突き放した言い方に聞こえるが、考え過ぎてしまい身動きの取れなくなっていた彼女には単なる慰め以上に、それくらいの言葉の方が良かったのだろう。
「吹っ切れた、とはまた少し違いますが、こうした経緯がありまして、その日以降、私はずっと奉仕活動をさせていただいてます」
「良かったよ。本当に良かったよ」
私財をはたいて食費を無くすほどのバカは生まれてこの方ミカしか知らない。こんな話を聞けば、多くの者は呆れるだろう。
けど俺は、彼女の過ぎたるほどの他者を慮る精神を心の底から尊敬していた。
「泣いているのですか?」
───泣いているのですか?
あの日の彼女がフラッシュバックした。
もう、駄目だった。
「どうして貴方が……どうか、泣かないでください」
困った顔のミカが、取り出したハンカチで俺の目頭を拭った。
「泣いてねーよ。アレルギー的なあれだ」
「イチ───ヤマダ様は、あの頃から変わってませんね」
ミカは涙を浮かべ、それでもころころと微笑んだのだった。
それから四人で半刻ほど話した。
三人は《封印迷宮》で別々になった後の話を聞きたがった。
俺も、彼女達があの後どのように踏破に寄与したのか、聞きたかった。けれど時間は無慈悲だった。
俺達に残された時間は、少ない。
それは何も、この時間だけを指しているわけではない。
じゃあまたな、と今ここで互いに背を向ければ、アンジェともミカとも、もう会うことは出来ないだろう。
だから俺は───
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