第34話 グリッター
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竜宮院のわがままが何とか収まったのを確認し、アルカナ王が咳払いを一つし、そのバリトンボイスを発した。
「ふむ、よろしいかな?」
彼は階下の俺達へと視線を向けた。
「まずは、遠路はるばるここまで来ていただいた貴公らに感謝の言葉を伝えたい。特に辺境のボルダフからこの場に訪れた者達は本当に大変だったことだろう。ありがとう」
その視線は、俺達一人一人へと向けられた。
功績を労う側である彼もまた、そこで居住まいを正した。
許して欲しい。ワープで一瞬でしたとは口が裂けても言えなかったよ……。
「それでは、今より、此度の件に尽力した者達の功績を讃えたい」
彼の言葉に、この場にいる多くの者に緊張が走った。
アルカナ王の声がさらに重いものとなった。
「《封印迷宮》の存在は人類最大の憂いであり、その討伐はアルカナの、ひいてはこの世界の悲願であった。それを為したそなたらは、まさに英雄と言えよう」
バリトンボイスが王の間に響いた。彼の言い回しや態度はどこか芝居がかったものであったが、為政者特有のそれは、大袈裟というよりは立派だという印象が強かった。
「まずは、アルカナ王国を護りし三人の聖騎士───アシュリー・ノーブル、ネリー・バーチャス、アダム・アロガンス、貴公らには、その功績を讃える前に感謝を述べたい」
その姿勢のまま、三人は居住まいを正した。
「またそなたたちを含めた、封印を司りし歴代の聖騎士にも感謝の言葉を述べたい。これまで長きに渡って国を護ってくれたこと、その気高き精神を私は誇りに思う。本当にありがとう」
王が両の肘掛けを握り、座ったままではあるが、頭を下げた。
今回の招集には少なからず貴族だっている。彼らは、王が頭を下げたことに、ガヤガヤと沸いたのだった。
しかし、それに構わず王は続けた。
「それでは───《頷きの鎧》を護りし聖騎士アダム・アロガンス。そなたは有名クランの者達に、適切なアドバイスを送ると同時に、自身も先頭を切って敵の殲滅に当たったと聞く。そなたがいたことで随分と士気が上がったとも耳にした。もしアダム・アロガンスという人物がいなければ、この戦いはもっと苦しいものになっていたことだろうことは想像に難くない。
これらの功績を以て、アダム・アロガンス───そなたには、男爵としての爵位と、その働きに見合うだけの金を授ける。
また、これまでそなたが護ってきた《頷きの鎧》は、アダム・アロガンスその人へ、授けよう。
これを以てそなたが、国家の一大事には、先んじて立ち上がってくれることを心より願っておる」
サガにも負けない巨体の聖騎士アダムが「ハッッ!!」と声を張り上げた。彼の両の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
「次に《把握の盾》を護りしネリー・バーチャス───」
次いで王はネリーの功績を讃えた。
アダムのときと同様に王からの賛辞に、ネリーは厳かな面持ちで「ハッッ」と声を上げ、その賛辞を受けた。
そしてついに、最後の聖騎士であるアシュリーの番となった。
「《是々の剣》を護りし聖騎士アシュリー・ノーブル。そなたの話はかねてより耳にしていた。民から愛される聖騎士として、な。そして今回は、封印から漏れ出たモンスターの討伐を果敢に行うのみならず、敵の本丸たる迷宮へと率先して足を踏み入れたと聞く。また迷宮内部では、未知の強敵を前に、一歩も引くことなく相対し、それを滅ぼした。そなたは、優しさと勇猛果敢さを兼ね備えた聖騎士であり、この国の誇りだ」
アシュはキリッとした表情を浮かべていたが、その目端に涙を堪えていたことに気付いた。けれどそれは言わぬが花であろう。
「これらの功績を以て、アシュリー・ノーブル───そなたには男爵としての爵位と、その働きに見合うだけの財を授ける。
また、そなたがこれまで護ってきた《是々の剣》はアシュリー・ノーブルその人へと、授ける。
私は、これから先、万が一アルカナ王国に危機が訪れた際、そなたが真っ先に立ち上がってくれると確信している」
アルカナ王は、本件の中心人物たる三人の聖騎士を讃え終わった。するとマディソン宰相が王に代わり指揮を取った。
「さて、今回はいつにも増して、多くの者が、そして組織が、事態の解決に奔走したようだ。このまま続けても良いが、アルカナ王国を救いし英雄達を跪かせたままというのはあまりよろしくはないだろう。そういうわけで、一度皆の者には立ってもらい、配置した人員に従い、後方で並んでもらおうか」
なるほど、全体の功を労い、メインの三人の聖騎士の功労を讃えたことで、一段落着いたからか。単純な話ではあるが納得出来ない者もいた。竜宮院だった。彼は厳粛な雰囲気を無視し「聖騎士って!! 山田と同じ職業じゃん!!」と嘲る様な声を上げた。
マディソン宰相は、その態度をじーっと観察しているようであった。けれど言葉にはせずに、段取りを続けた。
「これより、アルカナ王から名を呼ばれし者は、前へ出よ」
俺達が後方で並び終えたのを確認したアルカナ王が、功労者である探索者や、その組織の長の名を呼び、次々と彼らの功績を発表し、讃えた。そこにはもちろん、プルさんや王国騎士団長もいたし、アンジェの実家や、オルフェの所属するクランのマスターもいた。有名どころつつがなく呼ばれ、ついには俺の番がやってきた。
「では、流浪の探索者ヤンマー・D・ロウ」
マディソン宰相が俺を呼んだ。彼のじろりとした視線を感じた。俺が受けた報告が正しければ、彼もまた、どちらが正しいのか、見極めようとしているのか。
「そなたは、聖騎士アシュリーと共に《封印迷宮》の殲滅に尽力し、数々の強敵を屠ったと聞いておる。またそなたがおらねば、これを為すことが不可能であったことも聞いておる。そなたの功績はこれだけに留まらない。そなたはバーチャスにて、プルミーと、彼女の率いる多くの戦士と共に、巨大な龍を滅ぼしたそうだな。これに関しても、貴殿がおらねば、被害は際限なく拡大し、その討伐は到底成し得なかったと、多くの者が言うておったそうだ」
竜宮院の視線が俺に向けられた、ような気がした。
「これまで、その名を聞かなかったことから推測するに、貴殿はどこか他所の国から流れて来たのではないか? などと尋ねるのは無粋なことか」
アルカナ王がくくっと笑った。
「是非とも、その仮面の下の顔を、勇敢な顔を見てみたいというのも私のわがままなのだろうな」
俺は「いえ、」とだけ答えた。
「また今後アルカナ王国に危機が訪れたときに、その解決に力を貸してはくれまいか? この通りだ」
彼は、俺へと頭を下げたのだった。
アシュリーのときとは比にならないほどのざわめきが起こった。
どこの馬の骨とも分からない探索者如きに───というのが騒ぎの理由であった。当然と言えば当然であった。けれど、だからこそ俺も、彼に対し中途半端な返事は出来ない。
「私は、私の思うようにしか動きません───」
ここにきてざわめきは喧騒に変わった。
「けれど、私は、私の愛すべき隣人が傷付いたとき、それを黙って見ているような利口な人間にはなりきれない。
これが、私の答えです」
俺の返答に、彼は満足した様に頷いた。
「その返事で私は満足した。
それでは、ロウには、この度の働きに応じた金と、宝物庫に存在する国宝の一つを与えることとする」
深く礼をし、俺は元の位置へと戻った。
その後も続けて多くの者がその功績を讃えられ、この場に呼ばれた全ての者の順が終わったのだった───ただし竜宮院王子と三人を除いて。
「それでは、此度の《封印迷宮》に関する、顕彰を終えたい」
しかし、アルカナ王が告げた。
「えっ?」
竜宮院の声が静寂に響いた。
彼は「え、どうして? 僕は?」「ねぇどうなってるの?」などとミカやアンジェに尋ねた。彼女達は沈黙を守り、また、アルカナ王も、竜宮院の反応を無視し、言葉を続けた。
「引き続き、勇者リューグーインオージ、そして勇者パーティの三人にかねてよりの疑惑の真偽を問いたい」
竜宮院は事態を理解出来ず、呆気に取られた間抜け面を浮かべた。
「えっ?」
そして、困惑の声を再び上げたのだった。
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