第32話 sub / objective
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「やあ、パフィ! 僕を出迎えてくれたのかい! 僕の方こそ、君に会えぬ寂しさから、どれほど眠れぬ夜を過ごしたことか……」
「ああ、なんて嬉しいお言葉を……勇者様ぁ」
竜宮院の大仰な身振りと明らかな御為ごかしに、パフィはさらに表情を蕩けさせ、彼をさらに強く抱きしめた。
その様子に、満足したのか竜宮院が、「うんうん」と頷いた。
誰かが俺の背を、赤子をあやすよう優しく叩いた。
センセイであった。
大丈夫。これくらい、今までを思えば。
「そう言えばパフィ、最近送金してくれる金額が少ない上に、今月分を貰ってないんだけどどうなってるんだい? まあ、僕の才覚があるから、人類を救うための旅に掛かる出費は、何とかやりくり出来てるんだけど」
竜宮院の言葉に微かな険を感じた。
それは間違いではなかったようで、彼はパフィに背を向け一歩二歩と歩き出した、かと思えば勢い良く振り返った。
そのときの彼の表情は邪悪の一言に尽きた。
「あー、パフィの愛情もこんなもんか。まぁ、それならそれで、別に構わないよ。僕は僕で生きるから、君は君で生きればいい」
「ご、ごめんなさい! 何とか工面しようとしたのですが、」
「あきれた」
竜宮院が追いすがるように伸ばされたパフィの手を払った。
「今、僕は言葉を失い、唖然とした。
僕が嫌いなものは言い訳だ。それなのによりにもよって僕に対して『しようとした』だって? 出来なければそれはしていないのと同じことだ」
「勇者様! お金は近い内に何とか用意します! ああ、ああ、どうすれば、どうすれば私の気持ちをわかってくださいますか?!」
パフィのセリフを聞くと、竜宮院は汚らしい笑みを浮かべた。
センセイの反対側に座った彼女が、俺の手に白魚のような手を重ねた。
「なら、君とキスがしたいな。それもこの世の何よりも情熱的で、熟成させたブランデーの様に濃厚なキスを、ね」
人目を気にしてか、それともその立場ゆえか、パフィは恥ずかしげな表情を浮かべたが、意を決して返事した。
「わかりましたわ。勇者様、予定より少し早いですが、私の唇でよろしいのなら……」
パフィが目を閉じた、そのとき───
扉がけたたましい音を上げ再度開いた。
「姫様! 王族で、しかも嫁入り前の淑女が何てはしたないことを!」
教育係らしき老齢の男性が部屋へと飛び込んだ。彼は息を切らせたまま、パフィに掴みかかった。
「姫様! 目を覚ましてくだされ!」
「離しなさい! 貴方はその王族たる私に指図するのですか!」
あまりの展開に呆気にとられた。恐らく、この場にいる彼ら以外はみな言葉を失っていた。
しかし、何事にも例外はある。
ここには、生粋の脳筋がいたのだった。
「ちょっとちょっと、大丈夫?」
何気ない様子でパフィに近付いたのはオルフェであった。その瞬間、パフィがくたりと倒れ、それをオルフェが抱き抱えた。俺には見えた、オルフェの高速の腹パンが。
「姫様っ!!」
教育係の彼は声に心配を滲ませ、パフィの元に駆け寄ったが、
「使えなさ過ぎる」
竜宮院が呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
それは、オルフェも同じだったようで、
「姫さんと会ったのは初めてだけど、あなたのやってること何か気に入らないのよね」
オルフェを見た竜宮院が眉を潜めた。
「どーもー! あなたと会うのはこれで二回目かしらー? 覚えてるー?」
それは彼女に似合わない、陽気な声であった。
対する竜宮院は、顎に手を当てることしばし、何かを思い出したかのように、顔面を真っ青に変えた。
「思い出してくれたー? そぉーでーす! 《七番目の青》所属オルフェリア・ヴェリテでーす!」
竜宮院はオルフェを指を差し、わなないた。
「お前は、あのときの暴力女っっ!!」
彼の言葉に、オルフェがにこやかな笑みを浮かべた。
「せいかーい! だから、ご褒美を上げるわ」
言うや否や、力強く握り込まれた彼女の右手が、竜宮院の腹へと向かって放たれた───しかし、
「僕は、暴力が嫌いなんだ」
彼女の拳は、竜宮院を護る堅固な結界に阻まれ、弾かれた。
「痛ッッ!!」
彼は、背後のエリスに向き直り、オルフェに対する報復を───
しかし先に、クロアが指を鳴らした。
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☆《祝の指輪》☆
クロア・テゾーロ謹製の指輪。一定距離内に存在する対象人物の所持するアイテムが効果を発揮するのを妨げるアイテム。
常時発動ではなく、何らかの定められたトリガーが必要となる。今回は、クロア自身の指を鳴らす音に反応し、起動するように調整されていた。
名前は、自らを呪いから解放してくれた聖騎士への感謝の気持ちに由来する。
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「オルフェリアさん、今度は大丈夫!! もう一度やってみて!!」
「任せて!!」
オルフェリアはクロアの指示に、微塵も迷いなく間髪入れず、
「これでも喰らえッッ!!」
再び拳を竜宮院の腹へとめり込ませたのだった。
「ぐぅるえええぇぇぇぇうぐるぅ!!」
竜宮院は、奇声を上げて、身体をくの字にすると、一歩、二歩と後ろに下がり───聞くに耐えない音と共に吐瀉し、それだけに飽き足らず、ズボンの尻側をこんもりとさせた。
彼の後ろにいた美女達もこれにはたまらず、顔をしかめて「やば」「ちょっ」「え、漏らした?」「あんのクソヤロー」「もう我慢出来ない」「どうしてこんな目に」と鼻を摘んだのだった。
「勇者様ーーーー!!」
何かのコントか、またまた誰かが叫び声を上げて部屋へと、入ってきた。正体は、どこかげっそりとした小太りの男性であった。彼はすぐに異常事態に気付くと、涙目に鼻を摘まみ、竜宮院を引き摺るように、別室へと連れ去ったのだった。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
次から、ギルバートさんとか出ます、大詰め的な感じになるんですかね……




