第30話 決戦前夜
○○○
アノンやクロエ達には驚かされることばかりであった。
ボルダフから王都へ行くには、翼竜を乗り継いでも、十日近くは掛かるだろうとされていた。けれどどうもその必要はないようであった。
彼らによって先に王都に送り込まれた人員が、向こうで《鶴翼の導き》を設置し、ボルダフから王都までひとっ飛び出来るか試運転までも済ませていたのだ。
今回の大人数の移動に伴う、《鶴翼の導き》使用に必要な魔力や、魔石などの消耗品がネックと言えばネックであったが、魔力にしても俺が供給すればいいし、魔石だって腐る程あるのだから、いくらでも出してやればいい。
そういったわけで、俺達は少し余裕をもって、招集の前日の昼頃に王都へと到着(?)したのだった。
○○○
王都に着くと、既に準備していた宿に荷物を置き、ベッドに寝転がった。
あの日───パーティを抜けた日のことが自然と思い返された。
俺は彼らと共にいることに疲弊し切っていた。そんな中エリスまでもが竜宮院の元へと行ってしまい俺は絶望したのだった。
俺が生きるためには、パーティから逃げ出すしかなかった。
もちろん逃げることで多くのものを得たことも事実だ。
隠れ山やボルダフでは数々の出会いによって、かけがえのない最愛と、多くの知己を得ることが出来た。
しかし、逃げたことで失ったものも大きかった。
俺は、俺は───
目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。
空腹に気付き、宿から外に出ると、街灯の多さに舌を巻いた。
夜に関わらず、街が明るく、人々の喧騒が響いた。
そこに子供達の姿はほとんど見えず、わいわいがやがやと騒ぐ酔客の姿が目立った。多くの者が明日の活力のために鬱憤を晴らしているに違いなかった。悪くない光景だった。
ボルダフは、数多く見てきた街の中でも突き抜けて発展した街であったが、王都はそれ以上であった。
そう言えば、と思った。俺が、王都へと足を踏み入れたのは、およそ二年ぶりにくらいになるだろうか。けれど懐かしさは全く感じなかった。俺が王都で過ごした期間は、それほど長くなく一月ほどであったが、そもそも、その期間ずっと王宮で寝泊まりし、修行に明け暮れていたのだ。街を出歩いたことなど数えるくらいしかなかったのだった。
飯処を探すというお題目の元、新鮮な気持ちで王都の探索を続けた。俺は半刻ほどそうしていたか、「そろそろどの店に入るか決めねーとなー」と独り言ちた瞬間であった。
彼の背中が見えた。
何度となく見た背中だ。見間違いようがなかった。
悪趣味な衣類装飾に身を固め、周りには、複数人の美しい女性を侍らせ、手を叩き笑う姿は、何も変わらない、あの頃のままであった。
俺達が過去を思い苦しんでも彼には何も関係ありゃしない。
───師匠、私は貴方の隣にいたかった
腰に手を回した女性の頬に彼は何度もキスの雨を降らせた。
横顔が見えた。したり顔の奴であった。
繰り返したキスの最後の一撃は特に濃厚で、女性の頬に跡が残った。彼はそれを見て満足し、得意気に語ってみせた。
「このキスマークは稀代の英雄勇者たる僕からのプレゼントだ。
明日のこの時間には、既に僕は国からさらなる栄誉をいただき、上級貴族の仲間入りしてるだろうね。これで『腕っぷし』、『権力』、『金』、『栄誉』、この世界における全てのステータスがカンストしたと言えるんじゃないかな?」
彼女達が過去を後悔し涙を流したことを知っても、彼は反省なんて絶対にしない。
───私は、貴方のことが、
彼は、相変わらず彼のままであった。
俺はその事実に、どこかホッとしていた。
───全部、全部、全部、私が悪かった
変わっていてくれなくて、ありがとうよ竜宮院。
「けど、まあ、これまで僕は無知蒙昧の民を導いてきたのだから、これくらいの栄誉をもらったとしたも、当然と言えば当然……いや、少し足りないかもしれないな。その辺は明日にでもパフィに相談したらいいか」
そこで身体の震えに気付いた。それは恐怖や緊張からくるものではなかった。純粋な怒りが、俺の心の中で一瞬にして燃え上がったのだ。
お前がもし、少しでも殊勝に振る舞っていたなら、俺は明日の招集で、徹底的にお前を潰すだなんてこと出来なかったかもしれない。
けれどよ、だからこそ、そのままのお前でいてくれたことに、感謝してんぜ竜宮院。明日のこの時間にはもう、お前はそんなニヤケ面を浮かべるなんてできねーからよ。
竜宮院は貴族街の方から下りてきたのか、大勢を率いて、多くの酒場が集まった通りへと姿を消した。
俺はそれを見届け、立ちつくした。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』
『続きが読みたい』
『更新早く』と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです!
みなさまの応援があればこそこれまで続けることができました!
誤字報告も毎回本当にありがとうございます!




