第29話 稀代の英雄勇者誕生前夜
◇◇◇
キキという女性がいた。
現在の職業はさる高名な御方のために用意された娼婦であったが、この件が終わり次第たんまりといただいたお金で、仲良くなった同僚のサナリー達と何かのお店でもしようかと話をしていた。
これはそんな矢先の話であった。
ベッドで事が終わると、勇者リューグーインが汗まみれの顔で、ドヤ顔をしてみせた。この見慣れた顔に『また、始まるわー』とウンザリだった。
「僕はこれから、《封印領域》を滅した功績を讃えられるために、王都へと向かう。馬車に乗っていくとここから一週間はかかるそうだ」
「へぇーそうなんですかー! すごい! さすがですぅ!」
予想通り、いつもの彼の自慢が始まった。内心ウンザリだったキキは、これまたいつもの通り、彼を褒めそやした。
「はっは! これくらい当然のことなんだけどね! だからあまり褒めないでくれたまえ!」
言葉とは裏腹にもっと褒めろという彼の表情に、『望み通りにしてあげるわこのバカタレ!』と彼女は、ややもするとバカにしてるよね? となりかねないほどに大量の称賛の言葉を彼へと投げつけたのだった。けれど、彼はその称賛を額面通り受け取り、さらにドヤ顔を加速させた。何なんだいったいこの男は……。
しかしどうだろう、よくよく考えると、彼がこの街から離れたら、この生活とやっとおさらば出来る。彼女は内心小躍りしていたのであった。しかし人生はそう甘くはなかった。
「一週間かかる、ということはどういうことかわかるかい?」
キキの胸中に急激に嫌な予感がよぎった。
どこかの聖騎士であれば、『やべーよ! やべーよ!』と呟いただろう。
「いえ、勇者様、わかりません。よろしければこの浅学な私に、知恵を、答えを授けてくださいませんか?」
「王都まで一週間、つまりは七日かかる、ということは僕と共に王都へと向かう女性も七人必要ということだ」
彼の言葉に、キキは、何だか口の中に苦い汁の味が広がる錯覚を覚えた。
「だからね、喜びたまえ! その中の一人は君に決まったよ! キキーよ、もうヒルベルトにも君の名は伝えてある!」
キキーじゃねぇよ。キキだよダボハゼ。
っていうか、王都へと向かう馬車の中でおっぱじめるつもりなの? このバカタレ、クスリでもやってんのか?
ああ、ああ、どうして、こんなことに……。
「君は、僕の二つ名である、《稀代の英雄勇者》の原型を考えてくれた功績があるからね。部下の成果を認めるのも、上司の役目さ。優秀な上司ほど、その辺を疎かにはしないのさ」
キキは『稀代の英雄』という単語を口に出してしまったことを後悔していた。それも、過去に戻れるのなら、絶対にその単語を口にはしないと思うほどに。
「ア、ア、アリガトウ、ゴザイマス」
彼女は、まるで壊れたロボットのようにやっとのことでその言葉を発したのだった。その様子を見て、リューグーインは『ふふ、こんなに喜ばれるだなんて、勇者はつらいよ』とほくそ笑んだのだった。
◇◇◇
ヒルベルトは勇者から大人数で乗れてなおかつ、自由に動けるくらい巨大な馬車を用意しろと無理難題を出された。
彼は、ひいこら言いながら何とか彼の言う通りの件の馬車を用意してみせた。必然的に半端ないほどの高額な魔導馬車になったことに彼は臍を噛んだ。
彼の仕事はそれだけではなかった。勇者の指名した七人の女性にも声を掛け、アポを取り付けねばならなかった。中でもキキとサナリーは、勇者に指名された件を話すと、隠すことなく苦虫を百匹噛み潰したような、とても男性には見せられないような表情を浮かべたのだった。
◇◇◇
王都へ向かう初日こそ、招集の手順などについての話になった。
計画を行うにあたってヒルベルトも、その使命を果たすべく、つつがなく勇者へと様々な情報を提供する。
例えば、
「今回はアルカナ王のみならず、教皇様からも、リューグーイン様へと栄誉を讃えられるそうですよ。勲章だけでなく、貴族籍を与えられるだなんてのがもっぱらの噂となっております」
「当たり前だよ、ふへへ」
というやりとりや、
「今回の件で貢献した様々な猛者が呼ばれているそうですが、やはり勇者様が、最も素晴らしい功績を残された英雄ですね。そもそも"格"が違う。恐らく最後に名前を呼ばれ、盛大に祝われるのは、リューグーイン様に違いありません」
「何、最も功績を上げた者が最後に讃えられるのかい?」
「はい、まさしくその通りであります」
「であるならば、その役目は、僕のものになるだろうねぇ」
というやりとりをすることとなった。
また、勇者にも一つだけ懸念があったようで、
「ふむ、ミカ達は、もう王都へと着いた頃かな? 一度レモネへと足を運べと命じたんだけど、エリスは怪我の後遺症で動けず、ミカとアンジェリカは、《封印迷宮》討伐の後始末で街を離れることが出来ないと言う。そもそも彼女達の頑張りが僕のためのものであるから、あまり強く命令はしなかったんだけど。そう考えると、物分りが良過ぎることが、僕の唯一の欠点かもね。ふふ。これも勇者のつらいところさ」
などと、言っていたが、ヒルベルトは内心で一笑に付した。
何が『物分りが良すぎることが欠点』だ。
何が『勇者のつらいところさ』だ。
人から意見されることを嫌がり、すぐに癇癪を起こすくせに。
ヒルベルトは額の傷跡を指でなぞった。
それに、旅の食事だって、不自由することなく、旅の最中ですら揺れない馬車の中に幾人もの女性を連れ込み、好き放題にやってるじゃないか。彼は叫べるものなら叫び出したかった。
彼が、心にフラストレーションを溜めに溜めながらも、勇者の手綱を握り、ようやくの思いで王都に着いたのは、国からの招集前日の真夜中のことであった。
何とかここまで上手くコントロール出来たことにほっとしつつも、ヒルベルトはこの一週間で五キロ近く体重が落ちていたのだった。
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