第28話 Before The Catastrophe②
一応本日2話目になります
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プルミーと共に事情を聞いたアンジェリカは、まさに本件の当事者であった。イチローは言葉にしなかったが、彼が勇者に立ち向かうのは、恐らくは自分達のためであろうことも理解出来たのだった。
そんな彼の優しさに胸が温かくなるのを感じたが、それと同時に、彼が白い少女へと思いを告げ、口づけを交わした場面が想い起こされた。彼女は、ぶんぶんと頭を二度ほど振り、彼の力になることだけを考えろと自分を強く戒めたのだった。
それはそれとして、勇者の持つ力は依然として正体不明であった。しかし、それならその能力の正体がどのようなものであっても対処出来るように備えれば良い。この考えこそが、アノンやイチロー達の導いた答えであった。
ならば自分にも出来ることはある。
勇者の能力は、『魅了』、『洗脳』、『催眠』、『操心』、『操身』のような特殊な"力"だろう。それがスキルやアイテムによるものか、『魔眼』や『魔口』といった『原始の魔呪』の類かは不明であるが、もしそれが、前述の力ではなく勇者の用いた特殊な魔法によるものであれば、アンジェリカにも力になることが出来るはずだ。一つの方針を得た彼女は、その日から招集の日に向けて、休むことなくひたすらに己の知識と技術を磨き続けたのだった。
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辺境周辺で活躍する《旧都》と言えば、アルカナ王国の探索者であれば知らぬ者はおらぬほどの、有名なSランククランであった。
その中心的存在として、一際強い存在感を示すのはクロエとクロアのテゾーロ兄弟とされた。
彼らは、クランを脱退する覚悟を決め、その運営を信頼出来る者に任せる引き継ぎの大部分を済ませ、今現在、ボルダフにて穏やかな生活を送っているのであった。《封印領域》と言われた、大規模災害の解決に尽力した《旧都》もその功績を称えられ国からの招集対象となっていた。その代表者として、二人も参加する手筈となっていた。
そんなある日、イチローとかつて約束していたディナーを共にすることになった。ディナーと言っても、雑多な食事処であったが、探索者である彼らに思うところはなかった。
ただ、どこか緊張した様子の彼から、食事に手を付ける前に、どうか力を貸して欲しいと頼まれた。
二人に断るという選択肢はなかった。
クロエには、ただ、どのように力を貸せばいいのかという漠然とした疑問があったが、己の身内たるクロアには、力を貸せる何らかの方向性がすぐに見つかったようであった。そのことに安心して、クロエ達は食事を進めた。
三人で楽しい時間を過ごし、そろそろ店を辞するかというところで、クロアが思い出したようにマジックバッグをガサゴソと漁った。
「ロウさん、これなんだけど」
クロアがテーブルに何かを置いた。
それは幾何学模様が至るところに彫り込まれたフリスビーを二周り大きくしたような円盤状の何かであった。
「これは?」
「これは、小型化と持ち運びの両方を目指した、《改良型鶴翼の導き》のプロトタイプです」
イチローは声を失ったようだった。
彼の知っている《鶴翼の導き》のサイズとあまりにも違っていたからに違いなかった。
「希少鉱石や魔石なんかのレア材料が必要な点や、消費魔力量が異常に多いことや、その他にもリファインしなくちゃならない点は数え切れないくらいあって、これから先改良を続けたとしても、どうも一点物になりそうなんだけど……まあ、それでも何とか『プロトタイプ』と銘打てるくらいの出来にはなったかな」
クロアは専門的な話になるとことさらに饒舌になる。
えへんとクロアは胸を張ったのだった。
「今日───ロウさんに会える日に、間に合わせるために、少し頑張ってみたんだよ!」
と言っても、ボルダフに来るまでにおおよその試行は終わっていたことを、横で聞いていたクロエは知ってても言わなかった。
「おいおい、おいおい」
イチローだって、クロアが有能な開発者であることは、以前の《鶴翼の導き》のエピソードから知ってはいた。けれど、たったこれだけの短期間でこうも改良出来る物なのかという疑問が沸いた。彼は頭を振った。答えは、間違いなく否だろうと。
ただ一つ、イチローの見積もりが甘かった。
影に日向にSランククランを裏方で支え続けてきたクロアは、本物の天才に違いなかった。
とそこでイチローは何かを閃いた様子を見せた。
それが何かはわからなかったが、彼の表情に重い葛藤が見てとれた。
「いいよ、イチローさん」
声を掛けたのはクロアであった。
その声に突き動かされるように、彼はクロアに声を掛けた。
良心の咎とがめか、彼の喉がひくついていた。
「クロア、これから俺は無茶を言う。これは多分お前にしか出来ないことだ。金も、材料も、いくらでも出す。報酬も言い値で払う」
イチローの並々ならぬ様子に、クロアが鋭い表情を浮かべ、頷いてみせることで、続きを促した。
「───だからよ、俺の願いを頼まれてはくれないか?」
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聖騎士アシュリー・ノーブルに待ち受ける運命は確定された死であった。また彼女は与えられた使命から、《是々の剣》の封印から離れることが叶わなかった。
短い生を封印の維持に費やすという、悲劇的な呪縛に囚われた彼女であったが、その鎖を完膚なきまでに破壊してくれたのはイチローという青年であった。
死に瀕する危機に陥っても見返りも求めない彼の高潔な姿は、こうなりたいという彼女の理想の姿そのものであった。
彼女も、屋敷の維持をユストゥス達に任せに、ボルダフに逗留していた。生来の面倒見の良さからか《封印領域》関連の後始末をアノンや領主に頼まれた彼女はどうしても断ることが出来ず、日夜仕事に追われていた。
そうこうしてようやく、平穏を取り戻しつつあったその日、ヤマダと食事に行くこととなった。彼の、どこか覚悟を決めたような表情は、いつもより大人びて見えた。そんな彼から「力を貸して欲しい」と頭を下げられた。何でも自分一人で出来そうな彼から頼まれたことに驚き、返事が遅れてしまった。すると彼はアシュリーが返事を渋ったのと勘違いし、苦い表情を浮かべた。
アシュリーは、あわわと焦り、彼の手に己の手を重ね「私が君の助けを無下にするわけないだろ?」と伝えたのだった。
彼の話は、あまりにも摩訶不思議な話であった。けれど聖騎士職自体の評判が徐々に、しかし確実に落ちていく日々を味わったアシュリーは多くのことに合点がいった。
そして、何よりも、人伝いに聞いた彼の話と、実際の人物像がかけ離れ過ぎた。
彼は孤独の中でずっと戦っていたのか。アシュリーは彼の孤独の日々に想いを巡らせ、涙を流したのだった。
イチローはアシュリーの涙に驚き、慌てたのだった。
彼と別れ帰路に着いたアシュリーは、宿に戻るとその足で、一度自らの屋敷に戻ることを決意した。
彼女は、共にこれまでの苦役を堪え忍んできた仲間に、助力を願うつもりであった。彼らもまた、気高く、高潔な精神の持ち主であり、間違いなく力を貸してくれるはずであった。
今度は、私が君の力になりたい。
アシュリーは強く心からそう願ったのだった。
◇◇◇
「オーミ様!」
気が付くと彼女は街の人から尊敬と共に、そう呼ばれるようになっていた。これまで、ほとんど人里で目立つようなことをしてこなかった彼女であったが、彼女自身、思うところがあったのか、今回は人里で精力的に動くことを決めたのだった。
オーミは手が空くとふらりと教会に赴いた。彼女は教会での治療に無償で携わっていたのだった。機会はそれほど多くなかったが、単純な怪我から瀕死の者まで、彼女は多くの者を完全に治療してみせた。神の御業にも匹敵する偉業をこなすも、彼女は大したことはしてないとばかりに、誇ることも語ることもせずに、治療を続けた。また彼女は「ありがとうございます! オーミ様!」と感謝を告げられるも、「よいよい」「達者でな」「元気での」と軽く返し、見返りを全く求めることはなかった。
また別の日には、教会の行う炊き出しに出向き、彼女も現地のシスターと共に、大量の食事を振る舞ったのだった。
立ちっぱなしの重労働であるはずの炊き出しであるが、彼女は疲れた表情一つ見せずに、明るい表情で仕事を続けた。
そういったことが何回もあると、気が付いたときには影で彼女は「女神様」などと呼ばれていた。
そんなある日、炊き出しに訪れた彼女の隣には───
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いつまでもなくならない誤字脱字ですが
報告してくださる皆様本当にいつもありがとうございます!
これで、次から竜宮院やイチローが介するお話となります!最後までお付き合いよろしくお願いします!
 




