表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

252/357

第26話 ゲッべルスの贈り物

◇◇◇



 ヒルベルトは書斎で、パラパラと紙の束をめくっていた。

 何と言っていいものか、彼は眉間を揉みほぐした。


『貴方は《封印迷宮》の攻略に1ミリたりとも寄与していない。それどころか、《封印迷宮》の情報すらも満足に集められていない状況で、真実を語るとはどういったご要件なのでしょうか?』


 壮大で、厚顔無恥なタイトルを目にしたヒルベルトはそのセリフが喉元まで出そうになったが、瞬時に我に帰り、何とか飲み込んだのだった。


 タイトルだけでもその威力なのだ、中身全てを含めたその威力たるや常人には計り知れないものであった。


「このゴミの束、本当にどうすっぺかなーー」


 ヒルベルトは独りごちたのだった。




◇◇◇




 勇者リューグーインは自分から『読んだか?』とは聞かない。

 それは彼のプライドが邪魔するからであった。

 しかし彼はその代わりに、「ヒルベルトよ、昨日は何をしてたんだ?」などといった普段は気にも留めないことを尋ねた。

 馬鹿げたプライドだとヒルベルトは内心鼻で笑った。


「そう言えば、勇者様、先日いただいた舞台の原稿読ませていただきましたよ」


「ヒルベルトよ、どうだった?」


「素ぅ晴らしい出来でした!」


「あまり褒めてくれるな。まだ王都に行くまでに残された時間、ブラッシュアップする余地は残されてるからな」


 手放しの称賛に、リューグーインが髪をかき上げた。

 ただ、ヒルベルトには、勇者にはどうしても聞いておきたいことがあった。彼は既に、ギルバートから、この先に起こることを伝えられていた。だから、本来であれば当たり障りなく扱うはずの対象であったが少しくらい良いか、と己の興味を優先したのだった。


「この作品が広がれば、勇者様の勇姿や、お仲間方との絆を誰しもが絶賛するでしょう! それほど素晴らしい作品でした!」


 だろうだろう、と勇者が鼻を伸ばした。


「ただ、一つだけ、気掛かりな点がございます」


 たったの一言、ヒルベルトのその一言で、リューグーインの雰囲気は剣呑なものへと変化した。


「何? いいよ、言ってみろ」


「《封印迷宮》の攻略に、聖女ミカ様、賢者アンジェリカ様、剣聖エリス様が当たられたことは聞き及んでおりますが、その、」


「そこまで言ったんだ、良いから最後まで言えよ」


「リューグーイン様は、こちらレモネの街にずっとおられたと存じ上げております、けれどこちらの作品では───ぐぅっ!!」


 リューグーインの投げたグラスがヒルベルトに直撃した。


「君のことは、どうやら俺の買い被りだったようだな。俺の友人として、もっと出来る子だと思ったんだけど、とんだ見込み違いだったよ!!」


 ヒルベルトは気を抜き過ぎていた己を悔いた。


「勇者様ッッ!! この通りです!!」


 いつ癇癪を起こすかわからない勇者───放っておくと被害者を際限なく増やす彼の手綱を握るなら、気を抜くべきではなかった。

 もう、あのような被害者を出してはいけないのだ。

 ヒルベルトは、己を罰する意味も込め、五体投地の姿勢で額を血が出るほどの勢いで地につけた。


「失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」


 自分の倍もの年月を生きるやり手と言われる商人が、ただ頭を下げるのみならず、地に額を擦り付けているではないか。

 リューグーインは溜飲を下げ「ふうぅん」と鼻息を荒げたのだった。


「君の気持ちはわかった。人には誰でもミスはある。だから僕は、君を許そう。けど、二回目はないよ?」


 器の広さを演出しているようであったが、そもそも急に尋常ではないキレ方をしている時点で器の広さもクソもなかった。


「まあ、君になら僕の考えを話そう。

 あの作品と同様に現実では、僕の女達三人が参戦していた。《封印迷宮》だか何だか知らないけど、彼女達は、間違いなく僕と意見を共にする。有象無象の言葉より、僕と彼女達の言葉の方が重い。わかるかい? 僕があそこにいたと言えば僕はあそこにいたんだ。それが真実さ」


 狂ってる。ヒルベルトは喉を鳴らした。

 彼は目の前の勇者の気狂い振りを再確認したのだった。


「しかし、当然君のような人間が出てくる。それも織り込み済みさ。だから、僕は舞台をやるのさ。アルカナ王国中で、僕による僕のための脚本の舞台をね。何度もするんだ。何度も何度も。それも出来る限り、様々な街で。一度、二度じゃ、何にもならないだろう。けれど、これを百回、二百回と続けてごらん。無知な民共は、この僕の言葉こそが、ひいては彼らの目にした舞台こそが真実なのだと認識するだろうね」


 これはもうリューグーインによる一人舞台だった。

 彼は高らかに説明を続ける。


「そのためには、出来るだけ音も大きく、演出も派手にしなければならないね。なぁに、これまでの舞台でバカ共の反応は予想出来ている。見終わった彼らは喜んで、僕達の話をするだろうね。自分達の話こそが、真実を創り上げる一助になるとも知らず」


 さすが勇者様、さすが勇者様。

 ヒルベルトが何とか捻りだせた言葉であった。

 彼は、勇者リューグーインは、滅ぼされるべき存在であると再度確信を深めた。





 彼はこれより先、王都に向かう。


 国からの招集には、多くの者達が一同に介すため、そこには数々の思惑が存在する。それらがようやく彼を引き摺り下ろそうとしていた。

 

 これまで長きに渡って、己の思うままに振る舞い続けた勇者竜宮院であったが、かつて彼が経験したことのないほどの厳しい試練が訪れようとしていることを、彼は知ることはない。


 


 







最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』

と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。

みなさまの応援があればこそ続けることができております。

誤字報告毎回本当にありがとうございます!



竜宮院の話は終わりです。

次に彼が出るときは国からの招集のときです。

多分一話だけヤマダの話を挟んで、そこからラストエピソードとなります。多分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヒルベルトの強烈な使命感 まあそうでもなきゃやってられないよなあ
[一言] ・急にブチ切れたリューグーイン 普段尊大に振る舞って自己肯定を当たり前にするのにここで激怒したり、劇で真実を歪ませる旨の発言をする辺り、実際は自分が大噓つきだと自覚しているような所が実に臆病…
[気になる点] 竜宮院の能力は妄想を現実と置き換えるというより主従関係に在る配下の功績を奪い自身の失態を押し付ける部分がありそう?ヤマダの性格上竜宮院とぶつかるぐらいなら自ら配下になりそうですし、その…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ