第24話 2分36秒
○○○
「イチロー、二人と話してから良い顔になった」
セナは俺に近付き、俺の頬に触れた。
「そうか? 自分ではわからないもんだけどな」
少しひんやりとした彼女の手が俺の頬を優しく撫でた。
「あなたの中にはいくつもの迷いがあった」
彼女の言う通りだった。《封印迷宮》を滅ぼしたとて、俺の気が完全に晴れることはなかった。それどころか、アンジェ、ミカ、エリス、そして竜宮院のことを考えると頭を掻きむしりそうになるほどだった。けれど、確かに───
「そう。その内の一つが、解決したのでしょう」
風がセナの髪をたなびかせた。
「わたしはこの世界の人間が嫌い」
───セナはこの世界の人間が怖くて恐ろしくて、そして殺してやりたいくらい憎いんじゃ
かつてのセンセイの言葉が蘇った。
センセイはセナが話せるようになるまで待ってくれと言った。
だから俺は、彼女の過去に何があったのか、まだ知らない。ただ分かっていることは、彼女の傷はあまりにも深いということ。
「全員消えてしまえばいい」
ぽつりと言った彼女の言葉が、宙へと消えた。
俺はどう答えるべきなのか。
答えは見つからない。
「この胸に湧き上がる感情は決してなくなりやしない」
セナが胸の前で拳を握った。
俺は彼女の言葉を待った。
「けれど、あなたの心が晴れるのなら───」
「セナ」
直感だ。そこから先は言わせるべきではない。
彼女の方から言い出ださせてしまったことは、明らかな俺の落ち度であった。
彼女は俺に厳しく、そして甘い。
だからこそ、その全てを享受してはいけないのだ。
俺は、それを肝に命じなければいけない。
「ごめんな、セナ」
セナと俺との関係をしっかりと念頭に置き、彼女の心の傷を知っていてなお、俺は自分の口でそれを伝えないといけない。
「俺は、情けないな。今から言うことは、セナの口から言わせるべきことじゃないんだ」
セナが微かに首を振った。
「俺は、これから国の招集に応じようと思う。これは、俺の勝手な判断だ。かつての仲間だった三人を竜宮院の手から救い出す」
彼女達の顔がよぎった。
ミカも、アンジェも、エリスも泣いていた。
そうだ、俺だって幾度となく眠れぬ夜を過ごしてきた。
だから、今一度、ここで───
「何より俺は、ズタボロにされた誇りを取り戻すために、竜宮院ともう一度、対峙する」
俺の宣言を聞いたセナが微笑んだ。
「やっぱり、イチロー、あなたにはその表情が似合う」
突然表情などと言われ、俺は急に恥じらいを感じた。
「あなたの全てが好き。情けなく泣く姿も、アホみたいにドヤ顔する姿も、一生懸命な姿も、わたし達を思いやる姿も。それから───」
「何言ってんだ。そんな話をしてる場合じゃ、」
「───困難に立ち向かう姿も」
セナが両手を俺の顔に添えた。『何事!』と思った瞬間、彼女の唇が俺の唇に合わさった。突然のキスに驚いたものの、胸で膨れ上がった愛おしさに、思わず抱き締めた。彼女はあまりにも柔らかくそれでいて小さく華奢だった。力を込め過ぎてないか、痛くないか心配になった。されど口づけは終わらず、繋がった唇から彼女を強く強く感じた。そこには、特大の愛があった。
「ぷは」
どれくらいそうしていただろうか。俺達はどちらからともなく唇を離した。俺はもう、夢見心地であった。
「人というのは難しく、心というのはままならない」
顔を離したセナが、俺を見据えて言った。
「だから、あなたが彼女達を許したように、全てを水に流して忘れてしまうことは、わたしには出来ない。
だけど、それでも、他ならない、愛するあなたのためになら、わたしは、ほんの少しだけ目をつぶることにしましょう」
ああーこれは勝てない。
勝負なんてしてないはずが、俺は心中で何かを悟ったのだった。
○○○
翌日、俺はセナを含めた四人に手伝ってくれと願い出た。彼女達は快く頷いてくれた。それでもまだ全然たりない。時間は有限だ。俺は、昼前には街へと降り、竜宮院との最終決戦に向けて頭をひねるのであった。
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