第18話 静かな日々の階段を①
お久しぶりです
○○○
山に帰るにあたりいくつかの心残りがあった。
中でも特に《封印領域》絡みの後始末で忙しかったアシュとの時間をほとんど取れなかったことが残念であった。
とはいえ国からの招集が終わるまでは、彼女も遠くに行くことはないだろうし、またの機会を伺うことにした。
そういうわけで、クロエ兄弟と別れた俺は、センセイへと声掛けし山へと戻った。
山の麓へと辿り着くと、セナが待っていた。
彼女の姿を見た瞬間、何かが込み上げるのを感じた。
自分で言うには、多少ながら憚られることではあるが、恐らく俺は疲れていたのだった。激闘や別れや俺の心を揺さ振る出来事の連続で、精神面は自分が思った以上に疲弊していおり、数日間意識を失い寝ていたと言えども、俺のグラスハートはちっとも回復していなかったのだった。
「セナ……」
彼女は小さくて、抱き締めるとすっぽりと胸の中に収まる。
「イチロー、お疲れ様」
彼女の確かな温もりや感触を、抱き締めた腕の中に感じた。
「おう、ありがとな」
セナは、ここにいる。
「わたし達の家へ戻りましょう」
俺の胸元にいる彼女が、自然と上目遣いとなった。
その声音は、優しく、思いやりに溢れていた。
俺は、彼女に手を引かれるままに山を登った。
とんでもない怪物がわんさかいるはずの隠れ山にも関わらず、狼一匹姿を見せることなく、俺達は三人の住居たる小屋に着いたのだった。
○○○
センセイはボルダフに残り、アノン達に色々と手を貸すことになっていたので、いつ戻るかは不明であった。
しばしではあるが俺達は二人でのんびりとした時間を過ごした。
それはもう本当に、時間感覚さえおかしくなるほどゆったりとした生活であった。
以前から彼女と過ごす時間は不思議なものだった。
セナは、無理に俺から話を聞こうとはしない。
俺も、隠すつもりはなかった。
だから、今回の件についても、互いが互いの時間を過ごし、どちらからともなくポツポツと話し始めた。話が終わり、沈黙が訪れても、それは俺達が思索する時間であった。二人にとっての大切な時間なのであった。
などと言うと、少しドライだと思うかもしれないけれど、全くそんなことはなかった。それどころか俺達二人の距離は、以前より近いものとなっていた。
その日、俺が、床に腰を落ち着けて読書していると、セナが「うんしょ」と下から潜り込み、俺の胸にのしっと背を預けて、俺の顔と本の間から頭を出した。
後頭部で本が……。
「うおい、今から良いとこなのに」
「別に気にしなくていい。読書を続けなさい」
「こんな状況で、気にしないなんて無理っ!」
俺の言葉に、セナがぐいーと背を反らし、彼女の顔が逆さまに見えた。
「わたしは、わたしのやりたいことをやっている。だからイチローも、引き続き読書をなさい」
あー、どうしてこんなに、かわいいのか……。
「あかん! やめだやめだ! セナっ! 狩りにでも行こう!」
俺は彼女を引っ張り、小屋をあとにしたのだった。
このあとめちゃくちゃモンスターを狩った。
その翌日のこと。
俺は朝からせこせこと料理に勤しんでいた。
調理をしていると、ルーティンである舞を終わらせたセナが帰宅した。彼女からそわそわした雰囲気を感じた。
「イチロー、あれ、何?」
「え? どれ」
俺が目線を切ったのはこの会話の一瞬のことであった。
しかし、セナには十分な時間であった。
握ったばかりの四つものおにぎりが消えていたのであった。
「ひゃに?」
「ハムスターかよ」
「ひゃめ、なひゃい」
満帆に膨らんだ彼女の頬を俺はつついたのだった。
セナからの度重なる妨害にも負けずに、俺は調理を続けた。
俺達二人は、本日ピクニックもどきを決行するのだ。
だからこの料理はそのときにいただくお弁当であった。
そもそもピクニックもどきとはなんぞやという話ではある。
二人で小屋から出て少し行った所にある草原で、気の向くままに寝転がって、ぼーっとした時間を過ごす。腹が減れば弁当を食し、満腹になれば再び寝転がるといった何だかダメ人間のような一日の過ごし方───俺はこれをピクニックもどきと呼んでいた。
昔の偉い人が「確かに『自然に帰れ!』とは言いましたがそこまでしろとは言うてまへんねん!」と驚くこと請け合いの俺達二人であった。
俺達は穏やかな時間を過ごした。
二人で寝そべり空を眺めた。
俺は《封印迷宮》での話や、三人と俺との関係なんかを、取り留めのないままセナへと話した。
セナもときおり相槌を打ち、ときおり俺に質問を投げ掛けた。
そうこうしつつも昼前には弁当を広げて、二人でそれを満喫した。
やがて腹もくちくなり、俺達は再び寝転がった。
風がそよぎ、雲が流れた。
どこからか獣の咆哮も聴こえた。
離れた木々の葉擦れの音さえも届いた。
すかー……ぴー……という寝息がセナから聞こえた。
山中だというのに風も強くなく、肌寒くもなく、昼寝するにはちょうどいい環境であった。
マジックバッグからニ枚の毛布を取り出し、一枚はセナにかけ、もう一枚をかぶり、俺も眠りについた。
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