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第6話 聖女⑦










○○○



 アシュに連れられたのはこの街最大の食事処であった。


「意外なことに彼も含めた団員(・・・・・・・)全員がね、嘘みたいにロウくんのことを心配してたから、良かったら元気な顔を見せてあげて」


「アイツらが俺を心配してるだなんて、何か変な気分だな」


「私も無事に目が覚めたロウくんと、色々とお話したいけど少し仕事が残ってて……残念だけど少しここから離れるよ。

 連れてきた手前、こんなことを言うのもなんだけど、君も疲労が抜け切ってないだろうから、あまり無理をせず、長くなるようだったら適当に切り上げて部屋に戻ってね」


 俺と背の高さがほとんど同じアシュは、当然ながら俺と視線の高さも同じだ。彼女の視線が俺のそれと平行に繋がった。


「それにしても、ロウくん───」


 アシュが俺を抱き締めた。


「君が無事で本当に良かった」


 ぎゅううと彼女の身体が押し当てられた。 


「それから、私を運命から開放してくれてありがとう」


 運命? と俺が尋ねる前に、


「それじゃ、またあとでね!!」


 彼女は俺に背を向けた。俺はアシュを見送ると食事処へと足を踏み入れた。するとすぐさま、 


「おおッ! ロウじゃねぇかッッ!!」


 汗臭い巨体が俺の名を叫び、こちらへとやってきた。

 ズム! ズム! ズム! と足音まで漢臭かった。

 彼は───実力派クラン《益荒男傭兵団(ベルセルガ)》の団長であるサガ・アサルトボディその人であった。


「先程、オーミ殿からロウが目覚めたと報告があった。さすがァ、俺の見込んだ漢ォ、お前なら絶対に成果を上げて帰還するとォ、信じてたぞォ」


「俺は忘れてません。あのときのサガ達の顔を」


 俺の記憶が正しければ、《封印迷宮》へと突入しようとした俺を、彼らはまるで葬儀の様な雰囲気で送り出したのだ。

 サガは俺の抗議の視線に気付いたのか、


「何だよ見送りのときのことを根に持ってんのかァ? ロウそりゃ駄目だァ! 尻の穴がちっちゃ過ぎる!」


 彼は、俺の背中をバァンバァンバァンと叩いて「ガッハッハッ」と豪快に笑って見せたのだった。

 こうして鎧を脱いでみると、ガタイが良くて、適当なことばっかり言ってる漢臭くて男臭い(物理)陽気なおっさんなんだけどな。


 そんなおっさんは俺を椅子に座らせ、機嫌良く語りだした。

 話を聞くと、俺が《封印迷宮》に突入した後も、何だかんだ《益荒男傭兵団(ベルセルガ)》を率いて活躍したようだった。

 彼はそのときのエピソードを、真っ昼間からエールを呷りながら、身振りを交えて話し、俺は相槌を打った。

 長らく話を聞いていると、ちょうどそこへ、


「兄貴!」「ロウさん」「ロウのアニキ!」「ロウ兄貴!」「アニキ!!」


 サガの息子のミロとディーテ、それから《益荒男傭兵団(ベルセルガ)》団員達が現れた。


「というか、アニキって、何?」


 俺にはこんな岩石みたいにゴツい弟達を持った記憶はない。


「いやァ、それなんだがな───」


 サガが「早く前へ」と呼びかけると、この場にいた十人ほどの団員、それから先程から何故いるのか気になっていた二人の少女が俺の前に並んだ。


「こいつらはァ、俺の娘だ。二人ともロウへと自己紹介しろォ!」


 サガの指示に従って、二人の少女が自己紹介を始めた。

 姉は十五歳のシオンで、妹は十二歳でカノンであった。

 特に妹ちゃんは元の世界では俺が手を出せば犯罪待ったなしの年齢だった。

 それにしても、美少年であるミロの場合と同様、どちらもサガには似ていない美少女だ。よーしよし。サガの遺伝子仕事するな!

 とはいえ少しだけフォローすると、まあ、健康そうに焼けた肌や、どちらも溌剌とした所がサガ似と言えばサガ似かもしれなかった。


「俺が言いたいことってのはよう、ロウ、俺の娘と結婚しろゥってことだ! どっちでも好きな方を選べ! 気に入ったなら二人共嫁にとってもらっても構わねェ!」


「ええ……二人共嫁にして良いぞって、軽過ぎるだろ! 普通ならもっと情緒とか趣とか、何かそういう感じのもんがあるだろうよ! 今のはどう見ても近所のおばちゃんが『田舎から野菜送られてきたの、好きな野菜持って帰ってね』って言うぐらいのノリだ」


 俺の意見は聞こえないのか、ミロが俺の腰にガシッと手を回した。


「これで、本当の俺のアニキになってくれるんすね!」


「ならねぇよっ!?」


 ミロは感涙を堪えきれなかったのか涙し、それにつられるように団員も「ああ、アニキィ」「兄貴ィ」「あにきぃーー」「ウェニキーー!!」と多種多様な兄貴と共に涙を流した。


「外堀から埋めるのやめろ!」


 俺は抗議すると共に、とりあえず二人の少女達に「よろしくな、俺はロウ」と応えた。


「あなたが私の旦那様?」

「旦那様?」


 二人の少女が小首を傾げて俺に尋ねた。

 俺は溜息を()き「ちげーよ」と答え、マジックバッグから取り出したビスケットを挨拶代わりに与えたのだった。




 それからは、幾つかのテーブルを持ち寄り、俺を中心に人が集まった。もちろんそこには《益荒男傭兵団(ベルセルガ)》関係者以外にも今回の(フォグ)討伐の参加者や、俺が以前爆買いした際の店主なんかも混じっており、気が付くと店内いっぱいに人が集まり、ほとんどの者が陽気にお酒を飲んでいた。


 その最中、明日から三日間始まるとされたボルダフ含む周辺地域を巻き込んでのどんちゃん騒ぎ《征伐祭》が、ご機嫌なサガ達の陳情により一日前倒しで始まり、本日を含めた四日間も続く祭へと急遽変更されたと伝えられた。その当のサガは目の前で蒸留酒をラッパ飲みしていた。これだから大人は……。

 

 相変わらず、少女達二人は甲斐甲斐しく俺に酌をし、実は聞き上手だったサガが俺に次々と話を振り、《封印迷宮》での話を聞き出した。俺がサガに振られて話をするたびに、その場は盛り上がり、わあっと歓声に沸いた。話の合間にも多くの人から「すごい」「俺が女だったらアニキと結婚するのになぁ」「そんなの真似出来ない!」と称賛とされ、酒の席に紛れ込んだ街の人からは「ありがとう!」「感謝感謝」「お前のお陰だ!」「隠れ貴族の兄ちゃん! かっけーぞ!」などとたくさんの感謝の言葉をいただいた。


 こういうのを陽の当たる場所というのかもしれなかった。

 だから俺はどうしても比べてしまう。



 ───イチロー



 こちらの世界に召喚されて以来、俺がこれだけ多くの人から感謝されたのは初めてのことであった。

 パーティにいたときの俺は、あまり大袈裟にしたくなかったので迷宮を攻略したという事実を大々的に公表することを避けていた。それにパーティを抜けてからは隠れ山に引きこもり、傷が少し癒えて山を降りたときには、俺は犯罪者同然の扱いとなっていた。

 そういうわけなので、見返りはいらないとは嘯けども、この状況は素直に嬉しいものであった。

 だけど俺は少しだけ、

 


 ───私は、貴方のことが、

 


「少しだけ、疲れた」


 ミロが「えっ?」という表情を浮かべた。


「まだ少し本調子じゃないみたいだ。明日もよろしくな」


 俺は酔い潰れた駄目な大人達とミロとその妹二人を残して、その場を去った。




 店に入ったのが正午前のランチの時間であったが、もう昼下がりのおやつの時間帯となっていた。

 サガ達とは三時間近く過ごしたが、俺が目を覚ましたことと、《征伐祭》が前倒しで行われることになったことが街中に知れ渡るには十分な時間であった。


 ギルドのベッドへ戻る道々で、香辛料売りのおっさんや、果物屋のおばさんや、見覚えのある露天商や、チョコレート売りの関西弁の青年が次々と俺に感謝を告げた。


「ありがとなー! 成金ーー!」


「うっせー! 成金じゃねーよ!」


「兄ちゃんどっかの貴族やろ、俺の儲け話に乗らん?」


「また今度な」


 俺はそれからも、知ってる人知らない人に関わらず、わちゃわちゃと感謝と称賛の言葉をもらった。


「おぼっちゃん! うちの娘をやるぞ!」


「遠慮させてもらう!」


 けれど、俺は本心から喜ぶことが出来なかった。




 ───私は、最北端にある、世俗から離れた修道院に行こうかと思います




 ふと見たこともない景色が浮かんだ。

 だからこれは俺の想像に過ぎない。


 そこは広く荒涼とした大地だ。

 人里から遠く離れ、訪れる者は誰もいない。だから石畳の道なんてものはなく、どこまで行っても獣道しかない。そんな道なき道の先に、ぽつりと粗末な石造りの建物がある。

 ただでさえ石造りで、風通しのよい建物だ。冬になると隙間風が吹き、硬い床は底冷えし、住む者の身体を芯から凍えさせるだろう。息をすれば白くなり、水仕事をすればあっという間にあかぎれになる。

 彼女は、果ての果てといわれるそんな場所で、これから続く長い生を、神に祈り、俺や迷惑を掛けた人々へと懺悔して過ごすのだ。



 ───泣いているのですか?



 彼女は俺に言った。



 ───隠さないでください。少なくとも私の前では



 あの日、彼女は俺に言ったんだ。



 ───大丈夫です。私が側にいます



 月日は流れ、何もかもが大きく変わってしまった。


「くそったれ」


 どうしてこんなことになったのか。

 湧き上がった疑問に胸が、押し潰されそうだった。


「くそったれが」


 袖で目を拭い、誰にも気付かれないように、俺は帰路を急いだ。

 ギルドの部屋に戻ると、鍵をかけた。

 しばらくは誰とも会いたくなかった。


「ミカ───」


 一度名前を呼ぶと、もう駄目だった。

 俺の隣にあった───彼女の笑みが浮かんだ。



 ───イチロー



 心地よい澄んだ声が俺を呼んだ。

 あのとき確かに、彼女は俺の隣にいた。

 俺達二人の、あの日々は確かにあった。

 確かにあったんだ。


「う、うぅ……う、」


 忘れよう、忘れようと、どれだけ言い聞かせても、脳裏に二人の日々が蘇った。

 俺は堪えようのない涙を、どうしても止められなかった。


 


 


 





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― 新着の感想 ―
[良い点] お互い無理して一つの恋に決着をつける感じ、スッキリしない終わり方も描写の仕方によってはいいものですね。 上を向いて宿に帰るイチロー想像しました。 後々センセイが、きっとセンセイが台無しにし…
[一言] 心が再び通じ合ったのだから 時間が傷ついた心を癒し いつか自分を許せる日が来るといいな 絆は切れてないのだから、然るべきタイミングで互いが笑って再会できるはずよ …あのド屑が余計なことをし…
[良い点] 悲しい 悔しい 辛い このままミカが終わるなんて後味悪すぎだぜ。 [一言] 誰かを救う方法は知っていても、自分を救う方法は知らない。 自分が許せないのに神に懺悔するって不思議だよね。迷惑を…
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